第26話 僕の先生
「ほわちゃああああ!」
ランカが竜巻のような――本当に竜巻みたいに回っている――回転蹴りをお見舞いすると、真っ赤に燃える
スライムはその辺の色んなものに魔力が宿って魔物化した不定形の魔物の総称だ。環境によって強さや見た目にかなりばらつきがあって、ゲームのイメージ程弱くはない。
一番格下のプレーンスライムだって魔術の使えない一般人じゃ手も足も出ないと思う。不定形の肉体には柔な攻撃は通用しないし、半端な攻撃だと分裂したりもする。
中心にある魔核を破壊するか、燃やしたり凍らしたり電気を流したり強い魔力を叩きこんだり、まぁ、魔術が使えれば倒し方は幾らでもある。総じて打撃攻撃には耐性があるけど、お構いなしに蹴り殺してしまうのがランカの凄い所だ。
ここはアーテックの北西にあるベラジオ火山内部に広がる洞窟状の魔境。この前の鮫がうようよいた嵐の魔境とは逆にこちらは安定型の閉鎖型。年中無休で営業している天然のダンジョンで、近場で火竜を狩れる唯一の場所でもある。
それでも馬車じゃ片道だけで数日かかるから、ちょうどこっち側に届け物の依頼を受けていたバニーユにお願いして大鴉に乗せて貰った――待ち合わせをして帰りも送ってもらう予定。
現在は火竜の心臓を求めて魔境を進んでいる。雑魚に用はないから出来るだけ無視しているけど、向こうはそんな事お構いなしに襲ってくるので仕方なく相手をしている。まだ二層だから全然余裕だけど。
この魔境は全六層で、火竜がいるのは三層以降。
三層から順に幼体の
ちなみに魔境が活性化している時は六層に
僕達が狙うのは四層の若火竜だ。
頑張れば五層の火竜も狩れなくはないけど二人じゃちょっと危険だし、大きすぎて食材としても扱いにくい。収納腕輪にも入りきらないだろうし、食肉化や下処理の大変さを考えても現実的じゃない。
ブフにも冗談めかして成体を丸まる持って来られても困るよと釘を刺されている――僕はともかく、ランカは割とその気だった。
ただ殺すだけなら僕一人でも若火竜くらいなら平気だけど、食肉化するとなるとそうもいかない。魔物を食材にするにはドロップ化しないように殺さないといけない。
その為には、それぞれの魔物が持っている固有の生体魔力を読み取り、全身に流しながら殺す必要がある。そうすると、殺した際に魔力が収束せず、肉体が滅びないで残る。
当然ドロップは手に入らないし、こうして残った肉体は魔力が収束していないから、食べる分にはいいけど素材としての価値は全くない。魔術的な効果は期待できないし、骨も革もすぐに劣化してしまう。
一層は広い炭鉱って感じ。基本的には二層も同じだけど、気温が高くなって時々落盤や毒ガスが吹きだしたりする。閉鎖型の魔境ではよくある事で、内部構造は人の見ていない所で変化するから地図はない。とは言え、
「火竜はどこカ! 早く出て来るネ!」
メラメラと闘志を燃やしながらランカが言う。ドネルの事でかなり怒っているらしく――僕もだけど――やる気満々だ。
「まだ二層ですよ。もう少し奥に行かないと」
「わかってるネ! 早く心臓手に入れて、あのバカ、ギャフンと言わせたいヨ!」
「僕も同じ気持ちですよ。あとランカさん、足、燃えてますよ」
「ほわぁ? あちゃちゃちゃちゃ!?」
火炎スライムの体液が足について燃えていた――ランカは四肢に濃密な魔力を鎧みたいに纏っているから気づかなかったんだろうけど。
おかしな奇声を上げながら、ランカが火を踏み消す。
そんなこんなでさくっと二層を突破し、僕達は三層へと進む。
三層になると洞窟内は徐々に火山らしくなってくる。かなり蒸し暑く、毒ガスに加えてその辺の割れ目から噴水のように炎が吹きだすようになる。ちょっとしたマグマ溜まりや真っ赤に赤熱した地面が行く手を塞ぎ、魔物に合わせて洞窟も広くなる。高くなった天井から鋭く尖った石柱が降って来る事もあるから注意が必要だ。
ブルジョア冒険者の僕は収納腕輪から取り出した各種ポーションを飲んで快適に進む――耐熱、対毒など。
「ランカさんもどうです? 楽になりますよ」
一人で楽をするのもあれなので聞いてみる。ランカはほとんど手ぶらだ。この世界には僕の収納腕輪以外にもレアドロップで四次元袋的なアイテムがあり、黒猫亭の常連ならみんな一つくらいは持っている――とは言え、容量はそんなに多くはないけど。ランカも持っているはずだけど、使える道具が入っていないのか、ポーションに頼る様子はない。
「必要ないネ。心頭滅却すれば火もまた涼しヨ。魔力しっかり練れば、溶岩だって熱くないネ、毒ガス吸っても平気ヨ。ハルはまだまだ功夫足りないネ」
得意気に言うと、ランカはこぉぉ~っと、独特の呼吸法で魔力を練り上げる。彼女の内と外で炎のように激しい魔力と氷のように静かな魔力が渦巻きながら美しく対流する。その様子に僕は見惚れて、素直に凄いなと感心する。
「精進します」
カンフー映画の真似をして左手に拳を当ててお辞儀をすると、ランカは陽気に笑った。
「冗談ネ。ハルはもう一人前ヨ。アタシがポーション飲まないの、味が嫌いだからネ。気にする事ないヨ」
「うん」
素直に頷くと、ランカがお腹に飼っている大食いの虫がぐるるるると呻った。
「アイヤ!」
ランカは少し恥ずかしそうにお腹を押さえると、上目づかいではにかんだ。
「それにこの技、物凄くお腹空くネ」
「そろそろお昼にしましょうか」
「そうするネ!」
ランカが腰の収納袋に手を伸ばすと、わざとらしく言った。
「アイヤー! アタシとした事が、おべんと、忘れてしまたネ!」
「大丈夫ですよ。こんな事もあろうかとお弁当二つ持ってきたので」
ランカの意図は分かっていたけど、僕はわざと意地悪をした。
「う……でもアタシ、沢山食べるから、ハルのおべんとだけじゃ足りないかもしれないネ」
「そうですね。僕もお弁当なんか用意してないので、若火竜を狩る練習もかねて、久しぶりに魔境料理を作りましょうか」
「イヤッター! って、ハル! 先輩からかう、よくないヨ!」
大袈裟に飛び跳ねると、サイコロみたいに表情を変えてランカが僕の鼻先を指で弾いた。
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