第25話 厄介客

 不愉快な声に振り返ると、高そうではあるけど悪趣味な身なりをしたおじさんが厨房から出てきたブフに詰め寄っていた。


「落ち着いて下さいドネルさん。他のお客様の迷惑になりますから」


 現役の頃は竜食いドラゴンイーターの異名で恐れられたブフだ。変な客に絡まれたくらいじゃ顔色は変わらない。余裕の表情で宥めるけど、悪趣味おじさんのドネルはそれが気に入らないらしい。


「なんだその言い草は! 予約した料理を用意出来なかったのは貴様の不手際だろうが!」

「それについては申し訳ないと思ってますけどね、うちは魔境料理専門店だ。扱っている食材はどれも簡単に手に入る物じゃありませんから。予約されても目当ての料理をお出しできるかは分からないと事前にお伝えしたはずですよ」


「わしはアーテック一の美食家、ドネル=ブバケだぞ! そんな事は貴様に言われなくてもわかっておるわ! だから三日も猶予をやったんだ! 他の店ならどんな手を使ってでも食材を用意している!」

「ならその店に行ってください。たとえあんたが王様だって特別扱いするつもりはありませんよ」


「ぬ、ががが! 黒猫亭の冒険者の店が話題になっていると聞いてやって来たが、はっ! 所詮は冒険者の飯事だな! 少し人気が出たくらいで客を粗末に扱うとは! 料理人の風上にも置けん! どうせその人気も黒猫亭の看板があっての事だろう! なにが魔境料理だ! そんなゲテモノを有難がるのバカ舌の冒険者くらいのものよ!」

「ドネルさん。僕の事なら我慢しますが、他のお客様を侮辱するなら怒りますよ」


 ブフの身体から殺気を伴なった魔力が滲む。余程鈍感な人間でなければ、自分が虎の尾を踵でぐりぐりやっている事に気づくんだろうけど、このドネルってハゲおやじは救い難い鈍感さの持ち主らしい。


「なんだ? 脅しか! この店は不味いだけじゃなく客に暴力まで振るうのか! 化けの皮が剥がれたな冒険者! わしは商工会の依頼でアーテックの飲食店の格付けを行っている! どういう意味か分かるか? この店はもうおしまいだ! 今回の事は全部きっちり書かせて貰うからな!」


「お好きにどうぞ。迷惑なので、僕の店には二度と――」

「ほぁちゃああああああ!」


 椅子を吹き飛ばしてランカが飛び出す。


 さっきからギリギリと歯ぎしりをして、ふんがふんが鼻息を鳴らしながら耐えていたけど、流石に我慢の限界らしい。僕も同じで、止めようと思えば止められたけど、そんな気は全くない。


 ランカは空中を車輪のように回転すると、二人の間を引き裂くように虚空にカカト落としを決めて着地した。


「どわぁ!? なんだ貴様は!」

「それはこっちの台詞ネ! お前のせいで楽しい食事台無しヨ! この落とし前、どうやってつけてくれるネ!」


 ランカに胸倉を掴まれ、ドネルの踵が地面から離れる。


「おいお前! 客がチンピラに絡まれているんだ! 助けろ!」


 ブフはげっそり溜息をつくと、出来れば抑えて欲しかったねって顔で僕を見る。僕はそんなに大人じゃありませんよって顔で肩をすくめる。


 ブフは苦笑いを浮かべてランカに向き直った。


「ランカ。怒ってくれるのは嬉しいけど、こんな奴でも一応は客だ。堅気の人だしね。その辺で勘弁してやってくれ」

「こいつはブフだけじゃなく、あたし達の事も侮辱したヨ。ブフが許しても、あたし、許さないネ」


 やれやれとブフが肩をすくめる。


「だそうです。ドネルさん、あなたが蒔いた種だ。ご自分で謝罪して下さい」

「な!? なぜわしが謝らねばならんのだ! はっ! そういう事か! 貴様、この店の用心棒だな! 難癖をつけてわしを叩き出すつもりだろう! この事も書いてやるからな! ゴロツキを雇ったぼったくり店だと書いてやる!」


「上等ネ! お前の事、今から魔境に連れてって魔物の餌にするヨ。魔物の腹の中で好きなだけ書くいいネ!」

「ながっ!? だ、誰か! 助けてくれ! 人殺しだ! 人殺しがいるぞ~!」


 泡を食って暴れ出すドネルを見てブフが腹を抱えて笑い出す。どうやら事態の収拾は諦めたらしい。このまま放っておくとランカは本当にドネルを魔境まで引っ張っていきかねない――流石に謝ったら許すだろうけど。


 余計な手出しはしない方がいいかなと遠慮していたけど、こうなったら僕が出ていく他なそうだ。


「ランカさん、その辺にしておきましょう」


 ランカが僕を睨みつける。


「ハル、なんでこんな奴の味方するネ」

「誤解しないで下さい。僕だってランカさんと同じ気持ちですよ。でも、そんな事したってこいつは改心しないでしょうし、力づくで謝らせても、後である事ない事書かれるに決まってます。困るのは僕達じゃなくブフさんですよ」

「……じゃあ、どうするネ」


 少しだけ、ランカは頭を冷やしてくれたらしい。


「僕に考えが――」

「今すぐ下ろせ! この馬鹿者が!」

「口に気を付けろよヨジジイ、殺すゾ」


 ランカは片腕一本で小太りのドネルを振り回す。


 駄目だこりゃ。


 †

 

「僕はハル=アサクラ。ランカさんと同じ黒猫亭の冒険者で、ブフさんとは顔なじみです。このままじゃどちらも収まりがつかないでしょうから、僕から一つ、提案があります」


 ランカに振り回されて床に伸びたドネルに屈みこんで僕は言う――ランカはまだ怒っているけど、とりあえず僕に任せてくれたみたいで、腕組みをしてドネルにプレッシャーをかけている。


「……わ、わしにこんな事をして、どうなるか、目にもの見せてやる……」


 目を回しながらも、口だけは達者なドネル氏だ。それを聞いて、ランカが一歩踏み出す。


「まだ言うカ」


 僕は軽く手を上げてそれを制する。


「ドネルさん。勘違いしないで下さいよ。僕達はその気になればあなた一人消すくらい全然わけないんだ。事故でも病気でも行方不明でもね。なんなら今ここで、骨も残らず消しちゃったっていい。それをしないのは、ただ後味が悪いってだけの理由だ。わかったら、その臭い口を閉じて少しの間僕の話を聞いて下さい」


 人畜無害な僕だけど、それだけじゃ冒険者はやっていけない。この一年で店のみんなに僕にも出来る凄みの出し方を色々と教わった。上手く出来ていたみたいで、ドネルは青ざめて口を抑える。


「それでいい。ドネルさん。はっきり言って、あなたは失礼な人です。ランカさんが怒るのも無理はないし、僕だって怒ってます。けど、それはあなたの性格ですから、殺したって直りはしないでしょう。折角美味しいご飯を食べた後にそんな事をするのは気が進まないので、三日ほど時間を巻き戻しませんか? 僕がなにより許せないのは、食べもしないでブフさんの料理を不味いと言った事です。だから、三日後にまた来て食べてください。その後なら、何を言おうがはあなたの自由だ」


 文句を言おうとするドネル氏に向かって人差し指を立てる。


「口からクソを垂れる前によく考えてください。僕は親切でこの提案をしているんです。僕にどんな消え方がお望みか聞かせないで下さい」


 それでも文句を言おうとするドネルの根性の曲がりっぷりは大したものだけど、僕がじっと見つめると――お前は無表情でじっと見つめるのが一番怖いとみんなに言われたので――悔しそうに言った。


「……わかった。そうしてやる」


 言葉遣いがなってないけど、キリがないから見逃してあげよう。


「でもハル君、食材が」

「分かってます。僕達のせいで余計に拗れた感じもありますし、責任をもって僕とランカさんで食材を獲って来ますよ。いいですよね、ランカさん?」

「最初からそのつもりヨ。お前にブフの料理食べさせてやる、ありがたく思うネ!」


 やっぱりランカも同じ気持ちだった。食にはうるさい僕達だ。少しくらいの厄介客なら見逃せたろうけど、食べもしないでブフの料理を不味いと決めつけたのは許せない。


「それでブフさん。僕達はなにを獲って来たらいんですか?」

「火竜の心臓だよ」


 苦笑いでブフは言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る