魔境料理専門店 ブフの包丁へようこそ
第24話 魔境料理専門店 ブフの包丁
蜘蛛の巣模様の洒落たお皿には、食べやすい大きさにカットした大蜘蛛の脚が乗っている。
蜘蛛と言うとアレだけど、見た目は黒くてごつごつした蟹の脚って感じで、僕の二の腕より少し太いくらい。
食べやすいように殻が半分外されていて、両端はお皿に乗る長さでカットされている――半分に割った竹を想像して。
中はこんがり焼き色のついた蜘蛛グラタンだ。蜘蛛だと思うと少し抵抗があるけど――少しで済んでるのは魔境料理も蜘蛛料理も、食べるのは今回が初めてじゃないから――ふんわり漂う香りは蟹以上に蟹らしい。
両手を合わせていただきますをすると、スプーンですくって口に運ぶ。
生牡蠣のミルクを濃縮したようなクリーミーさと共に、香ばしい蟹の香りが鼻から抜けて脳を揺さぶる。美味しすぎて背筋がゾクゾクした。
中には解した大蜘蛛の脚の肉が入っていて、やっぱりそれは蟹に似ている。細長い繊維が束になった感じのアレ。でも、本物の蟹よりも一本一本の繊維が太くてコシがある。噛むとフカヒレみたいにプツプツ切れて歯に楽しい。それだけじゃなく、噛むとじゅわじゅわ~っと蟹味の蜘蛛エキスが溢れ出す。
別のお皿には――これも蜘蛛の巣柄――茹でた蜘蛛の脚肉をざっくり解したものが乗っていて、ぱっと見はぷりぷりの蟹の身――ここまで言えばわかると思うけど、食材的には大蜘蛛は蟹の仲間と呼んでしまっていいと思う。
まずは何もつけずに食べてみるけど、普通の蟹よりも――朝倉春だった頃はそんなに食べた経験はないけど――甘味があって美味しい。
小皿に入ったタレは白っぽい蟹味噌に似ている。店主――兼料理長――の話だと、内蔵と腹の中の蜘蛛の巣の元を混ぜ合わせて味付けした物らしい。
それだけ聞くとうぇ~って感じだけど、この店の料理がおいしい事は分かっているから気にならない。かなりねばねばしていて、少しつけただけで納豆みたいに糸を引いた。スパゲッティーをフォークで巻くようにして、蜘蛛の肉にタレを巻きつけて口に運ぶ。
「ん~~~~!」
思わず唸る美味しさだ。
何もつけなくても十分美味しかったけど、蜘蛛の
魔境の木を使っているんだろう、黒地に白のマーブル模様が入った木製のジョッキに入ったお酒は、魔境で取れる珍しいキノコを漬け込んだ物だそうだ。
その手のお酒はなんとなく薬っぽいというか、漢方っぽいイメージがあるけど、飲んでみるとそんな事は全然なくて、エリンギに似たエキゾチックな香りとさっぱりとした酸味が口の中をリセットしてくれる。
でも、鼻の奥にはしっかりとこのとてつもなく美味しい蜘蛛料理の香りが残っていて、僕の手を蜘蛛料理へと急がせる。
「アイヤー! ブフの作る魔境料理はいつ食べても絶品ネ!」
向かいの席に座るランカが店中に響くような声で言う。
「本当、言われなきゃ魔物を使ってるなんて思いませんよ」
「はは。イザベラの料理で舌の肥えた君達にそう言って貰えると嬉しいよ。みんな元気にやってるかい?」
テーブルの近くに立つブフが穏やかな笑みで尋ねる。
「相変わらずネ。元気過ぎてうるさいくらいヨ」
ランカの言葉に僕達は笑った。
ここはアーテックのとある小道に存在する隠れ家的食事処、魔境料理専門店ブフの包丁だ。
店主兼料理長のブフは――灰色のサラサラヘアに小さな眼鏡をかけた優しそうな男の人――元々は黒猫亭を根城にする冒険者だった。
その頃から時々イザベラの代わりに厨房に立つくらい料理好きの料理上手で、特に魔境料理に思い入れのある人だった。
ブフと魔境仕事に行くといつも美味しい魔境料理を――調味料以外全部現地調達――ご馳走してくれるから、それ目当てで彼と組む冒険者も多かった。
これだけ美味しかったら店をだしてもやっていけると評判で、ならやってみるかと半年前に冒険者から足を洗ってお店を開いたというわけだ。
冒険者の半年は長い。異世界転生してまだ一年の僕には特に。
ブフには色々お世話になった――食べられる魔物や、魔物を滅ぼさないように仕留める方法とか。
だからというわけじゃないけど――全然ないわけじゃないけど、今は純粋に美味しくて通っている――時々こうして通っている。
今日はランカに誘われたので――彼女は意外に寂しがり屋なのでご飯を食べる時はいつも誰かしらを誘う。今日はたまたま近くに僕がいた――お昼を食べにやってきたのだった。
「ブフさんの方はどうなんですか? 繁盛してるみたいですけど」
裏通りにある目立たないお店だけど、席はほとんど埋まっている。今だって忙しい合間を縫うようにして顔を見せてくれていた。
「最初はゲテモノ扱いだったけどね。みんながあちこちで宣伝してくれてるお陰で忙しくさせて貰ってるよ。自分で食材を狩りに行く時間はなくなっちゃったけどね。こればかりは仕方がない」
「水臭いネ。ブフの依頼なら、いつでも受け付けるヨ」
ランカが胸を叩く。食いしん坊のランカはブフが冒険者だった頃魔境料理目当てでよく一緒に仕事をしていた。僕なんかよりずっと仲がいい。
「はは、気持ちは嬉しいけど、ランカじゃ普通に殺しちゃうだろ? ドロップにならないように仕留めるにはコツがいるんだ」
「心配ないネ。ハルにやらせるヨ。ハルは今でも時々、ブフに習った技使って魔境料理作るヨ」
「本当かい?」
嬉しそうにブフが言う。
「折角教えて貰ったので。使わないと忘れちゃいますし、ブフさんに教わって、料理も結構楽しいかなって。ブフさんみたいに美味しくは出来ないですけど」
「ハル君はなにをやらせても飲み込みが早かったからね。そうか、料理、続けてるんだ。嬉しいなぁ。君ならきっと腕のいい魔境料理人になれるよ。どうだい? 冒険者から足を洗ったら、僕と組まないか? ハル君なら大歓迎だ」
「今はまだ冒険者をやめる予定はないので、その時が来たら考えてみます」
「だめだヨブフ。ハルはモテモテネ。色んな奴狙ってるヨ。捕まえたら、恨まれるネ」
「はは、違いない!」
ランカとブフが楽し気に笑い、僕はちょっと気恥ずかしい気持ちになる。冒険者をやめる気は今の所全然まったくないけど、そんな風に誘って貰えるのは素直に嬉しい。
「おっと、お客さんだ。そろそろ僕は厨房に戻るよ。イザベラとみんなによろしく言っておいてくれ」
「勿論ネ」
「イザベラさんが、たまにはあたしの料理も食べに来いって言ってましたよ」
「そうしよう!」
背中で答えると、ブフは店の奥に戻っていった。
美味しいご飯に美味しいお酒、楽しい仲間とお喋りして、僕はすっかり上機嫌だ。追加でデザート――ウーズゼリー、しゅわしゅわしてぺたぺたと舌に吸い付く――を頼み、ランカと街の美味しいご飯屋さん情報を交換しながら待っていると。
「ふざけるな! わしを誰だと思っている!」
不穏な叫びが幸せな午後のひと時を砕いた。
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