第20話 さめ、サメ、鮫
「……魔物サメの飛び交う嵐の魔境って。あたしも色んな魔境を見て来たけど、こんなふざけた魔境は初めてよ」
甲板で腕組みをしながらカステットが呟く。
「女神さまの悪趣味にも困ったもんだね」
「え?」
「ううん。こっちの話」
あの後、カピオラが水精霊を水面に浮上させて確認した。バニーユの見つけた嵐がサメの魔物を産みだしている魔境で間違いない。そして、嵐は一直線にカイヴァリに向かっている。なにもしなければ、数時間後にはカイヴァリの街に魔物サメが降り注ぐだろう。笑えない冗談を阻止する為、僕達は勇気ある船乗りに船を出して貰い、魔境へと向かっている。
この船――そこそこ大きな遠洋漁船――に乗っているのは僕とカステットだけだ。魔境ではなにが起こるか分からない。主の他にも中ボス的な魔物も湧く。どこに主がいるかも分からないし――解放型なら中心部、閉鎖型なら大体奥にいるけど――複数の船に戦力を分散させている。
僕とカステットは引き出しが多く戦闘力も高いので一緒の船で主討伐を任せられた。途中までは一緒に進んで、厄介な敵が現れたらみんなが囮になってくれる作戦だ。
既に空は鉛色で、強い風と塩水なのか雨なのかもわからないような飛沫が吹きつけている。
荒れた海は激しく波打ち、船を取り巻く黒い背ビレは数える気にもならない。その中の幾つかは船を沈没させようと体当たりを仕掛けているけど、船体はカステットの防壁に包まれているから壊れはしない。最初は律義に殺していたけど、この状態じゃドロップを拾う事も出来ないし、雑魚の体当たりはカステットの防壁だけで耐えられるので力を温存する事にして無視している。
そろそろそんな事も言っていられなくなるだろうけど。
『浅層を突破! そろそろ中層に入るっすよ!』
右耳に装着した魔導具からノイズ混じりのエンキオの声が響いた。魔力を介した高価な通信装置で――異世界風に言うと携帯遠話具の一種――無線機のような機能がある。
結構良いモデルだけど、小型の物は有効範囲が狭く、魔力を介して通信するから魔力の濃い場所ではさらに狭くなる――ノイズも酷い。船はバラけているし、深層ではほとんど使い物にならないと思う。
虹色のカクテルみたいに魔境は分かりやすく階層化されている。ある程度進むと急に魔力が濃くなり、その影響で周囲の環境も変わって魔物も強くなる。階層の数はまちまちだけど、少なくとも三層くらいはあると思う。
エンキオの言葉を裏付けるように空が光った。雷鳴が轟き、鉛色の空は絵の具を垂らしたように紫がかる。濃くなった魔力が粘るように魔力感覚に纏わりついた。
「ふんだ! どっからでもかかって来なさいよ! あたしの防壁は、ちょっとやそっとじゃ破れないんだから!」
嫌な気配を振り払うようにカステットが海に向かって叫ぶ。僕も彼女も船の上で戦うのは初めてだ。多分、他のみんなもそうだろう。普段とはまるで勝手が違う。足場の限られた戦闘は脚を縛られているみたいで落ち着かない。
「……上だ!」
周囲に広げた魔力探知が高速で降下する異物を捉える。慌てて叫ぶけど、ちょっと遅かった。
巨大なサメが爆撃みたいに降ってきて深々と甲板に突き刺さる。衝撃で大きく船が傾き、カステットが海に投げ出される。
「カステット!」
僕は両足に込めた魔力で吸盤のように張りついていたから平気だった。彼女の身体が浮き上がった瞬間にはもう駆けだしていて、水面に落ちる前に無形剣をロープみたいに伸ばして捕まえる。カステットを吊り上げるのとほとんど同時に、これまでの比ではない大きさの魔物サメが餌にありつこうと水面から跳ね上がった。
「大丈夫?」
「……ぅん」
あの程度でやられるカステットじゃないと思うけど、流石にショックが大きかったらしい。
「ごめん。気づくのが遅れちゃった」
「……ううん。助かった。ありがと」
強く息を吐くとカステットはもう立ち直っていた。それでこそ白狼亭のルーキーだ。
「凄かったね。今のサメ、頭が二つあったよ」
「あれに比べたら可愛いもんでしょ」
甲板に突き刺さったサメにカステットが視線を向ける。
そいつは上半身――と呼んでいいのか分からないけど――はサメだけど、下半身は大きなタコだった。軟体の触手を突っ張って、甲板に埋めった頭を引き抜こうとしている。
「させるわけないでしょ!
カステットが広げた両手を叩くように合わせる。雨水や飛沫が渦を巻いて集まり、一度大きな水球を作ると、馬上槍みたいに大きな水槍になってサメタコに向かって飛んだ――他の術と比べて熟練度に大差がなければその場にある媒体を利用した方が効率がいい。この場合は水だ。
ご丁寧に、カステットの放った水槍はドリルのように渦を巻いて回転している。大質量の回転する釘だ。甲板に刺さって身動きの取れないサメタコはひとたまりもない。
そう思っていたんだけど。
「嘘でしょ!?」
突き刺さる直前、サメタコの触手ががっちりと水槍を掴んだ。ぎちぎちと蠢く灰色の触手に目を凝らすと、強い魔力を纏っている事が分かる。他の触手も巻き付いて、力づくでカステットの水槍を握りつぶしてしまった。
「護衛級だね」
僕は中ボスって呼んでるけど。雑魚よりも強くて個体数が少ないのはざっくり全部護衛級だ。主を守ってるわけじゃないけど、物凄く好戦的だから結果的には同じような感じ。
「だったら雷で焼き殺してやるわよ! はぁああああああ!」
カステットが右手を高く上げる。収束した魔力が眩く光り、バチバチと放電する。頭上の雷雲に干渉して雷を落とすつもりなんだろう。
「やめといた方が良いよ。僕達は魔術で防御出来るけど、船が持たないと思う」
「うっ……あぁもう! やりづらい!」
右手を振って練り上げていた術を破棄する。
「横からくる! さっきの双頭!」
叫ぶと同時に無形剣を構える。カステットを食べようとした双頭の大サメが船の側面から高く跳ね上がり、僕とカステットを同時に食べようと欲張った。
「調子に、乗るんじゃない!
カステットが白熱する火球を放つ。そいつを口の中に放り込んで内側から吹き飛ばすつもりだったんだろうけど、サメが口を閉じる方が早かった。顔の左側を吹き飛ばされても双頭サメは怯みもせず、再び大口を開いてカステットを食べようとする。
「
カステットを真っ向から受けて立ち、爆発弾の乱れ撃ちで押し返す。僕がなにかするまでもなく、双頭サメは無頭サメになり、ブイの字を描くように二股に分かれた背ビレを残して塵になった。
「はぁー、はぁー、はぁー……どんなもんよ!」
「護衛級相手に張り切り過ぎじゃない?」
カステットの代わりにドロップを収納腕輪に預かって僕は言う。
「こ、これくらい平気よ! あのオクトパシャークだってあたし一人でやっつけちゃうんだから!」
すぐ意地になるのがカステットの悪い所だ。僕が止めると逆効果なので対処に困る。
そう思っていると、遠くの船から白く輝く魔弾が飛んできてオクトパシャーク――カステットの案を採用した――を甲板から叩き落した。
『遊んでんじゃねーっすよ! お前らは主担当! 護衛級の相手はこっちに任せてとっとと先に進めっす!』
エンキオの言う通りだ。
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