第19話 斥候

「仕留めた魔物サメは全部で十体。現れたのはみんな東側のビーチと来てる。こりゃ、魔境が現れたって事で間違いなさそうっすね」


 苔色の迷彩模様の海パンを履いたエンキオが言う。


 あの後僕達の持ち場だけで二匹の魔物サメが現れた。商工会の人達は渋っていたけど、流石に危ないという事になり、ビーチは一時的に閉鎖になっている。今は空いている海の家に集まって会議中だ。メンバーはライフガードの依頼を受けた黒猫亭と白狼亭の冒険者に商工会の代表者であるハンズマン――日焼けした小太りのおじさん。


「どうにかなりませんか?」


 冒険者達がう~んと唸る中、弱り顔でハンズマンが言った。


「夏場の遊泳客は貴重な収入源なんです。街の人間の中には一年の稼ぎの半分近くをこの時期の収入に頼っている者もいます。このままビーチが使えないと困るんです」


「勿論それは理解してるよ。困っている人達を助けるのが僕達冒険者の仕事さ。追加で依頼料を貰う事にはなるけどね」


 虹色のブーメランパンツを履いたマーセリスが言う。


「気軽に言ってくれちゃってますけどね、魔境を潰す算段はあるんすか?」

「主を見つけて始末する。いつも通りさ」


 魔境というのは魔力が特別に濃い場所で、魔物が沢山いて、迷宮化したり、局所的に色々とおかしな事が起きる場所だ――そこだけ砂漠になったり、道に迷ったり、物凄く熱かったりとか。


 一言で表すならダンジョンみたいな場所だけど、必ずしも迷宮化しているわけじゃない。魔境には安定型と不安定型があって、安定型の魔境は昔からずっとそこにある。主が湧いて魔境全体が活性化する事はあるけど――魔物が増えたり凶悪になる――主を殺しても不活性化するだけで消えたりはしない。


 不安定型は台風みたいに突然現れる。中心には主がいて、こいつを始末すれば魔境は消えるし、魔境から生み出された魔物も滅びる。


 主はボスモンスターみたいな存在で、倒すと特別なドロップを落とす。女神さまのオタク趣味が反映されたとしか考えられない現象だ。普通は魔物サメなんか出ない場所だから、東側の海のどこかに不安定型の魔境が出現したという前提で二人は話している。


「あんたねぇ、魔境の場所もわかってないんすよ? 相手はサメの魔物だ。魔境は海の中でしょうよ。いつも通りってわけには行きませんて」

「だとしても、我々のやるべき事は変わらないよ。それとも、黒猫亭の冒険者はこの程度の事で怖気づくのかな?」


 エンキオが舌打ちを鳴らす。


「マーセリス! 言い方!」


 カステットが嗜める。


「失敬。言葉が過ぎたね。下手くそなナンパ師達の相手をしたせいで苛立っていたらしい。エンキオ、君の心配はもっともだとも。だからこそ、お互いに斥候を飛ばしている。焦るのは、彼女達の報告を聞いてからにしようじゃないか」


「……そっすね。俺もバカどもの相手してカリカリしてたみたいで。悪かったっすよ」


 冒険者達が苦笑する。みんなナンパ師達にはうんざりしていたらしい。


 斥候は、黒猫亭からは魔物使いのバニーユ――黒髪で人見知りの目隠れ系女子――白狼亭からは精霊使いのカピオラ――褐色肌に色の濃い茶髪を編み込みヘアーにした入れ墨系女子――が行っていた。


 バニーユは魔力を介して意識を共有した地元のカモメを飛ばして空から捜索し、カピオラは契約した――魔力的な共生状態にある――水の精霊を泳がせて水中を探っている。


 そういう訳で、二人の使役系女子は店の端の方でそれぞれ目を閉じて精神統一を行っている。


「海の中、今の所、おかしい事、ない」


 話を聞いていたのだろう。目を開いたカピオラが、ここではないどこかを――海の中だろうけど――見るような目をして言った。


 自然と僕達の視線はバニーユに向かう。


「ひっ!?」


 目を閉じているのにも関わらず、バニーユは僕達の視線に敏感に反応し、色の白いそばかす顔を引き攣らせた。


「そ、そんなに、見ないで、下さいぃ……」


 良い人なんだけど、バニーユはかなり根暗だ。人と目を合わせて喋れず、注目を浴びるのも苦手。みんなわかってるから一々気にしないけど。


「なんかそれっぽい物見えたっすか?」

「そ、それが……台風、なんでしょうか……サメの群れを追いかけていたら、大きな嵐とぶつかってしまって……えぇぇ!?」


 なにかに驚いてバニーユが腰を浮かせる。


「どうした? 魔境見つけたカ?」


 パレオ風の水着を着たランカが尋ねる――今まで黙っていたのはハンバーガーを口いっぱいに頬張っていたから。ボリューム満点で子供の頭ぐらいある。


「や、でも、そんなはずないし……た、多分、わたしの見間違いだと……」

「魔境はなんでもアリのインチキ空間っすからね。とりあえず言うだけ言ってみて下さいよ」

「わ、笑わないで下さいね……」


 エンキオに促され、恥ずかしそうにバニーユは言った。


「サメがいたんです」


 困惑して僕達は顔を見合わせる。


「そりゃ、サメを追いかけてたんだからいるでしょ」


 なに言ってんだ? って感じでカステット。


「……空を飛んでたんです」

「飛んでたって、サメがっすか?」


 訝し気にエンキオ。


「サメは飛んだりしないネ」

「で、ですよね……やっぱり、わたしの見間違いぎゃああああああ!?」


 バニーユは叫ぶと、弓なりに仰け反ってビクビクと痙攣した。


「バニーユさん!?」


 びっくりして僕は駆け寄った。


「大丈夫ですか!」

「は、はひ……感覚を繋いでいたので、う、あぅ……」


 ふらつくバニーユを助け起こすと、彼女は言った。


「やっぱり、サメでした。物凄く沢山、嵐に巻き込まれて、びゅんびゅん飛び回ってます……」


 そんなバカなと僕達は言葉を失う。


「なにかの見間違いじゃなくてですか?」


 ハンズマンの言葉に、バニーユは珍しく確信をもって答えた。


「間違いないです。わたしと意識を共有していたカモメさん、ぱっくり食べられちゃったので」

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