第21話 カミングアウト

 夏の魔物のせいにするわけじゃないけど、僕達はどこかで慢心していたんだと思う。


 それか、ライバル関係にある冒険者の店同士で組んでしまったせいで、お互いに変な意地を張ってしまっていたか。


 勿論、商工会の人達の為に――そして、夏の魔物に憑りつかれた普通の人達の為に――少しでも早くこの問題を解決してあげたいって気持ちはあったと思う。


 けど、魔境を攻略するには情報も準備も人数も足りていなかった。


 海上での――そして船上での――戦いはまるで勝手が違う。自由に攻められないし、自由に引く事も出来ない。狭い足場は千鳥足の酔っ払いみたいに揺れるし、敵と自分、両方の攻撃から船を守らないといけない。


 でも、その程度の事は考えれば分かるはずだった。


 いつも通りの冷静さがあればね。


 夏の魔物のせいにするわけじゃないけど、僕達は揃いも揃って浮足立ってしまっていた。


 その結果がこれだ。


「大ピンチだね」


 鼻先がギザギザの槍みたいになった鋸サメの突撃を受け、船体には幾つも穴が開いている。鋸サメは倒したけど、そんな事をしても後の祭りだ。


 ゆっくりとだけど確実に、僕達の乗る船は沈もうとしていた。


「言ってる場合!? ハルもなにか考えてよ!?」

「考えてるよ」


 半泣きになったカステットに僕は答える。


 そうとも。僕だって色々考えてる。


 このまま船が沈んだら僕とカステットだけじゃなく、船乗りの人達まで死んでしまう。この魔境は思っていたよりもずっと手ごわい。引き返すのは無理だ。僕達が主を倒さないと、囮になったみんなもその内ジリ貧になって死んでしまう。カイヴァリの街にこのバカみたいな魔境が到達して、天気予報はサメマーク。大勢死んで、黒猫亭と白狼亭の信用はガタ落ちだ。女神さまもがっかりする事だろう――それは全然どうでもいいんだけど。


 今更の事だった。


 冒険者の仕事は危険と隣り合わせだ。失敗すれば、自分以外にも大勢の命が失われる事になる。


 当たり前の事過ぎて、みんな忘れてしまっていた。


 その結果がこれだ。


 その事を忘れていなければ、僕達はもっと慎重になって、せめて店のみんなに万が一の時の為に応援を頼むくらいの事はしただろう。僕達はそれすらもせずに、ライフガードのシャツと水着でのこのこやってきてしまった。


 僕だって色々考えている。


 くだらない死に方をして――一年も経てば冷静にそう思える――奇跡みたいな復活を遂げた僕だ。時々地球が恋しくなる事もあるけど、ようやくハル=アサクラとしての生活にも慣れてきた。黒猫亭のみんなとも仲良くなり、白狼亭の人達とも顔見知りになって、他にも色々な繋がりが出来た僕だった。第二の人生だって悪くはない。ううん、やっと楽しめるようになってきた僕だった。こんな所で死にたくなんかない。


 だから、僕はもっと、もっともっと考えないといけない。


 この状況を打開する冴えたアイディアについて。


「……氷だ」


 ふと気づいて僕は呟く。


「氷?」

「カステットがやったんだよ。氷を浮き輪代わりにして溺れていた人達を助けてただろ?」


 ハッとすると、カステットは悔しそうに頭を抱える。


「あぁもう! なんで自分で思いつかないかなぁ!」


 一々大袈裟なカステットに僕は笑ってしまう。


 カステットは甲板に手を着いて、僕は無形剣の刃を足元に長く伸ばして、二人で氷結魔術を使い船体の穴ごと周囲の海水を凍らせる。


「どのくらい凍らせる?」

「凍らせた船を動かせる?

 カステットの質問に質問で答える。


「えっと――」


 僕の意図を測りかねて一瞬戸惑うけど、カステットはすぐに気持ちを切り替える。


「――速度次第だけど、動かすだけなら余裕」

「凍らせる範囲を広げれば足場も増えるし船も安定する。船底に防壁を張る必要もなくなると思うけどどうかな」


 もっと上手く伝えられたらいいんだけど。元々話下手な僕だ。カステットは視線をぐるぐる回しながら僕の言葉を素早く噛み砕く。


「――良い案かも。防御に力を使わなくていいなら海流を操ってそこそこの速度が出せると思うし」

「もう深層に入ってる。最悪船全体を氷漬けにして僕達だけで探しに行ってもいい。主を殺すまで持てば充分だしね」


 これは提案。足場を広げて船上で戦うか、船を置いて身軽になって戦うか。長時間は無理だけど、短期間ならお互いに船よりも小回りの利く移動方法があると思う。


 カステットは渋い顔で考え込み、なにかを決意して顔を上げる。


「……今更な事言っていい?」

「どうぞ」

「あたし、実は泳げない」


 わーお。


「今更だね」

「笑わないでよ!」

「だって、本当に今更なんだもん」


 そういうば、カステットが海に入った所を僕は一度も見ていない。


「多分、海に落ちたらあたしはパニックになる。船からは離れない方が良いと思う」

「じゃあ、僕は飛ぶから、カステットは下から援護して」


 そして僕は視線を上げる。


 深層の空は魔女の作ったスープみたいに毒々しいマーブル模様を描いている。内側では紫色の稲妻がちかちかと瞬き、あちこちでひっきりなしに雷が落ちている。空を色んな形のサメのシルエットが円を描くように飛んでいて、中心には奴がいた。


 イガ栗を想像して欲しい。針を色んな種類のサメの頭と取り替えて、ものすご~く大きくする。それが奴。羽もないのにインチキパワーで浮いていて、びっしり並んだサメの頭が雫のようにぽろぽろと落ちている――その時には身体はちゃんとついていて、その他諸々のサメの魔物になるわけだ。


「主を探す手間が省けたね。僕達、ついてるよ」


 ついてるの定義に疑問をもったみたいで、カステットは顔をしかめた。

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