第14話 ホームラン
ブラックキャッツは後攻で、僕はライトを守っている――補欠なんて嘘だって事は最初から分かっていた。
こちらのピッチャーは魔弓使いのエンキオで、彼は苔色の服を着たいかにも狩人って感じの男の人だ。魔弓術という特殊な術の使い手で、左手に溜めた魔力をゴムのように伸ばし、右手で引き絞って魔力の矢を撃ち出す。
魔弓じゃなくて魔パチンコだろってからかわれる事も多いけど、魔力の矢だけでなく普通の矢やポーションみたいな実体物も撃ち出せるので汎用性は高い。異世界野球のピッチャーにはもってこいの人材だ。
と、すっかり異世界に馴染んでしまった僕は何食わぬ顔で説明してしまったけど、普通の――つまり、非異世界人――人は困惑する場面だろう。
異世界野球はかなりいい加減で、マウンド上からバッターに向けてボールを放てるなら手段に制限はない。道具や魔術の使用も普通にオッケー。バッターも同じで、ほとんどの冒険者は自前の武器を使っている――そもそもこの世界には野球用に作られたバットが存在しない。
ただし、バッターに届く前にボールが壊れたら一塁扱い。撃ち返した際にボールを破壊したらバッター側がアウトだ。
ボールも大体の大きさが決まっているだけで、材質や形はかなり適当だ。とは言え、基本的には強力な魔物の革を材料に作っている――でないと簡単に壊れてしまってゲームにならない。ちなみに、壊した人が弁償だ。
あと、ボールは存在しない。キャッチャーが取れるなら変な所に投げてもいい――ただしバットに触れる前にその場から移動したらアウト。
バットがないくらいだから、グラブやスパイク、ヘルメットも存在しない。ゼッケン以外はみんな好きな格好――というか普段通りの恰好と装備――で臨んでいる。
なので、ぱっと見は野球っぽく見えなくもないかもしれないけど、実際はほとんど別物なんじゃないかと僕は思う。他にも違う所は山ほどあるんだろうけど、野球について詳しくない僕には指摘できない。
ホワイトウルブスの最初のバッターは眼つきの鋭い大柄の剣士で、彼の身長と大差ない巨大な両刃剣を刃を縦にして構えている。かなり横幅のある剣なので、球は当てやすそうだ。
それを見て、ブラックキャッツの面々が「ずるいぞ~!」「恥ずかしくないのか!」「それでも剣士かよ!」とヤジを飛ばす。
大柄の剣士は無表情でエーデルの顔色を窺った。
「気にする事はありませんわ! これは立派な戦術! 塁に出る事が大事なのです!」
励ますようにエーデルが言う。顔には出ないが、結構気にしいの剣士さんらしい。
「……そういう事だ。悪く思うなよ」
岩が唸るように剣士が言う。
「そういう台詞は打ってから言って欲しいっすね」
飄々と言うと、エンキオは魔弓にボール――いかにもドラゴン感のある緑色の大きな鱗が並んだボール――を番え、弓を引くようにボールを引き絞る。弾性を宿した魔力がみちみちと伸びる。
エンキオが右手を放すと、ヒュッと微かに風切り音が響き、ほとんど同時に大剣が空を扇ぐ低い音が聞こえた。
「ストラーイク!」
少し離れた所で見ていた審判が右手を上げる――ボールがないのでストライクゾーンも存在しない。危ないので審判はちょっと遠くにいる。
ちなみにピッチャーは拳法家のランカだ。お団子頭に赤い拳法服を来た陽気な女の人で、見た目は華奢だけど四肢に魔力を流す事で素手で刃物と殴り合う事が出来る。動体視力も良くて、こちらもキャッチャーにはうってつけの人材だ――一々あちょー! とか、ほぁぁあああ! とか奇声をあげるのが難点だけど。
コントロール抜群の剛速球を放つエンキオと、どんな悪球でもしっかりキャッチするランカのコンビはかなり強力で、大剣の剣士をかすらせもせず三振に討ち取る。
二番バッターは目隠しをした侍みたいなおじさんで、いかにも達人チックな気配を発している。バッターボックスに立つと、彼の放った魔力がフィールドを駆け抜けた。
薄く伸ばした魔力を広げてその内側を知覚する魔力探知だけど、かなりの精度と範囲だ。これなら目隠しをしてたって見る以上に視る事が出来るだろう。
エンキオも気配を察してイザベラに視線を向ける。イザベラは僕の知らないヘンテコ踊りでサインを出した。
「……いや、全然わっかんねぇっすけど」
「出し惜しみすんなって言ったんだ!」
「つってもなぁ……」
エンキオが不安そうにピッチャーに視線を向ける。
「遠慮しなくていネ。普通の球じゃ退屈で眠くなるヨ」
ランカがクイクイと手招きをする。
「あっそ。どうなっても知らねっすよ」
呟くと、エンキオがボールを放った。
「アイヤ! どこに撃ってるネ!」
ランカが叫ぶ。エンキオの放ったボールは狙いを大きく外していた。
「いいからボールだけ見てるっすよ!」
エンキオが叫ぶ。
同時にボールがなにかに弾かれたようにして向きを変えた。
僕は目に魔力を集めてよく観察する。気づいたのは、ボールが大量の魔力に包まれているという事だ。ボールを包む魔力は時々ジェット噴射みたいに吹き出してボールの向きを変えている。稲妻魔球とでも名付けようか。ボールはジグザグの軌道を描いてランカの元へと向かった。
「おもしろいネ!」
僕と同じように目に魔力を集めたランカは、出鱈目な軌道で飛んでくるボールを見切り、鎌のように右手を構える。
「あちょおおお!」
ランカの手は空を掴んだ。
侍おじさんの刀がボールを捉え、綺麗に真っ二つにする。
「……アウトー!」
「ありゃ、峰で打つのを忘れてしもうた」
審判の声が響き、侍おじさんは苦々しく呟いた。
「うぎぎぎ……ど、どんまいですわ! 球には当たっていました! 次は頑張りましょう!」
「ほっほ。面目ない」
肩をすくめると、侍おじさんは仙人みたいな顎髭を撫でながらベンチに下がる。
三番目の打者は鮮やかな金髪がキラキラ光る――本当に光っている――気障な感じの男の人――胸にバラを差している。獲物はお洒落なデザインの双剣だ。
気障な双剣使いは自信満々にバッターボックスに立つと芝居がかった仕草で双剣を抜き、高く空へと掲げる。そのポーズに、黒猫亭のベンチはどよめいた。
「予告ホームランだぁ!? 舐めやがって! エンキオ! ぜってぇ打たせるなよ!」
「頑張ってはみるっすけどね」
イザベラの檄にエンキオが肩をすくめる。
「エーデル=ボリー。我らが白狼亭の名誉の為、このホームランを君に捧げよう」
抜いたばかりの双剣の片方をホルスターにしまうと、気障な双剣使いは胸ポケットのバラを抜き、香りを嗅いでベンチのエーデルへと向けた。
「マーセリス! 信じてますわよ! ぶち込んでおやりなさい!」
ベンチから飛び出しそうな勢いでエーデルが言う。マーセリスは恭しく腰を屈めた。
「そういう訳だ。君には悪いけど、打たせて貰うよ」
「言うだけはタダっすからね。精々頑張ってくださいよっと」
エンキオとマーセリスが静かに睨み合う。お道化た感じの人だけど、エンキオは意外に負けず嫌いな所がある。二人の内側で魔力が高まり、僕達は思わず息を飲んだ。
エンキオがボールを番える。放たれたのは再びの稲妻魔球だ。侍おじさんに斬られたのを気にしたのか、先ほどよりも素早く、虚空を跳ね回るボールは僕ですら瞬きをすると見失いそうだ。
「お見事。でも、その球はもう見切ったよ」
マーセリスの双剣が指揮者のように激しく踊る。悶えるような風が目に見えそうな程強く渦巻き、彼の剣は稲妻魔球を掬い上げるようにして向きを反転させた。
「秘剣ツバメ返し」
緑色のボールが稲妻の軌跡を描きながらエンキオの頭上を越える。
「……マジっすか」
悔しそうにエンキオが呟いた。
僕を含めた外野手は一応追いかけてみるけど、ボールは余裕でフィールドを超えて遠く彼方へと飛んでいく。
「ホームラン!」
審判の宣言に、マーセリスは悠々と小走りでベースを巡り、ベンチに戻ってエーデルに会釈した。
「おーっほっほ! ざまぁみさらしやがりましたか! イザベラ! 先制点は頂きましたわ!」
小躍りをするエーデルにイザベラが悔しそうに歯ぎしりをする。
「さーせん」
謝るエンキオに、イザベラは言った。
「はっ! 丁度いいハンデだ! 勝負はまだ始まったばかりさ! 気にする事ないよ!」
「……うっす」
その一言でエンキオも持ち直す。色々とアレな所もあるけど、冒険者の街でも一目置かれる黒猫亭の店主なのだ。遊びでも、こういう時にかける言葉を間違える人じゃない。
全然やる気のなかった僕だけど、点を取られるとやっぱり悔しい。
僕ですらそうなんだから、他のメンバーはもっとだろう。
静かな闘志を燃やしつつ、僕達は四人目の打者へと視線を向けた。
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