第13話 プレイボール

 多分というか、ほぼ確実に女神さまは僕以外にも地球人をこちらの世界に連れ込んでいる――異世界転生させている――と思う。


 その証拠に、この世界にはどう考えても異世界人が持ち込んだとしか思えない事柄が色々あった。


 盗作感丸出しの小説や、現代風の料理などなど、野球もその一つだ。


 そして、異世界人が持ち込んだと思われる文化にありがちな事だけど、それらの多くは下手くそな伝言ゲームのように歪んで伝えられていた。僕は密かにこれを異世界アレンジと呼んでいる――今考えた。


 どう歪んでいるかは見てれば分かる。なにもかもが歪んでいるから。


 バナナ春巻きを食べ終われると、僕達黒猫ブラックキャッツ――酷いネーミングだ――の面々は北門へと移動した。


 白狼亭の女店主――色白の銀髪で雰囲気だけは上品なクール系――であるエーデル=ボリー率いる白狼ホワイトウルブス――本当に酷いネーミングだ――は既に勢ぞろいしていて、早速ひと悶着あった。


「遅かったですわねイザベラ。わたくし達に恐れをなして逃げ出したのかと思いましたわ」


 執事風の若い男に白い日傘を持たせたエーデルが、高そうな白い扇子で口元を隠しながら優雅に言う。


「こっちは時間通りだよ。そのセリフを言う為にわざわざ三十分も前に集まってたんだとしたらご苦労なこったね」


 イザベラの事だから、独自の情報網でそれを知っていたのだろう。図星を突かれ、エーデルの化けの皮が剥がれる。


「うぎぎぎ……ふんだ! 余裕ぶっちゃって、ダヴォスが怪我で出られない事はしってるんですからね!」


 黒猫亭と白狼亭は比較的距離が近く、どちらも力のある冒険者を多く抱える優良店としてこの街では一目置かれている。そのせいか、二人の女店主を筆頭に、多くの冒険者がお互いをライバル視し、ことあるごとに張り合っていた。


「そうかい。なら、これは知ってたか?」


 イザベラの考えを読んだように、ブラックキャッツのメンバーが左右に分かれ、油断していた僕は一人ぽつんと取り残される。


「ハル君!? そんな、どうして! あなたは野球がお嫌いなはずでしたのに!?」


 エーデルを含め、ホワイトウルブスの面々がわざつく。


 僕はこの街では期待のルーキー的なポジションで、他の店にもそれなりに名前が知られている。エーデルには何度かヘッドハンティングを受けた事があり、面識がある。イザベラの前では変な人だけど普段は……まぁ、基本的には変な人だけど、同じくらい良い人でもある。よくお菓子をくれるし。


「僕も出る気はなかったんですけど、どうしてもって頼まれちゃって」

「うぎぎぎ……ハル君がいるなんて計算外ですわ……イザベラあなた! 試合に勝つために汚いてを使ってハル君を誘惑したんでしょう! 卑怯ですわよ!」

「はっ! 卑怯上等! 勝てばいいんだよ勝てば!」


 白狼亭の面々がブーイングを飛ばす。


 いや、誘惑云々を否定してくれませんか? と思うけど、チケットに釣られたのは事実なので何も言えない。


 そんな感じでいつもの茶番を一通りこなすと、僕達は大型の馬車を借りて街の外へと向かった。黒猫亭と白狼亭は別々の馬車に乗っている。先頭の馬車には審判役を務める商工会の人達が乗っていて、街道をしばらく走ると、適当な平原のそばで馬車を止めた。


 ここが今回のフィールドに選ばれたらしい。


 異世界草野球はわりと最近持ち込まれた文化らしく、色々といい加減だ。専用の野球場は存在せず――そもそも誰も練習なんかしていないし――試合の度に一から作る事になっている。


 ロゴの入ったゼッケン――黒猫亭は黒猫の顔が描かれた黒いゼッケン、白狼亭は白狼が描かれた白いゼッケン――を身に着けると、僕達は適当に散ってフィールド作りを始めた。


 各々武器を持ち、足元に叩きつけたり魔術をぶっ放したりして整地していく。審判役の人達――一括りにおじさんと呼べれば楽なんだけど、若い人や女の人も混じっている――は遠目にそれを眺めながら、もうちょっと広くとか、その辺均して、とか指示を出している。


 僕は伸ばした無形剣の先を扇風機みたいに回転させて草刈りをしたり、刈り取った雑草を強風の術で一か所に集めて炎の術で焼いたりした。


 十分ほどで即席のフィールドが完成すると、仕上げに光の印をつける魔術で各種ラインを引き、ベースを設置して完成だ。


 プロ野球のような仕組みが存在しないせいか、フィールド作りもかなりアバウトだ。フィールドは勿論、マウンドやベース間の距離はその時々でかなり違う。今回はかなり広いように感じた。


 フィールド作りに参加していない冒険者達は少し離れた所に運動会で使うようなタイプのテントを組み立てていて、そこがそれぞれのチームのベンチになる。審判団用のテントもあり、暇を持て余した人達が既に酒盛りを始めている。半分はピクニックみたいなノリだ。


 準備が整うと僕達は向かい合って整列し、正々堂々戦う事を誓う。


 お互いに位置に着くと、主審のおじさんが高らかに試合の開始を宣言した。


「プレイボール!」

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