異世界ベースボール

第12話 ピンチヒッター

「「「かっ飛ばせー! ハール!」」」


 破壊的な魔術で更地になった――上に度重なるラフプレイでクレーターだらけになった――急ごしらえのマウンドに黒猫亭の冒険者達の声援が響き渡る。


 24対22で迎えた九回裏、ツーアウト満塁の大チャンス。


 この不毛すぎる草野球の勝敗を決する大一番の打席に、どういうわけか野球なんて片手で数える程しか経験のない運動音痴(元)の僕が立たされている。


 相手は黒猫亭とライバル関係にある冒険者の店、白狼亭の常連で構成された、白狼ホワイトウルブス。


 野球は――これを野球と呼んでしまっていいのか疑問だけど――チームで行うスポーツだ。ここで僕が打てなかったとしても、負けたのはこれまでみんなが積み重ねてきた諸々の結果で、僕一人が責任を負うべき事じゃないと思う。


 ……思うのだけど、実際はそうはいかない。


 スポーツマンシップはどこへやら。度重なるラフプレーに、選手は勿論、監督までもが完全に頭に血がのぼっている。もしもここで打てなかったらどうなるか……想像するのも恐ろしい殺伐とした空気が満ち満ちていた。


 掌に滲んだ汗をズボンに拭うと――ちなみにユニフォームはナシ。みんな私服というか、通常装備――僕は無形剣を握り直す。


 どうしてこんな事になってしまったんだろう。


 事の発端は数時間前に遡る。






 †






「嫌ですよ」


 僕ははっきり断った。


「前にピンチヒッターをやった時は散々な目に遭いましたから。そもそも、一回だけって約束だったじゃないですか」


 昼食――異世界風海鮮蒸し餃子の入ったイカスミカレーと半分くらいチーズのベーコン入りマッシュポテトと黒ビール――を食べ終わり、デザートに蜂蜜を絡めたバナナの春巻き――この世界で出会った僕の好物の一つ――を頬張っていると、黒猫亭の女店主であるイザベラが、草野球のピンチヒッターを頼みに来た。


「そこをなんとか! 今日の試合はどうしても負けられないんだ!」

「前も同じことを言われましたけど」


 前回も断った。僕は野球に限らずスポーツ全般があまり好きじゃないし――異世界にやってくるまでは運動音痴だったから――経験もほとんどない。


 ただの数合わせで、突っ立ってるだけでいいからという言葉を信じて参加したら本当にひどい目にあった。なので、異世界野球はもうこりごりだ。


「あん時と同じで白狼ホワイトウルブスが相手なんだよ。白狼亭とうちがライバルなのは知ってるだろ? この前の試合も結局引き分けで終わっちまたから、今日の試合で決着が付くんだよ。だってのに、ダヴォスのバカが昨日の仕事で怪我をしやがった! だからあたしは試合の前に仕事なんかすんなって言ったんだ! 白狼亭とやり合う事を考えると、戦力的にも控えの数的にもダヴォス抜きはキツイ。なに、念のための補欠さ! なんにもなけりゃ座ってるだけで事が済む。お前の好物なんでも作ってやる券五枚やるからさ、頼むよ!」



「前もそう言って結局大忙しでした。チケットは魅力的だけど、五枚じゃ割に合いませんね」


 ぷいっと僕はそっぽを向く。


 イザベラの作る料理は美味しいけど、彼女が毎回厨房に立つわけじゃないし、メニューだってその時々で変わる。好みの料理を好みの味付けで作って貰えるチケットは、下手なドロップよりもずっと魅力的なお宝だ。なにを隠そう、今食べてるバナナ春巻きもチケットを出して特別に作って貰った。そして、これが最後の一枚でもある。


「……七枚」

「十五枚」


「ばっ! いくら何でも多すぎだろ!」

「じゃあ他を当たって下さい」


 試合開始まであまり時間がない。今からダヴォスの代わりが務まる冒険者を見つけるのは難しいと思う。


「……九枚だ。これ以上は出さないぞ!」

「キリが悪いので十枚にしましょう」


 イザベラが僕を睨んで歯ぎしりをする。僕は涼しい顔で答えを待った。


「……わかったよ! でも、十枚分の働きはして貰うからな!」

「任せてください。ガツンとホームランを打ってやりますよ」


 十枚もあれば当分バナナ春巻きが食べられる。


 嬉しくて、僕はついつい大きな事を言ってしまった。

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