第11話 続、黒猫亭の日常

 チャールズ=ダッジの亡霊は死に、子供達は甘い夢から覚めた。


 僕は黒猫亭に戻り、一人で晩御飯――オムライスとコーラの偽物――を食べている。


 久しぶりに家族の事を思い出してしまい、僕はすっかり落ち込んでいた。あの日僕はつまらない理由で死んでしまった。それがこうして女神さまの好意でセカンドライフを楽しめているだけでも物凄い幸運だと思う。


 だけど、時々無性に寂しくなる。


 お父さんと僕の嫌いなレースゲームをしたり、お母さんのオムライスが食べたくなる。幼馴染の哲也君のつまらない話や、色んな友達との思い出について考えてしまう。


 彼らが今どんな風に過ごしているのかについて考え、死んでしまった僕についてどう思っているのかについて考えてしまう。


 とても哀しくなり、申し訳ない気分になる。


 チャールズ=ダッジが言う通り、向こうの現実は退屈だった。


 だけど、もし戻れるというのなら、僕は喜んで向こうの世界に帰ると思う。


 朝倉春の十五年を忘れるには、一年は短すぎる。


「元気ないね。どうかしたのかい?」


 イザベラが心配そうに声をかける。


「なんでもないですよ。大変な仕事だったら、ちょっと疲れちゃって」


 僕は平気で嘘を吐く。今の僕は程々に腕の立つ冒険者のハル=アサクラだ。ホームシックになったなんて恥ずかしくて言えない。


 でも、イザベラは全部お見通しって顔で溜息をつき、突然僕を抱きしめる。


「頑張ったね、ハル」


「……止めてください。子供じゃないんだから、恥ずかしいですよ」


 泣きそうになるのを堪えながら僕は言う。


「はっ! 生意気言うんじゃないよ! この店の人間はみんなあたしの子供みたいなもんさね!」


 離れると、イザベラが僕の頭をくしゃくしゃにして笑う。


「ママァ~! 俺の事も抱きしめてくれよ~」


 禿げ頭にサンタクロースみたいな髭を生やしたゴリラみたいな中年冒険者のダヴォスがイザベラに抱きつこうとして顔面を殴られる――いつもの事。


 冒険者達の陽気な笑い声が店に響き、ステージではバンドの演奏を従えて、ウェイトレスのキッシュが最近街で流行りの明るい曲を歌い出した。


「なんだよハル、元気ねぇのか?」

「そういう時は酒っすよ酒」

「っしゃぁ! 久々に飲み比べ勝負しようぜ! 今度はあたしが勝つからな!」


 あっと言う間に顔なじみの冒険者に囲まれて僕はすっかり困ってしまう。


 これじゃあ恥ずかしくて悲しい顔なんか出来やしない。


「いいですよ。いつも通り負けた人の奢りという事で」


 差し出された黒ビールをがぶ飲みすると、胸の寂しさはいくらかマシになる。


 そして僕は思い出す。


 大事な人達とは離れてしまったけど、この一年でこっちの世界にもそれなりに仲のいい人達が出来た事。


 もしも僕が何も言わずに元の世界に帰ったら、みんなはきっとすごく心配してくれるだろう。


 不謹慎かもしれないけど。


 そう思うと、僕はちょっとだけいい気分になった。





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 気になるキャラ、見てみたいシチュエーション等ありましたらコメントでお知らせください。御期待に添えるかはわかりませんが、可能な範囲で題材にさせていただきます。

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