第7話 up and down
ただひたすらに落ちている。
長い落下だ。長すぎる。
このまま、この世界の向こう側まで落ちていきそうな程。
必要な情報を聞き終えると、僕は夢水晶の世界に入った。
タイトルは夢の国の奇妙な冒険。
夢の中で目覚めると僕は落ちていて、それからずっと落ち続けている。
そこは井戸を思わせる長い縦穴だった。光源がないにも関わらず、辺りは仄かに明るく、丸みを帯びた壁面は全て本棚と戸棚で出来ている。
そんな話を何かで読んだ気がして、さっきから思い出そうと頑張っているけど、どうしても思い出せない。
ところで、この世界での僕は前と変わらない僕だ。身に着けている物もそのまま。試してみたけど、収納腕輪や無形剣は普通に使える。
夢水晶には話の内容に合わせてプレイヤーの見た目を固定する――勇者なら勇者、お姫様ならお姫様――タイプと、そのままの自分が投影されるタイプ、なりたい自分のイメージを選べる――キャラクリがある――タイプの大体三つに分けられる。
この夢水晶は二番目らしい。持ち物や能力まで一緒というのは珍しいけど――まったくないわけじゃないし、オプションでそういうモードを選べるタイプはある。
ちなみに見た目は光を屈折させる術で確認した――主人公の見た目からなにかヒントが得られるかもしれないと思ったから。
なんて事をあれこれやっていてもまだ僕は落ち続けている。もしかしたらただそれだけの夢水晶なのだろうかと疑いたくなる。一応スミスからはこの夢水晶のあらすじと趣旨は聞いていた。
身も蓋もない話をするとRPGで、夢の国にやってきた主人公は色々な奇妙を冒険をしながら悪い女王に支配されたお城を目指し、黒幕の邪竜を退治するというもの。
ミスタースミスの希望的観測では、邪竜を倒して夢水晶の物語をクリアすれば元通りになるかもしれないとの事で、特に解決方法が見つからない場合はとりあえずクリアを目指して欲しいと言われた。
これと言った情報がないので妥当な指針だと思うけど、無限に落ち続けている状態ではどうしようもない。ある意味では詰んでいる。地面に到達しない落下は止まっているのと同じだ。
この夢水晶はほとんどチャールズ=ダッヂが一人で開発した。そして彼は発売前夜に毒を飲んで死んだ。十六歳以下の少年少女がこの世界に閉じ込められた事も含め、この世界で起こる事柄は彼がそうなるように設計したと考えていいだろう。
問題は、どこまでが元の仕様で――他のプレイヤーは普通に遊べている――どこからが彼による改変なのか。この落下は単に長いだけの落下なのか、チャールズの悪意によるものなのか、情報が少なすぎて判断がつかない。
とは言え、夢遊機自体は魔力によって夢を見せている。その気になれば夢水晶の物語に魔力で干渉して力技で状況を打開する事は出来なくはないはずだ――チートみたいな感じ。
でも、それをやると物語がおかしな事になったりする――普通の夢水晶で何度か試して痛い目を見た事がある――ので、本当に手詰まりになったと判断出来るまでは使いたくない。パズルゲームのようになにか特別な行動をする事で先に進めるような仕掛けかもしれないし。
実際、スミスの話ではチャールズの作る夢水晶は奇妙で幻想的な世界観とパズルめいた謎解き要素が人気だったらしい。
「そういうのはあんまり得意じゃないんだけどね」
今時の高校生だった僕だ。面倒な謎解きに直面するとすぐに攻略WIKIを頼っていた。そんな事よりも早くストーリーの続きが知りたいタイプのプレイヤーだった。
はてさて、どうしたものか。
状況を整理し終えた僕は本腰を入れて問題に取り組む。
とりあえずこの状況を謎解きパズルだと仮定する。その手のゲームはプレイヤーの目の届く範囲にヒントがあり――フェアなゲームなら――干渉可能なギミックがあるはずだ。
周囲にあるのは無限に続く本棚と戸棚。中身は本や色々なラベルの貼られた空っぽの瓶。他のゲームでよく見るパターンは本棚や戸棚が歯抜けになっていて、別の場所で入手したそれらを収納すると隠し扉が開くというもの。本棚や戸棚には空きがあるけど、別の場所には行けないのでこの案は没。でも悪くない考えだと思う。
他のパターンを考えてみると。例えば、本のタイトルが続き物になっていて、それがばらばらに収納されていたとする。順番通りに整頓すればオープンセサミだ。
ちょっと安直過ぎる気もするけど、所詮はゲームだ。序盤という事もあり、あまり難しい謎解きではないと思う――そう願いたい。
薄暗い中高速で落下しながら本のタイトルや瓶のラベルを確認するのはちょっと大変だ。僕は堂々とズルをして目に魔力を集める。動体視力強化と暗視の術をかけ、僕は流れる景色に目を凝らす。
本のタイトルは児童書や絵本、図鑑を思わせるものばかりだ。瓶のラベルはジャム、フレーク、キャンディーといった子供の好きそうなお菓子関係。でも、多分それはどうでもいい。
大事なのは、それらが全部上下逆になっているという事。
これがヒントであり答えでもある。
僕は上に向かって落ちていた。だからいつまで経っても地面に着かない。この状況を打破する為に僕に出来る行動はなんだろう。
空中で胡坐をかいて腕組みをする。少し考えて、僕はその場でくるりと半回転した。でも、変らず僕は落ち続けている。上下が入れ替わったにも関わらず、相変わらず僕にとっての下に向かって。
正解を引いたと考えていいのだろうか。
答え合わせの時間は突然訪れた。
僕はなにか柔らかな場所に落下し、そのまま突き抜けて闇に呑まれる。気絶したわけじゃない。埋まったんだ。周囲は土臭くてフワフワしたしっとりとして軽い大量の何かに覆われている。僕は泳ぐようにしてどこかを目指した。
なにかの山からを顔を出すと、それが大量の黄色い落ち葉だと分かる。
「夢の国にようこそ!」
振り向いた先には二足歩行のウサギがいた。仕立ての良い派手なジャケットを着て大きな懐中時計を抱えた真っ白いウサギ。
それで僕は思い出した。僕が似ていると思ったのは不思議の国のアリスだ。この世界には異世界人が盗作したとしか思えない読み物が溢れている。地球でも不思議の国のアリスはゲームの題材として人気がある。チャールズが元ネタに使ったとしてもおかしくはない。
「ボクはピーター! 君の事を待っていたんだ! さぁ行こう! 急がないと手遅れになっちゃう!」
ぴょこぴょこ跳ねながらやってくると、白うさぎが急かすように僕の手を引っ張る。不思議の国のアリスを読んだのは小学校低学年の夏休みだったと思う。読書感想文の題材に選んだ。面白い本だったと思うけど、印象的だったシーンが幾つか思い浮かぶだけで、内容はほとんど憶えていない。こんな展開じゃなかったと思うけど、自信はない。
勿論、チャールズはゲーム化をするにあたって色々と物語に手を加えているだろうけど。不思議の国のアリスが下敷きになっているという情報はそれなりにヒントになるはずだ。白ウサギはガイド役なんだろうか。
「なにが手遅れになるんだい」
子猫のように柔らかな肉球の感触を楽しみながら僕は尋ねる。
「世界の終りさ!」
無意味に飛び跳ねると、ピーターは僕の鼻面に学校の壁掛け時計くらいありそうな懐中時計を突き付けた。
「君がどうにかしてくれないと、この世界はあと二十四時間でお終いになっちゃうんだ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。