第8話 マスターキー
「どうにかって、どうしたらいいのさ」
丸盾みたいに押し付けられた懐中時計を手でどけて僕は尋ねる。
「知らないよ! でも、君にはその力があるんだ! 君にしか出来ない事だよ! だって君は救世主だからね!」
やっぱりピーターはガイド役らしい。それか序盤の説明キャラ。コンパクトで唐突な導入は嫌いじゃない。僕だって一応年頃の男の子だしね。救世主と言われて悪い気はしない。
「もう少し詳しく教えてくれないかな」
「預言があったんだ! この世界はもうすぐ滅びる。でも、その前に救世主が現れてどうにかしてくれるかもしれない! その場所がここなんだ! ボクは君の事をずっと待っていたんだよ!」
「それはいいよ。世界を救うにはどうしたらいいの」
「女王様のお城に行くんだ! 後の事は分からないけど、そうすればきっとどうにかなるはずなんだ! さぁ行こう!」
「わかったから、そんなに引っ張らないでくれるかな」
僕は急かされるのが嫌いだ。好きな人なんかいないと思うけど。
落ち葉の積もった暗い広間から一本の長い廊下が伸びている。ピーターに手を引かれて僕はそちらへと進んでいく。長い廊下だった。とても長い。まるで無限に続いているような。また謎解き? そう思った矢先に終りが見えた。
通路の先は円形の大広間になっていて、壁には色んな形のドアがぐるりと並んでいる。真ん中には虹色に輝く魔晶石のテーブルがあって――本物なら凄い値打ちだ――テーブルの上にはいかにも意味ありげな小道具がずらりと並んでいる。
一度でも使ったら崩れてしまいそうな――何故か僕はそう確信した――古い鍵が三つ繋がったキーホルダ、自転車の鍵くらい小さな金色の鍵、三回くらい挑戦できそうなロックピック、ドクロマークのラベルが貼られたポーション、ワタシヲノンデと書かれたラベルのポーション、両手剣ぐらいのサイズの白い羽ペン、ワタシヲタベテとチョコレートのプレートに描かれたバースデーケーキ、長いコードと繋がった爆弾と起爆装置のセット、暗号解読表というタイトルの分厚い本、手斧、エトセトラ。
「ここはなに?」
「旅立ちの間だよ! 扉は夢の国の色んな場所と繋がってるんだ! でも鍵がかかっていたり意志があったりして普通には開けられないから、そこにある道具を上手く使わないとだめなんだ!」
「君はどこから入ってきたの?」
「ボクはあそこからさ!」
ピーターが指さす先にはペット用の小窓みたいに小さなドアがある。ピーターのサイズならギリギリ通れそうだけど、懐中時計が引っかかるんじゃないだろうか。そう思っているとピーターは手品みたいに懐中時計を懐にしまった。そんなのあり? って思うけど、収納腕輪を持つ僕が言えた義理じゃない。
「その扉はどこに繋がってるの?」
「三分の一の街だよ!」
「……それってもしかして、お城まで三分の一くらいの距離にある街なのかな」
「よくわかったね!」
僕は肩をすくめる。
なんとなくこの部屋の趣旨が分かってきた。どの扉を選ぶかで開始位置が変わる。扉を開けるにはちょっとした工夫が必要で、テーブルの上の小道具はその為の物だろう。扉によって開ける為の難易度が違って、難しい扉程お城の近くに出れるんじゃないかと思う。
ピーターの扉が用意されているという事は、テーブルの小道具を使えばあの小さな扉を通れるようになるのだろう。それで思い出したけど、不思議の国のアリスにも似たようなシーンがあって、なにかをして――なんだったか忘れちゃった――大きくなったり小さくなったり出来たはずだ。
なんとなく見上げると、天上そのものが巨大な扉になっている事に気づく。巨大化してそこから出るという選択肢もあるようだ。
大きくなったり小さくなったりするのは面白そうだけど、生憎僕は遊びに来たわけじゃない。もうちょっと現実的な観点から考える。
ピーターはお城に行ってどうにかすると言っていたけど、僕はスミスから黒幕が邪竜である事を聞かされている。だからとりあえずそこでバトルになるだろう事は予想できる。小さいままで行くのは不利だし、その間の道のりも大変そうだ。小さい事で有利になる展開もあるかもしれないけど、二十四時間という時間制限を設けられているし、人の――そして僕の――命がかかっているのでギャンブルは出来ない。
三分の一の街っていうのもちょっと遠いし。これはそんなに美味しい選択肢ではないと思う。
むしろ、巨大化して上の扉から出られれば、そのまま歩いてお城まで行けるんじゃないだろうか。でも、これは多分罠だ。こんな事は誰だって考えるから、なにか対策がされてると思う。
「他の扉がどこに繋がっているかは分かる?」
ピーターが洗った後の犬みたいに首を振る。
「でも、開けるのが難しい扉程お城の近くと繋がってるはずだよ!」
やっぱりそうだ。なら、僕に開けられそうな範囲で難しそうな扉を選ぶのがいいだろう。
とりあえず部屋を一周してどんな扉があるのか確認してみる。
錆びついた鉄の扉――酸っぽいポーションがあった気がする。
お喋り好きの優しそうな女の人の顔がついた木の扉――斧と対応しているとしたらちょっと残酷だ。
よく見ると小さなヒビがあちこちに入った壁――爆薬と対応してるんだと思う。
近づくだけで怒られるデカい鼻のついた扉――羽ペンでくすぐるのかな?
意味不明の詩みたいなのが記されたダイヤル錠付きの金庫みたいな扉――暗号表だろうけどこれは遠慮したい。
手のついた扉――ジャンケンで五連勝したら通してくれるらしい。
鍵穴が一つの扉、二つの扉、三つの扉、四つの扉、五つの扉――使い捨ての鍵とロックピックかな?
鍵はついてないけど物凄く大きな鉄の扉――ある程度大きくなって押すんだろう。
他にも幾つかあったけど、この時点で僕は選ぶべき扉を決めていた。
「すごく難しそうな扉だね!」
五つの鍵穴がついた扉の前に立つと、ピーターが言った。
「こんなに沢山の鍵、どうやったら開けられるんだろう! 全然見当もつかないよ!」
僕の予想だけど、鍵穴の多い扉シリーズは使い捨ての鍵とロックピックが対応しているんだと思う。一つの鍵の扉は三つの使い捨ての鍵のどれかと対応しているはずだから絶対に開けられる。二つ以上の鍵穴の扉は間違った穴に鍵を刺し込むと鍵が壊れるから、鍵の数が多い程難易度が上がる。五個の鍵の扉は三つの鍵を対応した鍵穴に差し込み、残った二個をロックピックで開けないといけない。
その辺の少年少女がロックピックなんか使えるわけないから、そこはなにかしらの夢補正がかかっているのだろう――純粋なハードモードかもしれないけど。
僕は女神さまの甘やかしのせいか、なにをやっても呑み込みが早い。ロックピックの使い方は以前に一度だけ知り合いの冒険者に教えて貰って知っていた。でも、流石に一回こっきりで泥棒みたいな腕前になるわけじゃない。
多分、普通にやったら失敗する確率の方が高いと思う。普通にやる気なんか最初からないからいいんだけど。
「簡単だよ」
僕は言った。
「マスターキーを使えばいい」
収納腕輪から無形剣を取り出し、最初の鍵穴に押し付ける。どろどろの刀身を流し込み、錠前の形を探りながら魔力を操って鍵の形を作る。軽くひねって終わりだ。
これはロックピックの使い方を教わった時――つまり、一般的な機械錠の仕組みを教えてら持った時――に編み出した技だ。やってる事は同じだけど錠前の形を魔力的な触感で感じられる分ずっと簡単。余程複雑だったり魔術的な仕掛けがない鍵なら簡に開けられる。文字通りのマスターキーってわけ。
一つ十秒もかからない。一分もせずに僕は五つの鍵穴を解錠した。
「さぁ、行こうか」
茫然とするピーターに手を差し出す。彼はハッとすると、嬉しそうに僕の周りを飛び回った。
「すごいや、すごいや! こんな救世主、初めて見たよ!」
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