第6話 ハワード・スミス&メイトリックス社

「君一人ですか」


 ハワード・スミス&メイトリックス社の会議室っぽい場所。高そうなスーツにインテリ眼鏡をかけた神経質っぽい社員の人が露骨に不満そうな表情を浮かべて僕に言った。


「二人には見えませんよね」


 笑顔で言ってインテリ男の出鼻を挫く。この手のやり取りは飽き飽きだ――向こうはそうじゃないんだろうけど――若いけど、僕はそれなりの実力と実績がある。口で説明したってどうせ伝わらないので、態度で示すのが手っ取り早い。


 作り笑いを消して僕は言う。


「黒猫亭の紹介で来ました、ハル=アサクラです。歳は十六。実力に不安があるなら表のガードマンを全員呼んで頂いても構いませんよ」


「……結構。明日からガードマンなしで過ごす事になりそうだ」


 眼鏡を直すと、インテリ男は溜息をついた。生意気な小僧だという感想が冷酷そうな目に表れている。とはいえ、僕の実力は少しは信用して貰えたらしい。


「ジョン=スミスだ。今回の件を担当している」


 ミスタースミスが右手を差し出さなかった事を僕は幸運に思った。暑苦しいのは苦手だ。


 ハワード・スミス&メイトリックス社の名は僕も知っていた。イザベラは夢水晶の開発会社と言っていたけどとんでもない。ゲーム業界では結構大手で、夢水晶以外にもゲームセンター――この世界は思っていたよりもずっと俗っぽくて、文化的には地球に似た所が多い。多分僕以外にも異世界人がいて、色々と影響を与えているんだろう――の経営や魔導遊具の開発なんかを行っている。僕もここの開発した夢水晶を何本か遊んだことがあった。


 既に用意は整っていて、テーブルや椅子は壁側に追いやられ、真ん中に簡素なベッドと夢遊機が置いてある。


「幾つか質問をしてもいいでしょうか」

「答えられる範囲でなら」


「夢水晶に問題があるのなら、開発チームに原因があるはずです。そちらはもう調べましたか」

「回答は差し控える」


 答えはイエスだ。そして問題があったのだろう。表には出来ない内容だ。


「言えない理由があるのは分かりました。多分、今回の事件を解決するのに必要な情報だと思います」


 スミスは涼しい顔を装うけど、一瞬だけ迷うようにして目が左に泳いだ。


「僕の口がどれだけ堅いか口で説明しても意味はないですよね。失敗すれば僕は夢から覚めないかもしれない。これは命がけの仕事です。分かっている情報を出し惜しみにするような依頼人の為に命は張れません」


 イザベラの紹介で来ただけだ。被害に遭った子達は可哀想だと思うけど、僕はヒーローでもなければ勇者でもない。勘違いしている人が多いけど、冒険者は金さえ払えばなんでもする使い捨ての駒じゃない。気に入らない仕事は断る権利がある。


「……これから話す事は全て私の独り言だ」


 なんらかの覚悟を浮かべると、ミスタースミスは言った。上から口止めをされているのだろう。会社勤めの人は大変だ。


「待ってください」


 彼の誠意に応えるついでに、僕はちょっとしたデモンストレーションをしてあげる事にした。薄めた魔力を広げて外の廊下や周囲の部屋に流す。反応はナシ。


「近くで聞き耳を立てている人はいないようですね」

「……わかるのか?」


「実力のある冒険者が必要で黒猫亭に声をかけた。そして僕が来ました」

「……失礼を詫びよう」

「僕が生意気な小僧なのは事実ですから」


 わかって貰えればそれでいい。ミスタースミスは見た目ほど頑固ではなさそうだし。


「犯人の目星はついている」


 深い溜息と共にスミスはその言葉を吐き出した。


「チャールズ=ダッヂという開発部の男だ。面識はないが有能な男だと聞いている。問題の夢水晶はほとんどこの男が一人で製作した」


「今回の件について彼はなんと」

「なにも」


 悪い夢を見た後のように、ミスタースミスは陰鬱そうに口にした。


「奴は自殺した。問題の夢水晶の発売前夜にな。死人から話を聞く事は出来ない」

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