死霊秘宝
第2話 そして一年が過ぎ
「あれから一年か」
偶然だけど、目の前には錆びた剣を持ったスケルトンがいた。右にも左にも後ろにもいて、全部で数は十数体。ほとんどが素手だけど、何体かは錆びた武器を握っている。
そこは殺風景な無縁墓地で、湿った土の上に粗末な墓石が窮屈そうに並んでいる。その内のいくつかは内側から掘り返されて、掘り返した張本人達は僕を殺して魔力を得ようとカランコロン乾いた音を鳴らしている。
僕は左手の収納腕輪から無形剣を取り出すと魔力を練り上げた。伸びだした刃はあの頃と比べてずっと長く鋭く立派で、刀身が白く輝く魔力で出来ている事を除けば普通の長剣に見える――その時点でどう考えても普通の長剣ではないけど。
目の前のスケルトンが錆びた剣を振りかぶったので僕は右に半歩進んで避け、すれ違いざまに欠けた頭蓋骨――これがこの人の死因だろうか――を無形剣の刃で撫でる。
魔力の刃で切られても頭蓋骨は傷一つつかないけど、そのスケルトンは糸が切れたマリオネットみたいに崩れ落ちて動かなくなった。
この一年で無形剣の使い方にも随分慣れた。女神さまの贈り物だけあってこの魔剣はかなり便利だ。魔力で出来た刃は上手く調節すれば鉄よりも硬い物だって斬る事が出来たし、豆腐よりも柔らかい物だって斬らない事が出来る。
魔力を集中させた僕の目は、駆け出しの死霊術士が埋め込んだ偽りの魂――と呼ぶのもおこがましい魔力の塊――を視認している。無形剣の刃で斬ったのはそれだった。
出来損ないの骨傀儡に知性はない。百万回やったって勝てっこないのに、スケルトン達は僕に襲い掛かる。僕は何も考えずに全てのスケルトンの偽核を断ち切った。終わってからようやく、僕は彼らに同情する。
戦闘中は戦闘にだけ集中しろ。この一年で僕が学んだ沢山の教訓の一つだ。相手が生き物だろうと無生物だろうと――そして人間だろうと――余計な事を考えたら怪我をする。
「おわりましたよ」
振り返ると、僕は遠くで見ていた依頼人のシスターケイトを呼んだ。
彼女はこの無縁墓地を管理する教会のシスターで、無縁墓地という場所の性質上冒険者と面識が深い――運よく近場で死ねた冒険者はここに埋められる。大抵は現地で魔物の餌だ。僕も知り合いの冒険者の葬式を何度か頼んだ事があって面識があった。
「流石はハルさん。黒猫亭のエースなだけあってあっと言う間でしたね」
僕の戦いぶりを見て興奮したのか、いつもより少しはしゃいだ感じでケイトは言う。
「別にエースじゃないですよ。これくらいなら、出来る奴は大勢います」
アーテックは冒険者と交易の街だ。沢山ある冒険者の店の中でも、黒猫亭はそれなりに腕のいい冒険者が集まっている。
「遺骨を傷つけないという条件で、あんなに安い報酬の依頼を受けてくれるのはハルさんくらいですよ」
それはそうかもしれない。スケルトンを倒すには原型がなくなるまで破壊するか、スケルトンを動かしている魔力的な核――そのまま魔核と呼ばれていて、この手の無生物系の魔物が宿している事が多い。死霊術士はこれを模倣した偽核を植え付ける事でスケルトンを動かしている。偽核で動く低級のスケルトンは倒しても塵にならずドロップも出さない。多分宿している魔力が少ないからだろう――を破壊するしかない。
黒猫亭の冒険者にも魔核を特定し破壊できる冒険者はそれなりにいるけど、骨を破壊せずに格安でとなるとかなり絞られる。僕だけというのは言い過ぎだと思うけど、他にいるかと言われたらすぐには名前が出てこない。
「お金には困ってませんし。あのスケルトンの中に僕の知り合いが混ざっているかもしれないので」
タダでも受けましたよと言いそうになり、僕は慌てて口を閉じる。口は災いの元だし、安売りをして困るのは自分だ。これもこの一年で学んだ教訓。中々直らないけど。
ともあれ、僕は女神さまの特別扱いのお陰でそこそこ腕のいい冒険者になる事が出来た。腕のいい冒険者は高給取りだしどこでだって重宝される。この一年でまぁまぁ貯金も出来ている。それでも働くのは半分は趣味みたいなものだ。他にやる事ないし。人助けをしてお金を貰うのは気持ちがいい。
「そう言って貰えると助かります。教会の方でしっかり管理出来ればいいんですが、中々そうもいかなくて」
「墓地はここだけじゃありませんし、いつやって来るかもわからない死霊術士の為に人をつけて一日中見張らせるわけにもいかないでしょうから」
そんな事をしてもお金にはならないし。教会を相手にこの言葉を使うのはちょっと皮肉っぽいけど、慈善事業じゃないんだ。無縁墓地が荒らされたって街に住んでる人には関係ない。冒険者なんて所詮は根無し草のよそ者だし、後回しにされても仕方がないのだろう。
僕のフォローにケイトが苦い愛想笑いで応える。彼女は教会の人間にしておくにはちょっともったいないくらいまともな聖職者なので、無縁墓地が荒らされている現状に心を痛めているのだろう。
「ありがとうございました。あとはこちらで埋葬しますので」
古びたスコップを重そうに抱えながらケイトが言う。
「手伝いますよ」
特別な力のない女の人が十数体分の遺骨を埋め直すのは重労働だ。彼女もそれは分かっていて、僕の申し出に一瞬迷うような表情を見せる。
「……でも、報酬は出せませんし」
苦い愛想笑いでケイトが断る。彼女は多分、僕がその断りを断って手伝おうとする事を分かっている。それでも一応断って見せるのは彼女の奥ゆかしさのせいだろう。最後に残った唐揚げを譲り合うみたいだと思うとちょっと面白い。
「お金には困ってませんし、こう見えて力持ちなので」
にこりともせず言うと、僕は右腕に力こぶを作ってみせた。この一年で別人みたいに逞しくなった僕だ。魔術による身体強化も使えるから、本気を出せば小さな竜ぐらいなら投げ飛ばせると思う――試した事はないけど。
「……それでは、お言葉に甘えて」
そう言ってから、ケイトはバツが悪そうに言い直した。
「やっぱり大丈夫です。スコップが一つしかありませんので」
「僕は自前のがあるので」
僕は無形剣を操って刀身を――ここまで来るともはや刀身でもなんでもないけど――スコップ状に変形させる。丸みを持たせているので支柱部分に触れても手が切れる事はない。
こんな感じで無形剣は色んな道具の代わりになる。団扇とか釣り竿とか歯ブラシとか。あんまり複雑な形は無理だけど、将来的にどうなるかは分からない。僕はまだまだ成長中だ。
「……では、お願いします」
目を丸くしてケイトは言った。仕事を分担する事にして、僕は半端に掘り返された墓穴を綺麗に掘り直した。ケイトは散らばった骨を分かりやすいように一組ずつまとめている。
「質問をしてもいいですか」
「はい」
「どの墓にどの骨を埋めるべきか分かってますか」
数秒動きを止めると、ケイトは足元の太い骨を拾い上げ、表面の汚れを手で払った。
「……いいえ」
「ですよね」
墓石には名前が刻んであるけど、ほとんどは知らない人の名前だし、たとえ知人だったとしても、骨を見て誰の物か当てるような真似は僕には出来ない。ケイトだって出来ないだろうし、誰だって無理だろう。
ケイトは無言になり、気まずそうに骨を集める。僕は一つ目の墓穴を掘り終え、次の墓穴へと向かう。
「責めてるわけじゃないです。気になったので聞きました。ケイトさんのせいじゃないですよ」
「……ありがとうございます」
苦い愛想笑いでケイトは言う。他にも表情のバリエーションはあるはずだけど、今日はそれしか見せてくれない。
「目印をつけた方がいいかもしれませんね」
「ぇ?」
ケイトが聞き返す。
「だって、また来るかもしれないじゃないですか」
僕の言葉にケイトの頬が引き攣った。
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