拝啓女神様、異世界に来て一年が経ちました。おかげさまで僕は楽しくやっています。
斜偲泳(ななしの えい)
第1話 プロローグ
「顔が好みだからです!」
どうして僕が異世界転生なんですか?
と聞くと、女神さまは興奮した様子で答えた。
生前の僕は平凡な人間で、特にモテた経験もなかったけど、顔の好みは人それぞれなので、そう言われると言い返せない。
「こんなに可愛いハル君がたったの十五歳で死んじゃうなんて納得できません! あたしはもっとハル君の人生を見守りたいのに! でも、あっちの世界は共有ワールドなのであたしのわがままでハル君を蘇らせる事は出来ないんです! そういう訳で、あたしの個人ワールドの方に転生して貰う事にしました!」
女神さまの話では、地球は沢山の神様が共同で管理する世界だそうだ。人間は神様の娯楽の一つで、昔は色んな神様が自分の担当するエリアの中で人間に干渉しながら鑑賞してたけど、人間が増えるにつれて担当エリアが被るようになったから、神様同士で揉めないように今は干渉が禁止になっているらしい。
その代わり、お気に入りの人間が死んだらそれぞれの神様が個人的に管理している世界に転生させて楽しんでいるんだとか。僕達が天国や地獄、極楽やヴァルハラと呼んでいるのがそれらしい。
なんか勝手な気もするけど、人間だってペットを飼うし、神様が人間を娯楽目的で作ったって言うのなら仕方がない。
僕も別に死にたくて死んだわけじゃないし、もう一度生きられるのなら文句はない。
自己紹介が遅れたけど、僕の名前は
多分どこにでもいるような普通の高校生一年生で、不良にイジメられてた幼馴染の哲也君を庇ったら階段から突き飛ばされて死んでしまった。
それはちょっとムカつくけど、人殺しの不良はもう学校にはいられないと思うし、哲也君がそれで助かったのならまぁいいかなと思う事にしている――過ぎた事はどうにもならないし。
「ハル君はあたしのお気に入りなので、色々プレゼントしちゃいますね! あっちの世界では大変だったけど、こっちの世界でもあたしを楽しませて……じゃなくて、楽しくすごして下さいね! それじゃあ行ってらっしゃ~い!」
……なにか不穏なセリフが聞こえた気がしたけど、意識だけになった僕にはどうする事も出来ない。
その意識も眠るように薄れていき、僕は女神さまの世界へと送り込まれる。
「言い忘れましたけど、あたしの好みはスローライフ物なので! いきなり無双とかは出来ないので気を付けてくださいね!」
好きにして下さい。
朝倉 春 十五歳 種族人間
スキル 【女神の寵愛】【天賦の才】【恵まれた体】【巻き込まれ体質】
【異世界チュートリアル】
所持品 【収納腕輪】【無形剣】【ハル君に着せたい女神さまのオススメの服】
†
魔物の森で僕は目覚める。
ここは森の浅い所で駆け出しの冒険者でも頑張れば一人で倒せるくらいの魔物が湧く。でも奥は危険だ。
知るはずのない知識だけど僕は驚かない。
どうして知っているのかを知っているから。
それは女神様が僕に与えてくれたスキルの一つで、僕がこれからこの世界でやっていく為に必要な最低限の知識が刻まれている。
例えば、東に一時間くらい歩くと大きな街がある事――そしてどちらが東かという事。
そこには冒険者の店があって、僕みたいな身元の分からない異世界人でも仕事がもらえる事。
でもそれには保証金が必要で、ここの魔物を十匹くらい狩ってドロップを持って行った方がいい事。
魔物は魔力を宿していて、殺すと塵になるけどその際に魔力が身体の一部に宿って残るという事――それがドロップと呼ばれている事。
僕にも魔力がある事。
練習すれば色んな術が使える事。
左手の腕輪は四次元ポケットみたいな力があって教室一つ分くらいの量の物を手を翳すだけで出し入れ出来る事。
右手に持ってる刃のないナイフは無形剣といって僕の魔力で好きな形の刀身を作れる事。
その他の色々な事。
それはこの広い世界の極々僅かな一部でしかない事。
目の前にいる錆びた剣を持った動く白骨死体は冒険者の遺骨に魔力が宿ったスケルトンという魔物だという事。
それは今の僕には無傷で倒すのが難しい敵である事。
逃げられないので頑張って倒すしかない事。
「女神様は優しいけど、少しだけ意地悪なのかもしれないね」
溜息と共に呟くと、僕は刻まれた知識に従って魔力を練り上げ無形剣に流し込む。
がっしりとした握りから果物ナイフみたいに小さな光の刃が伸びだして、僕は思わず笑ってしまう。
「つまり、これが今の僕の強さってわけだ」
ここで死んだら女神さまはどう思うんだろう。
がっかりするのかな。それとも、次のお気に入りを連れてくるのだろうか。もしかしたら僕の死体を元通りに治してリトライさせてくれるかもしれない。
さっき死んだばかりだから、死ぬのは当分遠慮したいけど。
「それじゃあ、二度目の人生をはじめようか」
死んでしまった誰かに言うと、僕は頼りない武器を構えて駆けだした。
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