第2話 異世界の魔神


「俺を勝手に召喚しようとした・・・・・・・・のは……おまえだな」


 胸元がはだけたシャツと踵のない靴。黒髪の若い男はポケットに手を突っ込んだまま、麗奈れいなの方へと空中を歩いて来る・・・・・・・・


「ちょ……後ろ!」


 修道服が放ったATM対戦車ミサイルが背中から直撃するが……轟音と爆炎が消えた後、黒髪の男は服すら無傷だった。


「化物が……」


「ああ、よく言われるよ」


 男は振り向かなかったが、黒い焔が装甲車を包む。『地獄の焔ヘルズファイヤ』が複合装甲を蒸発させて、一瞬で全てが消滅した。


「あんたは……いったい何者なのよ」


 麗奈はいつでも魔法を発動できるように身構えて、運転席の加奈子かなこもグロックの引き金に指を掛ける。空中を歩いて来た男は、面白がるように笑っていた。


「俺はカイエ・ラクシエル。『混沌の魔神』だけどさ……」


 まるで何も存在しないかのように、カイエは『防壁シールド』を平然と突き破る。麗奈は咄嗟に『自動追尾焔弾フォーミングバレット』を発動、加奈子も振り向いて銃口を向けるが……


 カイエは麗奈の頭上に手を伸ばすと、そこから何か・・を引きずり出した。


「とりあえず、後にしてくれよ。俺はこいつに用があるんだ」


 獣の耳と九本の尻尾が生えた白い髪と赤い瞳の美女は、カイエに襟首を掴まれて唖然としている。


「ベルカッツェ……」


 麗奈は契約するときに一度だけ見たことがある。彼女は麗奈と契約している『神格の人外』ベルカッツェだ。


「貴様は……どうやって我を?」


「おまえさ、『認識阻害』が下手クソなんだよ。そんなことより、俺を勝手に召喚しようとした・・・・・のはおまえだよな」


 『神格の人外』が相手でも、カイエは余裕たっぷりに見える。ベルカッツェの方は真逆で、まるで怯えているようだ。


「確かにそうだが……我の『異界の門アストラルゲート』は解除ディスペルされた筈だ」


「ああ、俺が解除したからな。だけど頭に来たからさ、おまえの魔法を解析して・・・・・・・居場所を突き止めたんだよ。こうして文句を言うためにな」


「魔法を解析しただと……」


 唖然するのも無理はない。『神格の人外』であるベルカッツェですら、魔法の解析など不可能なのだ。


「ところでさ……おまえらも攻撃するのは勝手だけど、敵なら容赦しないからな」


 ベルカッツェの襟首を掴んだまま『自動追尾焔弾フォーミングバレット』を発動したままの麗奈と、銃口を向ける加奈子を見る。カイエは今も笑っているが、二人は微動だにできなかった。


「……我を舐めるな!」


 この隙を逃さずに、ベルカッツェは反撃に出るが……次の瞬間、結界の中に閉じ込められていた。


「こんなモノ……糞! 何故だ! 何故、破壊できぬ!」


 ベルカッツェは全力で暴れるが、結界はビクともしない。


「おまえもさ、間抜けだよな。こんなモノも破壊できない癖に、俺に勝てると思ったのか?」


 カイエは呆れた顔で黒い球体を出現させる。内側で闇が渦巻く黒い球体は、途轍もない魔力を放っていた。


「貴様は……我を嵌めたのか!」


「くだらないことを言うなよ。おまえが弱いだけだろ」


 球体は一気に膨張すると、結界ごとベルカッツェを飲み込んで消滅する。


「ベルカッツェを……殺したの?」


「いや、『混沌の領域』に閉じ込めただけだ。あいつは性格が悪いから、逃がすと面倒だろ。さてと……用は済んだし、俺は帰るよ」


 『神格の人外』ベルカッツェすら一蹴したカイエは正真正銘の化物だ。だから、このまま帰ってくれるのなら御の字だと、普通なら安堵するところだが……


「ちょっと待って! ベルカッツェを連れて行かれたら、私が困るのよ!」


「麗奈さん!」


 加奈子が止めるが、麗奈は引き下がるつもりはなかった。守護者であるベルカッツェを失うことは死活問題なのだ。


「おまえさ、状況は解ってるよな。俺が狐女を解放する筈がないだろ」


「ええ。勿論、解ってるわよ……」


 麗奈は全部理解した上で、十七年の人生で最大の賭けに出る。


「カイエ・ラクシエル、あんたは魔神なのよね? だったら、この私西園寺麗奈さいおんじれいなと契約してよ!」


 『光の神の使徒』が最早手段など選ばずに麗奈の命を狙っているのは明らかだ。ベルカッツェを失った麗奈に対抗手段はなく、次に襲われたら殺されるのは目に見えている。


「対価は私の全て……『光の神の使徒』の奴らを殺してくれるなら、私の財産も、身体も魂も全部あげるわ!」


 全てを差し出せば、死ぬよりも最悪なことになるだろう。しかし『光の神の使徒』に弄り殺されるよりはマシだ。少なくとも奴らを道ずれにすることはできる。


「麗奈さん……」


 加奈子が悲痛な顔をしていることは、振り向かなくても解る。年上の加奈子が麗奈を妹のように想ってくれているのは知っているから……加奈子まで巻き込みたくはない。


 しかし、カイエの反応は素っ気なかった。


「あのさ、盛り上がってるところ悪いけど。おまえの身体とか魂とか、間に合ってるから要らないよ」


「だったら、何が望みなのよ! カイエが欲しいモノは何だって手に入れてみせるから……私にはあんたの力が必要なのよ!」


 必死に食い下がる麗奈に、カイエは揶揄からかうような笑みを浮かべる。


「契約はしないけどさ、とりあえず話くらいは聞いてやるよ」


「良いわ……絶対に契約させてみせるから!」


 麗奈の青い瞳が真っ直ぐにカイエを見据える。


「それで……おまえは誰だよ?」


 グロックを構える加奈子に、カイエは視線を向ける。


「私は東堂加奈子とうどうかなこ、麗奈さんのボディーガードです」


 わざわざボディーガードだと告げたのは、カイエの注意を自分に向けるためだ。加奈子の指は今も引き金に掛かっている。


「加奈子さん、もう良いわよ。どうせ何をしても無駄だから」


 麗奈は座席に腰を下ろすと、カイエに手招きする。


「話が長くなるから……カイエ、あんたも座ったら?」


 どんな代償でも払うと腹を括った麗奈には、カイエが魔神だろうと恐れる理由などなかった。

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