第2話 晩餐会とイケメン王子



 晩餐会が始まりました。


 王宮が誇る大広間は、絢爛の一言。

 無数の灯火がきらめくシャンデリア。

 あちこちにある丸テーブルには、特級のシェフが腕によりをかけた色とりどりの料理が盛られ、その料理との飲み合わせを計算されたワインボトルが置かれています。

 場の華やかさに負けず劣らず、出席者もまたきらびやかに着飾っておりました。


 下は伯爵家の次期当主候補から、上は隣国の王位継承者クラスまで、国内外の有力者が集まっています。

 晩餐会の主賓は我が主君、ブリシュタット王国の第一王女ロゼッタ様。


 パーティの名目はもうすぐ十八歳になる姫様の誕生祝い、それも前祝いなのですが、得てしてこういった晩餐会は紳士淑女のお披露目を兼ねており、良縁を育むためのお見合いの意味を持ちます。それは主賓のロゼッタ様のみならず、その場にいる未婚のご令嬢たちにとっても同じ事。

 この場を利用し、貴族同士でくっつくことは珍しくありません。

 そういうわけで若い出席者の方々は、分かり易いほど色めき立っております。目の色が違います。身体から漂う熱量が違います。

 わたくしのようにしがない子爵家出身の侍女は蚊帳の外ですので、恋の駆け引きをめぐらす上流階級の皆さまが羨ましくもありますが、一方で気楽でもあります。

 万が一口説かれても「子爵家の娘ですので」の一言で皆さま離れていきますし。


「本日は、遠路はるばるお越しいただいてありがとうございます。皆さま、堅苦しいことは抜きにして親睦を深め合ってください」


 司会進行役を仰せつかったわたくしは短いスピーチをして、乾杯の音頭をとりました。


「フェリス、分かってるじゃない。挨拶は短ければ短いほどいいわ」


 アルコールを口にして、ロゼッタ様はますますの上機嫌。


 頬がうっすら染まって中々に色っぽい横顔。この日の為にオーダーメイドであつらえた深紅のドレスもものすごくお似合いです。口を閉じていればかなりの美人なだけに、ロゼッタ様のことを知らない地方貴族の殿方を中心に、周囲の殿方は牽制しあっております。



 そんなロゼッタ様の左斜め後ろに立ちながら、わたくしは昼間からの猛烈に嫌な予感が杞憂であることを祈るばかり……で、ございました。


 残念なことに、その予感は的中してしまうのですが。



 晩餐会の参加者は百名ほど。立食でのバイキング形式です。

 開始から三十分も過ぎれば、パートナーを見つけて会話に華を咲かせる方と、いい相手を見つけられずにあぶれる方とがはっきりしてきます。

 その一方、恋の駆け引きや結婚といったことに興味はなく、人脈作りを目的に為される食えぬ方もいらっしゃいます。


 わたくしが観察するに、かの御方はそういうタイプでした。


「こんばんは、ラターシュの王子様。パーティ楽しんでます?」


 ロゼッタ様が声をかけたのは、国内外にまでイケメンとの評判が届く隣国の王子様。

 ラターシュ王国が第一王子、エドワード様にあらせられます。


(ほほう)


 確かに。

 評判通り、いえ、それ以上の美男子です。


 エドワード様がどのような容姿をされているかは事前に肖像画を見ておりますが、実物の方が肖像画よりもさらに美形でした。

 金髪碧眼。キリリとした眉や、すらりと高い鼻に、優男然とした顔立ち。なるほど噂にたがわぬイケメンぶり。お洒落な刺繍が施された燕尾服の着こなしもばっちりです。


 けれど、わたくしが感心したのは、その“手”でした。


 剣か槍、あるいは弓。地道な鍛錬を重ねた者が持つ、肉厚の無骨な手。

 その中指の第一関節のあたりが、不自然にぷっくりと膨らんでいます。

 それは皮膚の表層にできた角質層。平たく言えばペンだこ。

 多くの書類を扱うことが習慣化し、自らの手で執務を行う者でなければ、こうはなりません。


 つまりエドワード様は、武門に関してかなりの努力家であり、政務に関してかなりの勉強家――わたくしの印象が正しければ。


「ええ。お陰様で素敵なひと時を過ごさせていただいていますよ、ロゼッタ姫殿下」


 エドワード様は社交的な笑みを浮かべ、当たり障りのない社交辞令を口にされました。


「あらそう。それは良かった。退屈していやしないか心配していたので何よりですわ」

「…………」


 ロゼッタ様が、とてもいやぁな感じの微笑みを浮かべております。

 何かにつけてすぐにキレる普段からは考えられないほどの上機嫌ぶり。


 昼間からわたくしが猛烈に抱いていた嫌な予感が、確信へと変化していきました。

 なぜって、ロゼッタ様の手には、わたくしが作って差し出したお菓子が。

 お菓子が。激辛のお菓子が。盛られた小皿があったからです。


「余興がてら、珍奇なお菓子をご用意いたしましたの。一口いかがでしょうか?」

「ほう。楽しみですな。いただきましょう」


 差し出されたどどめ色のお菓子。暴君料理の異名を持ち、ある方からは『人類の限界を試す辛さ』と言われ、わたくしが自分で食べた際は『これは人間が食う代物じゃない』と判断した凶悪強烈な刺激物を、エドワード殿下は無警戒に受け取りました。

 この時、全身全霊で止めるべきだったのです。しかしわたくしはとっさの事態に、身体が硬直していました。


(あわ、あわわわわわ……!?)


 走馬燈のように、スローモーションであたりの光景が動いてゆきます。


「ふむ。珍しい色合いの焼き菓子ですな。(パクッ)。ふむ、なかなか」


 エドワード殿下は社交的な笑みと共に、上品にそのお口を開けると、わたくし謹製の固有魔術が込められた食える災厄バイオハザードをもぐりとかみ砕き、舌で味わって――


「ふ」


 顔色が変わり、


「ふ」


 瞳がぐりんぐりんと動き出し、口が大きく開いて、


「フォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!!!」


 国じゅうに響き渡るような咆哮をほとばしらせました。


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