第3話 ハバネロ王子と暴君料理

 王族、貴族の上流階級をお招きした晩餐会にて。

 こともあろうに我が主君、ロゼッタ姫様はわたくしが作った暴君料理が一つ、『スイーツへの冒涜たる拷問焼き菓子』をだまくらかして隣国ラターシュのエドワード殿下へ食べさせてしまいました。


「うあああああああああああ……!?」


 情けなくうめき、がっくりと膝をつくわたくし。

 なんてことを……。

 ロゼッタ様、なんてことを……。

 一国の王子様に、なんという、なんという恥をかかせたのですか!?


「あはははは」


 笑っている場合じゃないでしょうに!!??


「エドワード様っ!?」


 そうだ。わたくしもうなだれている場合じゃない。バター系の食材を用意して辛さを紛らわせないと、エドワード様がずっと悶絶することになる。


 ところが――


「ふおおおお、なんだこれは。美味い。うまいうまいうまいうまい!(バクバクバクバクッ) あー、あー、あー。信じられない。こんな味が世界にはあったなんて!(バクバクバクッ)」


 エドワード殿下は、顔を真っ赤にして汗をかきながらもお菓子の盛られた小皿に手を出し、次々とわたくしが作った激辛のそれを口に入れていきました。


「は……?」

「あははは……え?」


 驚くわたくし。ロゼッタ様の笑いも引っ込みました。


「うわ、いいっ。素晴らしい。燃える。燃えるっ! ああ、神よ。素晴らしいっ。おおおおっ、燃えるっ! そうか。俺の舌を試そうというのか。いいだろう。存分に苛め抜くがいい。フォォオオオオオオ!」


 異常を察して周りの人たちが集まってきました。晩餐会に出席された上流階級の皆様方の視線がエドワード様に注がれます。


「すまないっ。あとこれだけしかないんだ。皆にはあげられない。ああっ、うまい。まさしく神の味だ。素晴らしい!」


 賞賛の言葉と共に、エドワード様はぱくりぱくりとわたくしが作ったお菓子を頬張っていきました。


「こほん」


 暴君と呼ばれるほどの激辛お菓子を食べつくした後。ようやくエドワード殿下は周囲の奇異の視線に気づきました。

 エドワード様の侍従らしき方が、やれやれと肩をすくめております。


「……素晴らしいお菓子でした。ロゼッタ様。いったいどこで手に入るのですか?」

「え、あ、ああ、そこにいる侍女が作ったわ……」


 さすがのロゼッタ様も気圧されております。それはわたくしも同様でした。

 辛すぎてとても食べられないわたくしの料理を、美味しいと言われたことも、残らず平らげられたことも産まれて初めての体験でしたので。


(トゥンク……)


 あら?

 あららららら?


 おかしいですわ。お菓子だけに。

 いま、わたくしの胸のあたりがキュッとしていますわ。


「貴方が!? この神の味を!?」


 興奮した顔で、わたくしの手をとるエドワード様。

 ぶしつけな行動ですが、不思議に嫌な感じではありませんでした。むしろ、エドワード様の武人らしい無骨な手で自分の手を握られて、胸の鼓動が一段と跳ね上がるのを感じました。


「か、神の味……?」

「わたしは大の辛党でして」

「そ、そんな単純な事で……?」


 わたくしを含めて、誰も食べることが出来なかったわたくしのお菓子を、残らず平らげたのですか? 美味しいという言葉は、偽りなき本心からの?


(トゥンク、トゥンク……)


「失礼。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「あ、えと、はい。エモルトン子爵家の娘、フェリス・リッツ・エモルトンにございます」

「フェリス様。差し支えなければ、私と結婚を視野に入れた交際をしていただけないでしょうか。貴方の料理を毎日食べてみたい」

「……はい……?」


 ――これが、かの御方との出会いでございました。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る