第5話 私の周りは、自由人ばっかりか……。

『っつーわけで、これからよろしくな』

 ――いや、頷いた覚えはないんだけどね!?



 大学のカフェテラスにて。男――烏狩辺柘榴、と言うそうだ――からのメッセージを眺めて、私は頭を抱えた。

 いくらなんでも流されすぎじゃありませんかね、私?

 幸い大学の学生たちにとって、昨日のことは既に終わった出来事らしい。変に遠巻きに見られることも噂になることもなく、私はいつも通りに学生生活を送ることができていた。

 さすがに、忍と珠緒に何も訊かれないということはないだろうけれど――。


 茶請けのチョコレートとセットで一杯三百円のコーヒーをすすりながら、うむうむと唸る。馴染んだ味が舌に広がった。

 ブラックや甘すぎる缶コーヒーは好きじゃないから、時間があいたらカフェテラスにくることが多い。コーヒーの善し悪しなんてろくに判らないけれど。

 ぼんやりと昨日の出来事を思い返す。そういえばあの男、コーヒーを注文するときに私に訊きもしなかった。私がぶっかけたのがコーヒーだったから、コーヒー党とでも思われたのだろうか。

 ちらっ、とテーブルに置いたスマホに眼を落とした。昨日の間に烏狩辺さんからのメッセージが届いて、途切れ途切れに会話が続いているところだった。

『今は大学か?』

「そりゃまあ、大学生ですから」

 平日は基本的に大学か、そうじゃなければ遊んでいるかバイトしていますとも。大学生の行動を予測するのは簡単だろう。

『大学だよ。烏狩辺さんは何してるの?』

『さあ、何してると思う?』

『パチンコとか』

『好きそうに見えるか?』

 っていうか、返信早いな! 暇人かっ。

 スマホの画面を眺めながら、煙草の煙もくもく、騒音の中でパチンコ台に座る烏狩辺さんを想像してみた。

 うーん、しっくり来ない。首をひねる。

 頭の中で黒スーツを着せて、映画とかで見るカジノっぽいところに烏狩辺さんを置いてみた。何だろう、トランプ? を持たせてみたりして。

 うんうん、こんな感じ。

『カジノとかのが好きそう』

『賭け事をやる男は好き?』

『あんまり好きじゃない』

『じゃあやらない』

 返信に困って、私は指を止めた。これはあれでしょうか、私が嫌がるならやらないとかそういう……いやいや。

 っていうか、そもそも実際にやってるのか? この返信からではそれも判らなくて、本当にやってたらどうしよう――どうしよう、そんなの似合いすぎる。

 悩んでいたら、私が返すよりも早く次のメッセージがきた。

『ところで来週から期間限定のバイキングやってるとこがあるんだが、行くか? 奢ってやるよ』

 この男、奢ると言えば私がホイホイついて行くと思って、

『ケーキがメインだぜ』

『行きます』

 ――悲しいかな、貧乏学生。

 無力感と敗北感に苛まれていたら、すぐに返事が届いた。

『……お前、俺が言うのもアレだが大丈夫か? 飴を貰っても知らん男の車に乗ったりするなよ』

「やかましい!」


「なーに一人で騒いでるの、ゆかりん」

「きゃあっ」

 後ろからいきなり声をかけられて、驚いて飛び上がった。

 どきどきしている胸を押さえながら振り返れば、珠緒がにこにこと笑っている。私はほうと息を吐き出した。

「ちょっと、驚かさないでよ」

「ごめんごめんー」

 全く気にしていない口調で謝って、向かいのテーブルに座ってくる。私は呆れて嘆息した。

「……ま、いいけど」

「ところでー」

 珠緒が早々に身を乗り出したことで、私は嫌な予感に眉を顰めた。案の定彼女は好奇心に瞳をきらめかせて、

「昨日のひと、結局どうなったのー?」

 ほら、きた。

 私は何でもない顔をしてコーヒーを一口飲んだ。向かいの友人はとても楽しそうな顔をしている。

「どうって、……何も」

「え、デートとか連れて行って貰わなかったの?」

 なんでそうなる!

 言い返そうとして、はたと気づいた。カフェに連れて行かれた、あれはもしかしてデートと言うのでは? いやいや。

「……家まで送って貰っただけ」

 嘘はついていない。カフェで少し話した後は、アパートまで届けて貰った。

 女子大学生が一人暮らしをしている小さなアパートを見て、烏狩辺さんは信じられないというような顔をしていたけれど。……あ、思い出したらむかついてきた。


『おいおい、嘘だろ。セキュリティとかどうなってんだこれ』

 ――やかましい!


「またぼうっとしてるー」

 ぐぐぐっとカップを握り込んでいると向かいから呆れた声をかけられて、私ははっと我に返った。

 珠緒は自分の手元にあるカップに入ったティーパックの紐をちょいちょいと引きながら、私のことを面白そうに眺めている。最初から紅茶を買ってきていたようだ。

「っていうか、いつの間に迎えに来てくれるようなひとができたのよー、彼氏ー?」

「いやいや、赤の他人です」

 真っ赤も真っ赤だ。RGBで言えば255.0.0だ。

「そんなに思い出しちゃうくらい良い男なのー?」

「いや、それははっきりと否定しておく」

 何しろファーストインパクトがハッテン場ですよ、ハッテン場。

 ――と、そこまで考えて気づいた。珠緒の中で、昨日の私の話と迎えにきた男が繋がっていないのか。

「あれだよ、ハッテン場の男」

「……んー?」

 何を言われたのか判らなかったらしい。仕方なく私は補足した。

「昨日言ったじゃん、嫌な男に会っちゃったー、って。迎えにきた男、ソイツ」

 さすがに予想外だったらしい。珠緒はしばらく絶句してから気を取り直すように、

 なぜだか全力で親指を立てて見せた。

「最悪の出会いから始まる恋があっても良いと思わない? ワンチャン!」

「ないよ!」

 頭を抱えていたら、不意にスマホが鳴り出した。確認したら着信で、見たくもない名前が表示されている。私はアドレスを本名フルネームで登録する主義だけれど、いっそ『山田ボビー』とかに変更してやろうか。

 ――烏狩辺柘榴。

 席を離れて、とても面倒くさい気持ちでいっぱいのまま通話に出た。のんびり移動している間に諦めてくれないかと思ったのだけれど。

「……はい、朝霧です」

 電話の向こうから、低く、無駄に艶っぽい声がする。

『よう。次の土曜に予約取ったぞ、バイキング』

 私の予定の確認は!?

『来るだろ』

 なんてことだ、疑問形ですらない。

 ちらりと元いた席に視線を投げれば、珠緒が私に興味津々な顔を向けている。相手を察しているようなのは観察眼か野生の勘か、いっそ第六感かも知れない。

 先ほどと同じようにぐっと親指を立てられて、私は痛み始めたこめかみを軽く揉んだ。


 私の周りは、自由人ばっかりか……。

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