第9話 寂しそうなヒロインを放っておくことは出来ません

王太子をギャフンと言わせ、クラウド様が“呪われた人間”というふざけた噂を打ち破いてから1ヶ月が経過した。有難い事に少しずつではあるが、クラウド様に話しかけてくれる令息たちも現れだした。

ハニカミながらも嬉しそうに令息たちと話しているクラウド様を見ていると、私まで嬉しい気持ちになる。


そんなある日の朝。


「お嬢様、今日は黒く髪を染める事は出来ません!」


ファリアにそうはっきりと告げられてしまった。


「どうしてよ!」

そう反論したのだが


「髪が随分と痛んでしまっています。このままだと、パサパサになってしまいますわ!とにかく一度髪を集中ケアいたしましょう!」


確かに髪がかなり傷んでいる。そもそもこの国には髪を染める文化が無いため、今回はあるもので代用したのだ。そのため、いくら毎日しっかりケアをしても、どうしても髪が傷んでしまう。今髪に優しく染まりやすい毛染め剤を開発しているが、何分その分野に関しては素人だ。思う様に開発も進んでいないのだ。


「分かったわ。今日は金髪のまま行く事にするわ」


「そうして下さい!とにかくしっかりとトリートメントさせて頂きますので、しばらくは金髪でお過ごしください」


支度を整え、朝食を食べに食堂へと向かった。


「おや、今日は金髪なんだな。なんだか今まで黒髪姿をずっと見て来たせいか、なんだか違和感があるな」


そう言ったのはお父様だ。最初は黒髪なんて!と、反対していたくせに!


「本当ね。そう言えばミレニア。あなたの髪染めはどうやって行っているの?どうやらあなたの黒髪があまりにも美しかったようで、社交界でも話題になっているの。中には黒く髪を染めたいという令嬢まで現れている様で、婦人たちに毛染めについて聞かれたのよ」


そう言えば、学院でも何人かの令嬢に毛染めについて聞かれたわね。まさか社交界でも話題になっていたなんて…


「お母様、ご覧の通り私が使っていた毛染めもどきは粗悪品だったの。その証拠に、どんなにトリートメントしても、こんなに髪が傷んでしなったのよ。今髪が傷みにくく染まりやすい毛染めを開発中だから、それまで待っていてもらって」


「なんだ、そんな開発をしていたのか!それなら優秀な研究者たちを派遣しよう!そうすれば、毛染めも早く開発できるだろう」


お父様が有難い提案をしてくれた。優秀な研究者の手に掛かれば、きっと早く開発できるはずだわ!


「ミレニア、その開発、俺にも携わられて貰えないだろうか!」


なぜか目を輝かせるお兄様。


「別に構わないけれど…そうだわ。頭繋がりで、薄毛で悩んでいる人の発毛剤なんかも開発出来たら面白いかもしれないわね」


前世では色々な発毛剤が売られていた。この国でも、薄毛で悩んでいる人は沢山いる。ちなみに前世では、家の父親も一生懸命発毛剤を使っていたわ。思い出したら、なんだか懐かしくなってきた。


「アメリア、お前は天才なのか!確かに薄毛で悩んでいる男性は多い。もしそんなものが開発できれば、かなり画期的だ!なんだかやる気が出て来たぞ。早速研究者たちを集めよう!」


俄然やる気を見せるお兄様。とりあえず開発段階の資料をお兄様に渡し、学院へと向かった。


学院に着くと、私の髪を見た令嬢たちが話しかけて来た。


「あら、ミレニア様。今日は黒髪ではありませんのね。せっかくよく似合っていらしたのに」


「髪が傷んでしまって、黒く染める事が出来なかったの。今急ピッチで髪が傷みにくい毛染め剤を開発しているのですが、中々進まなくて。髪が元に戻るまで、しばらく髪の毛を染めるのはやめる事にしましたの」


「まあ、そんな研究をなさっているのね。ぜひ研究が上手く行ったら、商品化して欲しいですわ。ミレニア様を見て、私も黒く髪を染めてみたいと思っていたのですわ。」


「私もです!ぜひお願いしますわ」


目を輝かせる令嬢たち。これは、責任重大ね。


「おはようミレニア。髪の色を戻したんだね。やっぱりミレニアは金髪の方が似合っているよ」


出た!王太子だ。この男、頭が悪いのか知能が無いのか知らないが、何度言っても私を呼び捨てにして来るのだ。


「殿下、いい加減にしてください。婚約者でもない令嬢を呼び捨てにしてはいけないと、何度言ったら分かるのですか!」


「ごめんごめん。でも、やっぱり金髪のミレニアが一番可愛いよ」


そう言うと、私の髪をひと房取り、口付けをする王太子。


「殿下、そのような事を令嬢にしてはいけません。そもそも、あなたにはソフィー様という恋人がいるでしょう!そんな事をしていると、ソフィー様に嫌われてしまいますよ!」


一応ヒーローでもある王太子、小説ではこんなに残念ではなかったのだけれど…

ふとソフィー様を見ると、寂しそうな顔をしていた。ヒロインにあんな顔をさせるなんて!一体このバカ王太子は何を考えているのかしら?


王太子でなければ、ぶん殴ってやりたいぐらいだわ!そう言えば、最近1人でいる事が多いソフィー様。少し心配ね。



そしてこの日の授業は、学院の中庭で好きな絵を描くという授業だ。自慢じゃないが、私は天才的に絵を描くのが下手なのだ。これは前世から変わっていない。どうして貴族が絵を描かなければいけないのかしら?そう思いつつ、中庭へと向かった。


「ミレニア嬢、一緒に絵を描かないかい?」


クラウド様に誘われ、花壇へとやって来た。皆何人かで集まって絵を描いていた。私たちの周りにも、他の令嬢や令息たちが集まって来た。その時、ふと1人で寂しそうにウロウロとしているソフィー様を見つけた。


王太子は何をしているのよ!周りを見渡すと、令嬢に囲まれて鼻の下を伸ばしているバカマシューを見つけた。


あいつ、一体何なのよ!体中から怒りが込み上げて来た!


「少しお待ちを!」


クラウド様達に一言断りを入れ、ソフィー様の元へと向かった。


「ソフィー様、よろしければ私たちと一緒に描きませんか?」


声を掛けると、明らかに動揺している。


「でも…私なんかが加わったらご迷惑じゃあ…」


迷惑だなんて!そう言えばソフィー様は家族からずっと無視され、使用人同様(いや、それ以下)の生活を送っていたのだったわよね。だから、人一倍周りを気にするタイプだったわ。


「迷惑な訳ございませんわ。さあ、行きましょう!」


ソフィー様の手を掴み、皆の元へと戻った。私の隣にソフィー様を座らせ、早速絵を描いていく。


自分で言うのも何だが、この絵は一体何なんだろう…そう思う程、へたくそだ。ふとクラウド様の絵を見ると、まるでプロが書いたような仕上がりだ。


「クラウド様は物凄く絵を描くのが上手なのですね!まるでプロが描いた様ですわ」


「ありがとう。ミレニア嬢の絵も…」


頬を赤らめお礼を言ったクラウド様だったが、私の絵を見た瞬間固まってしまった。でも、すぐに我に返り


「ミレニア嬢のお花の絵も上手だよ」


と、褒めてくれたのだが…


「クラウド様、これは奥の建物を書いたものですわ…」


「ごめん、正直どっちか迷ったんだ!そうだ、建物だったね。僕の見間違いだったようだ」


慌てるクラウド様。その姿を見た令嬢や令息たちが一斉に笑い出した。中には私の絵をチラ見しながら笑っている人までいる。


そんな私をフォローしようと


「ミレニア嬢の絵は、皆を笑顔に出来る絵だね」


そう言ったクラウド様。さらに笑いが起きた。クラウド様、それ、フォローになっていないわ。中にはお腹を抱えて笑っていたり、私の絵を指さして笑っている人までいるわ。


本当に、失礼しちゃうわね!


ふとソフィー様の方を見ると、彼女も笑っていた。良かったわ、笑ってくれている。ソフィー様を笑顔に出来たのなら、このビックリするほど下手な絵も、無駄ではなかったわね。


それにしても、ソフィー様も絵がとても上手だわ。


「ソフィー様も絵がとても上手ですわね。まるで背景がそのままスケッチブックに入り込んだみたいですわ」


私の言葉で、他の人たちも一斉にヒロインの絵を見た。


「本当だ、クラウド殿下もうまいが、ソフィー嬢も上手だな」


「本当ね。どうしたらこんなに上手に書けるのかしら?」


「まさにプロだな。それに比べて、ミレニア嬢は、どうしたらこんな風になるのか、ある意味天才なのかもしれない…」


1人の令息の言葉で、さらに笑いが起きた。一応私、公爵令嬢なのだが、完全に忘れられている様だ。でも前世の記憶が戻った今、身分制度なんて煩わしいだけだ。


とりあえずソフィー様も楽しそうだし、これはこれでいいか。

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