アストラマンの覚悟
「おお!ミーが勝ったぞ!」
「意外と技巧派……じゃなくてぇ!! どうすんだよロボット倒しちゃったぞ!?」
大怪描がロボットの拳を受け止め、その力を利用して一本背負いのような形で投げ飛ばす。
目の前で繰り広げられた信じがたい光景に、アラト達はそれぞれ慌てたりはしゃいだりしていた。
ミーが倒されてしまわなかったことに安心しつつも、アラトは焦る。
今吹っ飛ばしたロボットの中に乗っている人間はどうなった!?
死んでいたりはしないだろうな!?
「大丈夫、あのロボットは無人」
「え、そうなの?」
一瞬だけアラトを安心させたうるちは、次の瞬間唐突に走り出してさらにアラトを焦らせた。
「ちょっと、どこ行くんだよ!?」
ミーのいる方向に向かって無言で走り出したうるちを追いかけ、アラトも咄嗟に走り出す。
「おい、ちょっと!」
「待って待って、あれ見て!」
二人を追いかけようと走りかけたヒロは、ジュンキに呼び止められ、空を見上げる。
ジュンキが指している方向から飛んでくる、自衛軍のものらしい戦闘機が五機。
怪獣に対抗して出動してきたものだと思われるが、その進行方向はミーから少しずれて、先ほど投げ飛ばされたエコアースの方に向いている。
戦闘機の不審な動きに気を取られている間に、アラトとうるちは二人の視界から消えていた。
「危ないから、二人のところに戻っていて」
「それはお互いだろ。早く戻ろう!」
「私は、行かないといけないから」
「行かないと? なんで……」
「言ったでしょう。私は宇宙人だから」
「いや、え? だってあれは……」
「こうなったら、もうどうしようもない。せめて苦しまないように、私が」
「まさか……」
「あなたたちは何も悪くない。けれど、ここからは私が」
「ダメだ! だってミーはまだ何もしてない! 危険は無いだろ!?」
「放っておいても、自衛軍に処分されるだけ。それにもう遅い。言ったはず、いつ凶暴化するかも分からないと」
「待てよ……そんなの……」
「ごめんなさい」
うるちが、その小さな顔には不釣り合いな、大きな髪留めを軽く叩くと、華奢な体が瞬時に光に包まれた。
暖かい光に包まれ淡く光る銀色の髪が揺れながら薄くなり、やがて消える。
次の瞬間、目の前に白い柱が現れた。
いや、柱ではない。
アラトが見上げると、そこには巨大な宇宙飛行士、アストラマンが佇んでいた。
森の中に突如として現れたアストラマンは、ミーのいる方向に向かってゆっくりと歩き出す。
その頭上を自衛軍の戦闘機が何機か飛び去り、ミーがアストラマンへと体の正面を向けた。
相手が親の仇だと分かっているのか、今までとは一転して敵意をむき出しにしている。
「宇喜田さんが……アストラマン?」
未だに信じがたい最前の光景を何度も思い出しながら、アラトは目の前で向かい合う巨人と飼い猫を交互に見詰めた。
今日は信じられないことばかりが起きる。
ミーが一気に巨大化して大怪獣になってしまうし、うるちは光に包まれてアストラマンになってしまった。
では、以前の自分は宇宙人だと言っていたのも、怪獣の気配が分かると言っていたのも、全て本当だったのか。何度も怪獣は危険だと主張していたのも……。
「ほんとに、ミーを殺すのか?」
アラトはうるちに向けて、届くはずのない問いを投げかける。
当然、彼女は振り返ることもせずにゆっくりと歩き続けた。
ミーの方もただそれを待っているつもりは無いようで、怒りをあらわにしながら低い姿勢でじりじりと巨人に近づき始めているのが見える。
このままではまずい、とアラトは歯を食いしばる。
このままではミーが殺されてしまう。母親がもたらした被害から考えて、おそらくミーもそれなりに高い戦闘能力を持っているのではないかとは思う。
実際、突如現れた巨大エコアースも一瞬で沈黙させてしまった。
しかしそれでもアストラマンにはきっと勝てない。
母親が殺されたこともそうだが、アストラマンはアラトの知る限り怪獣と戦って負けたことが無い。
今まで一人で戦い続けてきた彼女が相手では、今日急成長したミーには分が悪い。
ミーが腕を振り下ろすと、アストラマンの胴体の辺りで爆発が起こった。間近から届いた爆音と爆風にアラトが怯んでいると、もうもうと立ち込めていた煙の中から白い影が飛び出した。
猛スピードで上空に逃れたアストラマンを追って、ミーも飛び上がる。
さすがにまだ飛ぶことに慣れていないのか速度はアストラマンに劣るが、それでもぐんぐんと上昇していく。
ミーは上空の巨人に向けて数回爆発を起こし、動きを止めたところへ蹴りを叩き込んだ。
咄嗟に腕を交差させてそれを防いだアストラマンは、一旦距離を置きながら怪獣の下に回り込む。
はるか上空へ飛んでいった宇宙人と飼い猫の姿は、物理的な距離と夜の闇のせいでアラトにはぼんやりとしか見えなくなっていた。
しかし、アストラマンの攻撃は鈍く、どこか戦いづらそうにしている。
短い間とはいえ、うるちもミーの面倒を見ていたのだ。
何より、ミーのことを大切にするジュンキの姿を目の前で見ている。
うるちだってミーを倒したい訳ではないのだろう。
彼女も言っていた通り、ミーが凶暴化して母親のように人を襲うことが無いように、それによってアラト自身が、ミーの存在の消滅を願うことの無いように。
そのために、彼女は全てを背負って戦いに向かった。
彼女の考えに気が付いたアラトの脳裏に、以前ジュンキが言っていたことを思い出す。
『私は、出来れば怪獣とも仲良くしたい』
ミーが人を襲えば、誰より悲しむのはジュンキだろう。
だからこそ、うるちもミーと戦うことを選んだ。
そのことを思うと、胃がキリキリと痛み、少しずつ熱を持ってくる。
アラトは今、はらわたが煮えくり返っていた。
「お前が勝手に諦めるんじゃねええええええーーーーーッッッッ!!!!!!」
どれだけ声を張り上げたところで、はるか上空にいる一人と一頭には聞こえる訳が無い。
しかしアラトは、どうしても叫ばずにはいられなかった。
こんなに腹が立ったのはいつぶりだろうか。久しく他人に距離を置き、波風を立てないよう過ごしてきたアラトは、他人に対して怒りを抱くことが無かった。
だがしかし、今回だけは尋常でなくキレた。
「ジュンキのっ! ……夢に! 勝手にっ……! 見切りつけるんじゃねえよ!!」
大きく声を張れたのは最初の一声だけで、後に続く言葉はどんどん小さくなっていく。
大声を出すのも久しぶりだ。喉を傷めて、声が途切れがちになって、それでもアラトは叫び続けた。そして、上空で戦う怪獣たちに近づくように走り出した。
「何っ……一人で全部決めてんだよっ!」
アラトの息が上がり、絞り出す声が声にならなくなってきた頃。
急降下してきたミーが地上に降り立ち、それを追うようにアストラマンも木々の間に足を下ろした。
一人と一頭は木々の向こうで、百メートルほどの間を開けて互いに向き合っていた。
アストラマンが静かに、淡い光を全身に纏う。
ミーも爆発を起こして対抗しようとしたのか、おもむろに腕を振り上げたが、すぐにまた下ろす。
ミーの瞳の無い目が、ちらりとアラトの方を見た気がした。
こんな状況にあっても、ミーはまだアラトを守ろうとしている。
それならば、アラトもミーを守らなければならないだろう。
飼い主として、いやそれだけではない。
何より……と、そこまで考えたアラトは踵返上で元来た道を走り始めた。
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