仔猫か怪獣か
怪獣の分類のしかたにも様々なものがあるが、その中でも最もメジャーなものの一つが怪獣自身の大きさによる分け方だろう。
小怪獣、中怪獣、大怪獣の三段階があり、その基準はざっくりと、人間より小さいものは小怪獣、大きいものは中怪獣とし、体長が二十メートルを超えたあたりから大怪獣とされる。
政府や自衛軍が公式に設定した基準ではなく、SNSなどで誰からともなく言いだしたものであるため基準はやや曖昧だが、それだけに一般に広く浸透している分け方でもある。
「この子まだまだ子供なんだね。かわいいなあ」
「可愛いはいいんだけど、どうするのそれ」
突如アラトの家に押しかけてきたジュンキがその小さな胸に抱いていたのは、仔猫のような見た目をした小怪獣だった。
ソファに座ったジュンキの傍を離れた仔猫は、初め知らない場所に警戒していたようだったが、今は少し安心したのか、アラトが家に帰ってから置きっぱなしにしていたカバンを興味深そうにいじっている。
怪獣らしい仔猫の体はガリガリにやせ細っていて、じっとしていたら死んでいると思われてもおかしくない。
しかしそんな状態でも平気で動いているのは、やはり怪獣の生命力故か。
いや、そこまで元気でもないか。
鞄をいじるだけの静かな動きでも、どこか不安定で危なげな所があり、それを心配してかジュンキが猫を自分の膝の上に招いた。
アラトは台所でお湯を沸かしてインスタントのコーヒーを淹れると、二つのカップを居間のローテーブルへと運んだ。
「生まれてすぐに怪獣になったか、親も怪獣か。どっちでもいいけど、ほんとにあるんだな、怪獣を拾うって」
小学生の頃から、年一回ほど体育館に集められ行われる「怪獣安全教室」の授業。
その中で何度か言われたことがある。
「怪獣を見かけたら、どんなに小さくてもすぐに逃げ、保護者の人や先生に言いましょう。どんなに可愛くても絶対に連れて帰ったりしてはいけませんよ」と。
まさかそんな馬鹿はいないだろうと聞き流していたが、まさか目の前に現れるとは思ってもみなかった。
「とりあえず警察……いや、保健所? 自衛軍は大怪獣が専門だろうし、そもそも一般人が電話できるのか……」
「ちょっと! ちょっと待って!」
それまで少し緊張したように固まっていたジュンキが勢いよく立ち上がり、大声でアラトを制した。
「保健所に電話したら、その子はどうなるの?」
「そりゃあ、殺処分とか?」
「ダメ―――――――!!!!」
近所中に響き渡るような声が発せられ、アラトはその直撃を受けて背中から倒れた。
少女の小さな膝の上に大人しくちょこんと乗っかっていた怪獣が飛び上がり、部屋の隅へと逃げていく。
「この子まだ小さいんだよ!? ダメだよ! 猫と子どもは保護しないといけないんだよ!?」
「じゃ、じゃあどうするんだよ!」
一瞬白みかけた意識を何とか取り戻したアラトは起き上がり、強く打ち付けた腰をさすりながら思い出していた。
そうだ、確かジュンキは猫が大好きなんだった。そして馬鹿だった。
中学の時、一緒に帰っている時に猫を見かけるとそのまま追いかけて行ってしまい、そのままほっておくと迷子になってしまうんだった。
アラトが必死になって探してもなかなか見つからず、いざ見つければ本人はけろりとして猫と戯れている。
しかし、探さずに置いて帰ってしまうと道に迷ったので助けてくれと救援要請が飛んでくる。
まあそうやってジュンキの面倒を見るのも、アラトは決して嫌いではなかったのだが。
「アラトさん、なんとか! なんとか保護してあげてはもらえませんか!!」
「無理です! そちらの方で何とかしてくださいませ!」
「うちのマンションペットダメなの知ってるでしょ?ねえ?お願い!」
「自分で面倒みられないのに拾ってくるなよ!」
「だって、ほっといたら殺されちゃうかもしれないんでしょ!?」
「それはまあそうだけど」
「かわいそうじゃん! 子供と猫は守らなきゃいけないんだよ!? 仔猫は子供で猫だから絶対守らないといけないよ!?」
アラトの頭の中には瞬時に「猫じゃなくて怪獣だ」とか、「それ以前に自分の身を守らないとだろ」とか色々な反論が思い浮かんだが、目の前の猫好きで子供好きで強引な友人は引き下がる様子はない。
ああ、そうだ。昔からこっちの都合なんてお構いなしのやつだったと、まだ痛む腹を括る。
「じゃあ、とりあえずお試し期間で」
「お試し?」
「飼ってみて、危険だとか手に負えないと思ったら通報して引き取ってもらいます。親の許可も取らないといけないし。とりあえずそれでどうだ!」
「乗った!」
結局、こうなるのだ。どれだけ抵抗しようとも最終的にはアラトが百歩も二百歩も譲って妥協することになる。
下校時について来るのだってそうだ。
まあ彼女のそんなところに助けられているような部分もあるのだが。
こうして、煙野家に新しい家族が迎えられることとなった。
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