怪獣飼育生活一日目
翌日の放課後、いつものようについてきたジュンキと共に帰っていたアラトは、帰り道から少し離れたところにあるペットショップに寄ってから帰宅した。
「ミ――――――!! 会いたかったよおお―――――!!」
家までしっかりついてきたジュンキは、リビングで仔猫の姿を見つけるや大声を上げながら飛びついた。
「ミー」というのは仔猫の名前だろうか。
どちらが怪獣かわからないと一瞬思ったが、仔猫の方は自分を助けてくれた相手のことを覚えていたのか、アラトの時とは打って変わって大人しく腕の中に抱かれている。
安心したように大人しくしている小さな怪獣を見ていると急に眠気が押し寄せ、アラトはソファに横になった。
その日、アラトの朝はいつもより二時間も遅かった。
昨日ジュンキが連れてきた仔猫のような見た目の怪獣に、アラトは人生で最大の苦戦を強いられた。
特に動物が好きという訳ではないアラトは、今まで動物を飼ったことはおろか、動物と触れ合った経験もほとんどない。
アラトにとってはただの猫ですら未知の生物なのに、相手は怪獣である。
アラトは猫におびえ、猫はアラトを警戒する。
とにかく夜遅くに帰って来る両親に見つかってはまずいので自分の部屋に連れて行こうとするが、やはり猫、小柄な体はアラトが容易には追いつけないほど素早く、リビングで三十分ほども格闘した挙句、自室のドアを開けておいて追い込む作戦で何とか猫を閉じ込めておくことに成功した。
それでも、アラトが部屋のドアを開ければすぐにするりと抜けていこうとするので、部屋に出入りするごとに細心の注意を払わなければならず、これがなかなかに精神を削られる。
アラトは、居間に掛かった家族の連絡用ホワイトボードに、猫が怪獣であることを除いて事情を記し、猫をこのまま飼っておいても良いか尋ね、両親が反対してくれることを密かに祈っていた。
それならばジュンキも納得するだろう、と。
しかし朝方確認した両親の返事は快諾であり、最後の頼みの綱はぷつんと切れた。
『猫超見たい。今度見せて。 父』
『連絡してくれれば必要なもの買ってきたのに。お金置いとくから、必要なもの買ってきてね。ちゃんと責任持って、大事にするように!! 母』
あろうことかこの両親、ノリノリである。
しかもアラトが猫を飼いたくて許可を取っていると思っているらしい。
読み終えたメッセージを消したアラトは、大きくため息をつき、深夜まで騒いでいた猫のせいで寝不足気味の目をこすった。
昨日はかなり遅くまで起きていたのに、いつ帰って来てるんだあの人たちは、と思いながらテーブルに置かれた一万円札を眺めると、胃がキリキリと痛み始めた。
学校帰りにペットショップにでも寄ろう。
猫を飼うのに必要なものは分からないが、まあ調べたらすぐに出て来るだろう。
現在時刻は午前八時半。遅刻が確定したアラトは、ゆっくりとトイレに入っていった。
「ゲン、起きてよ! ねえ!」
聞き慣れた声にアラトが重い瞼を上げると、ジュンキの顔が目の前にあった。どうやら少し寝てしまっていたらしい。
体を起こして部屋を見ると、買ってきた餌用の皿やおもちゃが開封され、部屋の片隅に固めて置いてあるのが見えた。
「明日も来ていい?」
「いい。ていうか任せる」
大変不本意なことではあったが、ジュンキの提案を受け入れることにした。
普段ドライな対応をしておきながら勝手なことだが、猫があまりにも手に負えない。
毎日学校に遅刻するわけにもいかないし、この仔猫のことを両親に隠すのにも二人の方がやりやすいだろう。
「え、まだおじさんたちに言ってないの?」
「怪獣飼ってますなんて言える訳無いだろ」
「二人とも優しいし大丈夫だよ」
ジュンキは中学生の頃、ヒロと共に何度もアラトの家に来ていたので、アラトの両親とも面識がある。
確かに二人は明るく、優しい性格の持ち主だ。
ジュンキの思いを聞けば、あるいは聞き入れてくれるかもしれない。
しかし、怪獣は社会全体で駆除すべき対象なのだ。怪獣を保護し、育てるのは犯罪である。そんなことに両親を巻き込みたくはない。もちろん、同様の理由でヒロも巻き込めない。
「いいか、このことは二人だけの秘密にするぞ」
「了解!」
苦々しい顔で釘をさすアラトに、なぜか嬉しそうなジュンキは笑顔で敬礼をして返した。
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