アラトとヒロ

「でもあれだな!こういうゴジラ系の怪獣は久しぶりに見たな!うん、やっぱり怪獣はこうじゃないとな。昆虫系のも好きだけど、やっぱりこういうのが一番かっこいい」

「かっこいい、か」


 現在十六歳のヒロやアラトにとって怪獣は、生まれたときにはすでに日本中のあちこちで発生する迷惑な自然現象となっていたはずだが、同時に特撮ヒーローものに登場するキャラクターでもあった。


 むしろ子供にとって怪獣と言えば後者であり、男の子の宿命というかなんというか。その辺の動物が突然変異を起こして発生するだけの怪獣は物語の中のそれと比べてしまうとお世辞にもかっこいいと言えるものではないが、そういう子供の頃のイメージを現実の怪獣にあてはめてしまう者も一定数おり、目の前にいるヒロもその中の一人だった。


 アラトとヒロは小学校以来の付き合いである。小学校高学年になり、周囲の男子が特撮番組を離れていった時期にも、毎週欠かさず特撮ヒーローの活躍をリアルタイムで観戦し、現実世界の怪獣を子供ながらに研究していたのをアラトも覚えている。


 今はそれほど熱を上げておらず、一般的な男子高校生として部活動に励んでいるが、それでも昔取った杵柄か、怪獣が現れるたびにちょっとした怪獣談議が始まる。


 とはいえ、ヒロの怪獣好きも昔に比べれば落ち着いたものである。今時怪獣好きな高校生男子と言うのも(特に運動部には)そう多くないので、ヒロの講釈を聞くのもアラトくらいなものだ。


 厳密にいえば「聞かされている」ではあるが。



「つまりな、こういうかっこいい怪獣はレアなんだよ。後で写真送って」

「それ何回も聞いたよ。今送った」

「そういう冷めた態度はよくないな。そうやって色んなことに無関心で本ばっか読んでるんだろ!」

「色んなことに関心があるから本を読んでるんだよ」

「そんなお前には運動で汗を流すのがおすすめ! 今からでも遅くない! バレー部に入ろう!」

「やってたしやめた。あとその何でもかんでも勧誘に繋げるのそろそろやめろ怒るぞ」


 眉一つ動かさずに答えるアラトの前で、ヒロがクネクネと動く。

 同じ中学でアラトと共にバレー部に在籍していたヒロは、高校でバレー部に入らなかったアラトを四月からしつこく勧誘していた。ちなみに、今は十一月である。


 中学時代は運動一番、勉強二番で積極的だったアラトが高校入学と同時に内向的になり、読書という今までからは考えられない趣味を持ち出したことを、どういう心境の変化かと彼なりに心配してくれているらしい。


 親友とも思っていた彼にそっけなく接することしかできないのは心苦しいが、アラトはどうしても、かつてのように彼と笑顔を交わすような気にはなれなかった。すべて自分が悪いというのもまた、心苦しい。


「でも実際、お前と家が近い俺やジュンキが今日遅刻しなかったのはなんでだと思う? 朝練があったからだ! だから怪獣が出て来るのとタイミングが被らなかったんだ! そういうメリットもあるぞ!」

「それ今日の場合しか当てはまらないしバレー部の朝練じゃなくてもいいだろ」

「ぐっ! 何故だ! 中学の時は俺の方がこういうの強かったのに!」


 本当に、中学の時はどうしてこのガバガバ理論にやり込められていたのかと、アラトは不思議に思った。


 ヒロはアラトより少し背が高く、細身ながらも筋肉質な、いかにもバレーの選手らしい体系をしている。


 高い運動能力とスタミナからしばしば「体力オバケ」と呼ばれ、自信に満ち溢れた表情をしている。しかしながら、少し頭が足りない。


 というか、素直過ぎて人をだますのに向いていないのだ。

 学力で言えば元々はヒロの方が上だったが、高校に入って少ししてからはアラトが追い抜き、今では歴然たる差がついている。


「お、もう一人の遅刻魔が来たぞ」

 ヒロの視線の方を向くと、今教室に入ってきたばかりの女生徒の姿があった。


 長い銀髪に透き通るような白い肌、華奢なシルエット。そしてその小さな顔には少々不似合いな、黒く大きい髪留めが左側の髪を押さえている。クラスメイトの宇喜田うるちだ。


 夏休み明けに転校してきた彼女はその外見の美しさから瞬時にクラス中の男子に囲まれ、長いまつ毛の下にある冷たい視線と圧倒的無口無関心から、一週間で人気の波が引いたある意味伝説の存在だった。


 彼女自身一人が好きなようで、クラスメイトとは最低限の関わりだけでなんとなく上手くやっている、ように見える。クラスの女子の一部からはかなり忌み嫌われているようではあるが、知ったことではない。


 とまれ、見た目だけならばクラス、いや学校一の美少女と言っても過言ではないであろう宇喜田うるちは、転校から一か月経ったころにはクラスの空気と化し、最低限の連絡以外では他人と話すところを見ることが無くなった。


 ちなみに、教室ではヒロしか話しかけてくる相手がいないアラトもまたクラスの空気には違いなかったが、だからと言って宇喜田うるちに親近感が湧くようなことは微塵も無かった。


「宇喜田ってさ、朝怪獣が出たら絶対遅刻するよな」

 どうやらヒロは宇喜田がお気に入りらしい。空気のことをきちんと気に掛けるのが人気の秘訣なのかもしれない。気付いたところで何をするでも無いけれど。


 よくそんなことにまで気が付くなあ、とアラトが何の気なしに宇喜田うるちの方に視線をやると、不意にこちらに向けられた青い瞳と視線がかち合った。


 別に気を持っていなくても美少女と目が合うのは何となく照れるもので、気まずくなったアラトが窓の外へ視線を逸らしたところで、次の授業を受け持つ数学教師が入ってきた。

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