赤糸市
ここは、日本有数の怪獣都市、赤糸市。
この街に怪獣が出現するようになってから既に二十年が経つ。
少なくとも月に一回、多ければ二週間に一回発生するこの災害に始め人々は大騒ぎしていたが、最近では皆すっかり慣れてしまい、様々な理由から被害がほぼ出なくなったことも相まって怪獣はタイムラインを賑わせる程度の存在になってしまった。
一応ニュースでも怪獣の出現情報や被害状況が報道されるが、アラトは普段ニュースを見ないのでよく分からない。そもそも、怪獣による被害というのも大抵は小規模なもので終わる。
初めて怪獣が出現したのは、三十年前の事だった。
環境破壊の影響により巨大化したネズミが見つかったというニュースがお茶の間を賑わせ、テレビや新聞では連日報道がされたという。
夢の国もびっくりの巨大サイズ、二メートルを超す巨大なネズミが街中に出てきて車や街灯を破壊し、駆除されてからも別の個体がまた同じような巨大化した。
以前から放射線などの影響によって生物が巨大化した例は確認されていたが、その規模が異常だったこと、その後も短期間で同様の事例がいくつか続いたことで、これらの異常な突然変異体に、空想上の生物であった「怪獣」という呼称が使われるようになった。ちなみに、巨大化したネズミは全て機動隊によって駆除された。
その後、ネズミ以外の生物も続々巨大化し始めた。鳥、亀、魚などがどんどん巨大化していき、果てはペットの犬までもが怪獣になった。
動物が怪獣化する理由については未だ明確になっていないが、環境破壊による突然変異が来るところまで来たのだ、と言うので大方の見解は一致している。
一部では「宇宙から怪獣化の原因になる物質が降ってきたのだ」という説も唱えられたが、オカルト扱いで終わったらしい。
見解が発表された当時は環境保護を呼びかける活動も多くされていたようだが、最近ではそれらを見ることもかなり減った。
怪獣は世界各地の先進国に次々と発生し、人類は怪獣への対策に追われることとなった。追われて、追われて、追われた結果人類はこの災害に対する対策法を確立した。対怪獣自衛軍の誕生である。
と、ここまではアラトが小学生の頃「総合的な学習」の時間に調べたことだ。おそらくそんなことは日本中の誰もが知っていることだろう。ちなみに、人間が怪獣になったという事例は未だ確認されていない。
それから、対怪獣自衛軍以外にも怪獣の発生を知らせる警報システムや怪獣出現時の避難マニュアルが確立され子供のころから徹底されるなど、様々な対策が行われている。
今や地震や台風よりも身近な災害となった怪獣に人々はすっかり慣れ、最近では大した被害を出すことも無く迅速に怪獣を駆除することが出来ていたのだが。
「おー、これが今朝のやつか!で?怪獣を撮っていたせいで遅刻したのか?」
「怪獣が出てきたときは遅刻の理由が出来たと思ったんだけどなぁ。意外と早く倒されちゃったし、みんなちゃんと学校来てるの偉いよな」
背は高いが細身な大崎タカヒロ・通称ヒロは、アラトの席の前に立ち、その体格に似つかわしくないほどの大声で豪快に笑う。体は細いが体育会系なので貧弱さは無く、むしろ暑苦しい。
自分の席で教科書をカバンから取り出すアラトは、それとは対照的に小声でぽつぽつと、目を合わせないまま言葉をつなげた。
今朝は怪獣のせいでいつもの通学路を迂回することになり、大幅に遅刻してしまった。まあそのうえでのんびり本を読みながら登校していたアラトも悪いのだが。
授業中の教室に入っていくのは、アラトにとってどうも胃が痛い。
やや遅れて参加した一時間目の授業が終わり、休憩時間にアラトの机に近寄ってきたヒロは、「遅刻してきたってことは朝の怪獣見たんだろ?」と満面の笑みを浮かべていた。
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