アラトとジュンキ

「なんで一緒に帰るのがそんなに嫌なのさ!」

「いや、俺じゃなくて女子の友達と帰れって」

「何度も言っている通り、私には帰り道が一緒名女子の友達はいないのです」

「聞いた。それなら適当に寄り道でもしろって何回も言ってるのに」

「私はまっすぐ帰りたいの!」


 秋の日はすでに赤く、空も同じように一面の夕日色に染められていた。

 それに伴い街は暖色に包まれているが、色に似合わない寒風を全身に叩きつけられる。


 その日の帰り道、アラトは一人の女子生徒に付きまとわれていた。


 いや、今日だけではない。

 高校に入ってからほぼ毎日、アラトの下校は賑やかだった。

 アラトとしてはあまり自分に構ってほしくないのだが。


「ついて来てたらジュンキの家には遠回りだろ」

「だからジュンキじゃないって! ス・ミ・キ!」


 ジュンキと呼ばれた少女は怒ったように元気な声で喚くが、その顔はすぐ微笑に変わる。

 小柄で、アラトより頭一つ分近くも低い位置で、ストレートボブと小さく結んだサイドテールを、揺らしたり跳ねさせたりしながらチョロチョロと動きまわる様子は、小動物のようでもある。会話の中でころころと変わる表情の中でも、笑顔が可愛らしい。


 何が楽しいのかキャッキャキャッキャ騒いでいる声に適当に答えながら、アラトは再び手元の文庫本に目を落とした。


 石井(いわい)スミキとアラトは、ヒロとともに小学校からの長い付き合いだった。


 三人が通っていた小学校には、五年生から始まるクラブ活動というものがある。

 週一回ほどの頻度で行われる部活もどきのようなもので、三人はその中の球技クラブに所属。


 アラトとヒロは元々仲のいい友達だったが、ジュンキとは同じクラスになったことも無く、そこで一緒に活動をしたのがファーストコンタクトだった。


 球技クラブでは全員が体操服を着ていたこともあり、当時ショートカットで活発だった彼女を、アラトはてっきり男子だと勘違いしてしまった。


 そして、名簿で見た彼女の名前を間違えて読んでしまった。「純希スミキ」を、「純希ジュンキ」と。


 当時はヒロとジュンキに大笑いされ、それ以降すっかり定着したあだ名だが、最近は嫌がられるようになってしまった。   


 余談だが、制服に比べて体の線が分かりやすい体操服でも男子だと判断されたジュンキのボディラインは、中学・高校と進学してからも維持され続けており、その体格によるものかは不明だが中学時代に所属していた女子バレー部では大活躍をしていたようである。


「あんまりうるさいとこっちもゲンって呼ぶからね」

「あんまりひねったあだ名付けるなよ。誰の事かわからん」


 ゲン、というのは「現人アラト」の現から取ったらしく、高校に上がったあたりからジュンキが言い出したが、正直センスがいいとは言えないし、浸透もしていない。

 まあどれだけセンスが良くても、アラトのことをあだ名で呼ぶ友人などせいぜいヒロくらいなものだが。


「ていうかヒロがずっと寂しそうにしてるんだけど?そろそろバレー部入ってあげたらいいのに」

「ならお前が入ればいいだろ」

「私は女子だからヒロとは一緒にできないじゃん!」

「中学では大活躍だったんだから、普通に高校でもバレーやればいいだろ」

「ゲンがまたバレーやるならいいよ! 一緒にやろ」

「さっき女子だから一緒にできないって言ってたの誰だよ」


 アラトの記憶では、進学する直前まではジュンキも高校ではバレー部に入ると言っていたはずだ。

 彼女が大好きなバレーをやめてしまったのが自分のせいだったらと思うと、胸の奥の方がチクチクと痛む。


 自分がまたバレーを始めれば彼女も、という言葉は本当だろうと思う。

 自分のことを必要とし続けてくれるヒロにも悪い。

 それが分かっていても尚、またバレーをやる気にはどうしてもなれないでいた。


 今日の進展は一ページ。学校から家までは二十分もあるのに、ジュンキと話していると文庫本一、二ページほどしか読み進められないまま家に着いてしまう。


 いつものパターンなのでまともに読書などできないことは分かりきっているが、それでもアラトは本を開くことをやめない。


 秋の日はつるべ落とし。既に東の空には藍色が訪れていた。

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