2話 人魚の島
次の日から、いつも朝の海にサヤは居た。
一週間目にして、どうやら本当に夢じゃないと認めざるを得なかった。
「あ、今日も来た。おはよ、溺れてた人」
サヤは手を振って僕を迎えてくれた。今日も昨日と違う服を来ていた。
足元は相変わらず尾びれと鱗があったけれど。
「……おはよう」
ここが日本の片隅の離島じゃなきゃ、誰かに見つかってニュースやなんやらで大騒ぎになってただろう。
それかあるいは、僕が死にかけて狂ったのかもしれないけれど。どっちでもいい。
「そろそろ現実って認めた?」
「現実に尾ひれがついてるな」
「そりゃあ、人魚ですから」
「記憶が無いって言ってたくせに」
「世の中には、キミみたいな変な人、ちょくちょくいるんだよね」
サヤは簡単に身の上話を語った。
気がついたらこの島の海岸にいた事。ダイビングショップの店長に見つかった事、その人が
自分の事を黙ってる代わりに時々水中写真を取る手伝いをしている事。
最初はぎこちない挨拶だけだったが、少しずつこういう話をする時間が増えた。
「おかげでこっちのことはそこそこ知ってるってわけ」
「……相変わらず能天気だな、この島の連中は」
店長なら、幼い時から知っている。それで合点が言ったが、まだサヤに話す気にはなれなかった。
「キミが言っちゃうの?それ」
「ずっと住んでるしな。嫌になるぐらい」
「ふうん。ていうかキミ、最初は私を大切な人って言った割に扱いが悪くない?」
「あれは、気の迷いだ」
自分でも嘘が下手だと思う。半音上ずった声は、サヤにバレていたらしい
「なるほど気の迷い。入水しようとするぐらいだし、そりゃあ迷うよね」
その言葉を聞いて、何も言えずに海を見つめた。
サヤは僕の様子を見て、ひどくうろたえてしまった。
「ご、ごめんなさい。茶化すような話じゃ無い……のに」
目を左右にキョロキョロして、濡れたネコみたいに下を向く。
こんな所は小夜にそっくりだな、と苦笑した。
「いいさ。今はおかげで生きてるんだし。それに……」
「それに?」
「他人を昔の恋人に重ねて大切とか言っちゃう方が、よっぽど失礼だろ」
二、三回まばたきをしてから、サヤはいつもの調子で茶化した
「あ、ちゃんと自覚はあったんだ。アタシに記憶がないからってアレはないよね」
「悪かった。あの時は本当にどうかしてた」
平謝りする僕に、サヤは両手を腰、多分腰に当てて胸を張った。
「わかればよろしい。まぁでも多分その名前が正解なのかもね」
「そう呼ばれたの、キミで二回目だから」
そう言って、サヤはまた海に戻った。
明日の約束を取り付けて。
「最近妙に機嫌がいいね」
定食屋のご主人が笑顔で話しかけてきた。この人が笑顔なのはいつもの事だ。
客としては中学の時から、バイトは高校卒業してからずっと世話になっているせいか、
この人には強く出にくい。
「えぇ、まあ。ちょっと」
「そうかい。一時はびっくりするぐらい元気無かったから、よかったよ」
曖昧に返事をして、作業に戻った。後で聞いたらずっとニヤついていたらしい。
自分のわかりやすさにあきれてしまう。
昼のピークが終わり、後片付けが終わってお茶を飲む。
店のテレビには、ローカルニュースが流れていた。
「人魚博物館のリニューアルか。古くなってたからね」
人魚、という言葉に少し反応してしまう。
この島にいれば嫌でも聞く単語。人魚の歌やら人魚の石像やら。
ありふれた人魚の伝説を観光のネタにするぐらいの何もない所なせいだ。
なのに目線がついテレビに向いてしまう。
「でも、こうやって話題にして当の人魚はどう思ってるんだろうね」
湯呑を持つ手が止まった。止まった手を見て、ご主人が恥ずかしそうに頭をかいた。
「はは、あまりに突拍子が無かったかな。あと二時間よろしくね」
その日の暇な二時間、僕の頭に浮かぶのは『人魚』のことばかりだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます