第十六話 01
エッダの森から放逐され、王都のヴォルフガング一世のもとに生きて帰り着いた間者は、イヴァンは任務を果たしてプッチ誘発に成功したものの、セラフィナの身柄拘束を優先した王党派が家康の捕縛に失敗したこと、そのセラフィナがドワーフの手を借りて家康のもとに脱出した上、家康が王党派の要求を飲んで「王政復古」を認め、三頭政治体制を導入したためにプッチは自然解散したこと、家康がファウストゥスに命じて自分を捕らえさせてアナテマの術の真似事を行い、真犯人に仕立て上げて事態を収めたたこと、イヴァンはなおも素知らぬ顔で家康の隣に侍っていてまだ正体を見破られていないことなどをヴォルフガング一世に告げていた。
王都の自室で、苦虫を噛みつぶしたかのような表情でその報告を聞いたヴォルフガング一世は、
「そうか。イヴァンは正体を知られていないか。まだ使えるな――だがお前は既に面が割れた。エッダの森担当からお前を外し、イヴァンとの連絡役は別の者に変える。お前には別の地域で働いてもらう。二度の失敗は許されんぞ、いいな」
と生還した間者に言葉をかけると、(イエヤスが捕らえた間者を始末しなかったのはなぜだ? バウティスタの時と同様か。人間族同士での遺恨を避けたいのか?)と呟きながら議会場へと向かい、急ぎ議員たちを招集した。
(アーデルハイドもバウティスタも開戦には反対するだろうな。しかしエッダの森接収は、皇国からの勅令。これ以上引き延ばせば、魔王軍の再侵攻も有り得る。暗黒大陸の情勢が不穏だという報告もある――やむを得まい。やると決めた以上、俺は徹底的にやる。だらだらとした中途半端な戦争は俺はやらん。完膚なきまでに勝利し、イエヤスを討ちエッダの森を接収する! たとえ森一面を火の海にしてもだ!)
「諸君。残念ながら策をもってエッダの森を内側から落とすことはできなかった。騎士団長が誓約した半年の猶予期限はまもなく切れる。ここに至り、王国は聖下の詔勅に従って開戦する他はなくなった。余自らが三万の精鋭部隊を率いてエッダの森に出兵する!」
と、議員たちに告げたのである。
「今日まで余は、対魔王軍戦に総力を注ぎ込むため、エッダの森への武力侵攻を避けるべく様々な手を打ってきた。ヘルマン騎士団長バウティスタも、外交的解決のために奔走してくれた。しかし! エッダの森に籠もり大勢の異種族を続々と集結させている自称勇者のトクガワイエヤスは、余やバウティスタの好意をことごとく無視し、皇国にも帰順せず教団にも帰依せず、人間族との戦争準備に没頭している! 魔王軍との戦いに一丸とならねばならぬ今、奴は決して見過ごせておけん! ジュドー大陸を魔王軍の侵攻から守るため、これより獅子身中の虫であるトクガワイエヤスを討つ!」
アンガーミュラー王国は、ヴォルフガング一世が全権を掌握している軍事独裁国家である。議会といっても、王の命令を承諾するための装置に過ぎない。王の開戦宣言に堂々と異を唱える者はいない。エッダの森党閥はそもそも皇国の教皇聖下からの「詔勅」なのだ。
それに、貴族議員たちはいつ平民王の寝首を掻くかわからない外様の曲者揃いだが、エッダの森を陥落させれば兵を出す彼らにも相応の利益が期待できることは言うまでもない。傭兵あがりで苦労人のヴォルフガング一世は人使いが上手く、論功行賞を決して間違えない男だ。「利」で貴族たちを従わせる術を心得ている。
それ故に、議員全員が「賛成でございます」とヴォルフガング一世に同意した。
(イエヤスめ。二度もアナテマの術を切り抜けたばかりか、術を逆用して真犯人を捏造し、己の保身に用いるとは。黒魔術使いを飼っているだけのことはある。もうあの術は使えんな。完全に修得されてはこちらが危ない――魔王軍がいつ侵攻してくるかわからない今、兵を損じたくはないが、戦で決着を付けるしかなくなった)
ヴォルフガング一世は「二度までもわが策を破られた」という屈辱に目を血走らせながらも、「それでは、出陣の準備にかかれ! くれぐれも油断するな、イエヤスはエの世界から召喚されし伝説の勇者だ。長らく出会わなかった好敵手が余の前に立ちはだかったぞ!」と武人としての武者震いを抑えられなかった。
(だが、所詮は森に籠もりきりの臆病者よ。余の寛大な措置にことごとく逆らうとは。エルフ族を滅亡させたくないというのならば、籠城策など取らずに一人で大人しく森から退去するべきだったのだ。攻城戦の天才と呼ばれるこの余に軍を率いさせたことを後悔させてやる――!)
ついに、アンガーミュラー王国を率いるヴォルフガング一世が、そしてヘルマン騎士団長バウティスタがそれぞれの軍勢を率いて、「進軍先はエッダの森!」と号令を下す日が訪れた。
「開戦」の時、来たれり――。
エッダの森。
丘陵の上に聳える宮廷を、家康は大増築させていた。ドワーフギルドに命じて高層階を持つ「天守閣」を築き、戦時用の本営としたのである。森のあちこちから多くの巨木や巨石を集める大工事となったが、既に家康に心服しているエルフ族貴族たちは我先にとばかりに「わが荘園の巨木をお使いください」「わが荘園の巨岩を是非とも」と家康に資材を提供。驚くべき速度で「天守閣」は完成した。
その日、セラフィナたち家康政権の主要メンバーが、完成した天守閣中層の「広間」に続々と集合してきた。
「はえ~。日夜コツコツと倹約して溜め込んできた資金を、一気にテンンシュカクに投じたんだね~イエヤス~。でも、こんな高い塔を建ててなにか意味あるの? そりゃまあ見晴らしは最高だけど……」
「世良鮒。贅沢な建物に見えるかもしれんが、戦では士気が重要になる。とりわけ籠城戦ではな。太閤殿下は、小田原の戦場に絢爛たる天守閣を建てて敵を萎えさせ味方を鼓舞したものだ」
「大砲を操る人間軍の格好の的になりそうですが、それを承知で敢えて自ら敵の前に凜々しく立ちはだかってみせるのですねイエヤス様。籠城しながらも勇者自らが最前線に立つことで、われらの士気を高めようと――さすがですわ。妾も、最後までイエヤス様のお側に侍らせて頂きますわね」
大坂城を攻略した時には、淀君が居住している天守閣に南蛮渡りの最新鋭の大砲の弾を撃ち込んだものよ、と家康はエの世界での最後の戦、大坂の陣の光景を思い浮かべていた。
腕利きのクドゥク族諜報部隊を指揮しているイヴァンが、「エッダの森への攻撃準備を終えた騎士団長がイエヤス様に謁見したいとのこと。連れて参りました」と告げる。
そのイヴァンの隣には、ヘルマン騎士団長バウティスタ・フォン・キルヒアイスの姿があった。
「おお、暴痴州殿。そなたに半年の猶予を頂いたが、この家康の力及ばず、ついに開戦の運びとなった。宣戦布告に参られたか。世良鮒、得上級のスライム肉をお出しせよ」
「食事はご遠慮するイエヤス殿。私はヴォルフガング一世陛下の代理人として、宣戦布告状を持参しただけのこと。既に皇国からエッダの森接収の命を受けたアンガーミュラー王国軍三万、ヘルマン騎士団五千の連合軍が、王国領とエルフ領の境界となっているレイン河を渡り、ゲイラインゲル丘陵に布陣を終えている。そちらの戦闘要員は異種族全てをかき集めても八千に満たないと見た。後は天然の堀となっているザス河一本を超えれば、エッダの森は火の海となる――どうか退去要請に応じてもらえないだろうか?」
「済まぬな暴痴州殿。のいす近郊の砂漠地帯への移住は、えるふには無理だそうだ。えるふは森がなければ生きられない種族よ。戻って王に伝えられよ。この徳川家康、小僧っ子に後れを取るもののふではない、七十余年の生涯を合戦に費やした生粋のいくさ人であると。魔王軍という真の敵を前にして、ここでわれらが消耗戦をしている場合ではないとも」
「……承知。えるふ族が定住できる代替地を準備できず、済まなかったイエヤス殿。そのお言葉、陛下にそのままお伝えする。陛下は、ご自身こそが魔王軍を討ち滅ぼす英雄たりえる戦士だという強烈な自負心と使命感を抱いている。イエヤス殿が『勇者』である限り、激突は避けられない――万一の落城の際には、ヘルマン騎士団がえるふ族たちを脱出させる道を密かに準備したい。それでどうか、私の至らなさを許して頂きたい」
「いえいえ、そのような情けは無用にございますよ騎士団長様。そもそもヴォルフガング一世は用心深い御仁。その脱出路の先に必ずや伏兵を配置致しましょう。アンガーミュラー王国はなお本国に五万程の予備兵を詰めておりますからねえ」
水晶球を操っていたファウストゥスのその言葉に、バウティスタは(まさか)と眉をひそめた。だが、確かにヴォルフガングならばやりかねない。
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