第十五話 05

 ゾーイとファウストゥスは、「真犯人」に仕立て上げられた間者を再び連行していった。取り引きを交わした以上、口封じする必要はない。森から出してしまえば、後はあの男自身が自らの弁舌でヴォルフガング一世に申し開きをして、自らの命を救えるかどうかである。

「……そ、そうか。既に真犯人を捕らえていたのか……」

「穴掘りの達人のドワーフや、敏捷なクドゥク族がおらねば、永遠に捕らえられなかっただろうな」

「あの怪しげなダークエルフまで、真犯人捕縛のために働いていたとは。もしかしてエッダの森は今や、かつてとは様変わりした難攻不落の要塞となっているのでは……?」

「……イエヤスが採用した異種族連合策や森の改造計画の効果を、認めねばなるまい」

 ここに王党派貴族たちは、ようやくイエヤスとセラフィナの和解を認めた。

 やはり「理」をもって訴えればエルフ族は話が通じる理知的な種族だ、人間よりも嘘偽りがない分よほど付き合いやすい、と家康はようやく安堵したのだった。

「さて、真犯人とは取り引きが成立した故、森の外へ釈放処分とする。今は戦時中である。勇者の権限をもって、二度とこたびのような騒動が起きぬよう、政治体制を一新する。期限は『対人間戦』の終結と和平成立まで――外様勇者つまりこの俺による独裁制が、えるふ族の不信の元凶だった。これよりは三頭政治体制を敷く」

「「「つまり、どういうことです?」」」

「内政は世良鮒、外交は阿呆滓、軍の統率は大将軍の俺が分担する。まずは阿呆滓を全権外交官に任じ、独断で外交権を行使できる権限を与える。さらに戦時中の特例として、世良鮒をえるふ女王に推戴する! これは俺と阿呆滓、そして田淵殿の三者によって協議し、女王陛下ご自身がご聖断なされたことである! 王党派諸君の要求は、ここに実現した!」

 なんと! と王党派たちは一斉にどよめいていた。

 これを期に家康は自らの独裁体制を固めに入るだろう、と彼らは怯えていたのだ。

 それがまさか家康が王党派の要求を呑んで、セラフィナを女王として即位させるとは?

 さらに外交権を王党派党首のエレオノーラに譲渡し、内政権をターヴェッティに委ねるという。これでは、まるで王党派が家康に勝利したも同然ではないか。

 なんという律儀者か。勝者が敗者に全面的に譲歩するなど、聞いたことがない。

 この者は……ほんとうに、長老が語ってきた「伝説の勇者」だったのだ! エルフ族のみならず、ジュドー大陸に生きるあらゆる異種族を魔王軍から守るためにプネウマの祝福を受け、エの世界から召喚された「本物」だったのだ!

「ふい~。慌ててテントで着替えてきたよ~。間に合わないかと思った、あっぶな~」

 女王の正装を身に纏った華奢なセラフィナが、王党派貴族たちの前へと舞い戻ってきた。

「はあはあ……息を整えて、深呼吸深呼吸……エッダの森に住まう皆さんっ! 私セラフィナ・ユリは今日ここに、エルフ王国の新たな女王として即位しましたっ! 人間の勇者を信じられないという皆さんの気持ちは理解できます! ですが、エレオノーラの反対を押し切って、勇者をエッダの森に連れてきた責任者はこの私です! イエヤスを疑うというのならば、この私ごと罰しなさい! イエヤスと私を屋敷に閉じ込めて、炎で燃やし尽くしてしまいなさい! 私は甘んじて皆さんの裁きを受けましょう!」

 毅然たる態度で、セラフィナは王党派貴族たちを一喝し、鎮めてしまった。

 まさしく女王のカリスマ。私欲を抱かずエルフ族の安寧のために王家の責務を背負ってきた者だけが身に纏うことのできるオーラを、今のセラフィナは放っていた。

 王党派の誰もが「いったい誰がセラフィナ様を罰することなどできましょうや」と胸を打たれ、膝を突き、セラフィナに頭を垂れていた――エレオノーラは「セラフィナ様は、エルフ族を導く女王に相応しいお方に成長されました」と感涙にむせんでいる。

「俺は、一向一揆に加わって長年俺と戦ってきた本多正信を無二の親友として再び受け入れた男。こたびも誰も罰さぬ。王党派の諸君が女王陛下に抱くその忠誠心は、三河武士にも劣らぬ天晴れなもの。以後も女王陛下のために励むがよい。諸君の地位、名誉、財産はこれまで通りとする。偽書の策が破れたと知った房婦玩具は、いよいよ軍勢を率いてえっだ森へ攻め寄せてくる。これからが真の戦いである!」

 全員無罪! 王女セラフィナ、女王即位! エレオノーラが全権外交官に! この裁定に王党派貴族たちは安堵し、互いに抱き合っていた。身内に寛容なエルフ族ですら考えられない裁定だったのだから。

 エルフ族が抱いていた異種族たちへの不信感も大幅に緩和された。イエヤスの指揮のもとで、王党派プッチによって弾圧され追放される運命だったはずのドワーフ、クドゥク族、果てはダークエルフまでもが真犯人の捕縛のために活躍したのである。プッチ騒動に揺れていたエルフ族だけでは、真犯人を捕らえることはできなかっただろう。

「いやー、ほんとうによかったぁ~! それじゃー早速みんなで和解をお祝いして大宴会だねー! この女王の衣装は重いから、平服に着替え直さなきゃ~。でもイエヤスぅ、私に内政の仕事なんてできないよー? 経験ないしさー。エルフ王って戦時中を除けば基本的に政治に干渉しないお飾りだからー」

「当たり前だ世良鮒。異種族が入り組む複雑なエッダの森の政局を子供に任せられるか。三頭政治などは、王党派を宥めて喜ばせるための方便に決まっているだろう。実際には引き続き俺と阿呆滓、田淵殿の三人で切り盛りする」

「えーっ? ひっどーい? イエヤスってば相変わらず腹黒い狸なんですけどーっ!?」

「妾が外交の全権を握るという話も、やはり名目上のことでよろしいのですねイエヤス様? 妾は全面的にイエヤス様のご命令に従って動きますので、ご安心を」

「いや、外交については阿呆滓に一任しよう。俺よりもはるかにこの世界の事情に通じ、かつ誰もが一目置くエルフ族最高の名門貴族だからな。今のような極限状況では、そなたのように花を愛しセラフィナを愛する平和主義者のほうが、追い詰められたら癇癪を破裂させる俺よりも外交職に向いているだろう。慎重な判断が必要だと判断した時だけ、俺と田淵殿に相談してくれればいい」

「あ、有り難き幸せ! アナテマの術に陥って失態を演じた妾になんという信頼ぶりを……セラフィナ様が女王に即位された晴れ姿まで見られた上に、そのような果報な……妾はこの上なく幸福ですわ、イエヤス様。いったい、どうお礼を申しあげればいいのか」

「礼など要らん。俺は常に実用主義者だ。俺にはあじか売りと海老掬いしか芸がないし、世良鮒もちと貧乏くさいところがあってな。外交官は華やかな者でなければならぬのだ。そなたには仏頂面よりも花のように華やかな笑顔のほうがよく似合うぞ」

「はっ、はいいいっ! しょ、承知致しましたわ!」

 この言葉によって、家康は完全にエレオノーラの心を掴んだと言っていい。

「ちょっとーっ? 私とエレオノーラの扱いの差が酷いんですけどーっ!? そもそも私は別にケチじゃないよー、イエヤスの貧乏性が伝染しただけだよーっ!」

「静かにしていろ世良鮒。よいか阿呆滓、外交官なくして戦争は戦えぬ。戦とはその幕引きの方法を決めてからはじめるものであり、交渉人が不可欠だからだ。こたびのエッダの森防衛にあたっては、好戦的な外交官は害悪となる。そなたのように戦を嫌い平和を好む者こそが適任。大陸の諸種族に調和をもたらすために励むがよい」

「……はい。そのお言葉、生涯胸に刻みますわ」

「なお外交には銭が必要な故、そなたは倹約令の対象から除外し、借り上げ中の荘園の代わりに無制限の外交官手当を支払う。外交官が吝嗇では、他国に侮られるのでな」

「信じられませんわ!? ですが、エルフ族から大将軍に叙任された者は独裁権を有する資格がありますのに、ほんとうに妾をそれほど重用してよろしいのですかイエヤス様?」

「ああ、俺は人間の勇者だ。エルフ族の血筋や習慣など俺には関係ない。適材を適所に配置するのみだ」

「なんてことでしょう? あなたは将に将たる人物、まさに英雄ですわ。ああセラフィナ様、どうしましょう。妾は今、夢見心地ですわ……!」

「いやーよかったわね、エレオノーラ! 家康ってばそんなことを考えていたのなら、早くエレオノーラを全権外交官に任命すればよかったのにぃ~♪」

「……ずっと渋っていたのだ」

「なんで渋るのさーっ! 意味ないじゃん! なんなの、その筋金入りのケチ臭さっ!?」

「外交官との間に完璧な信頼関係が築けていなければ、致命的な失策になるのでな」

「イエヤスがケチ臭いから信頼関係が築けなかったんじゃないの~?」

「む、一理ある。それでは広大な荘園を借りている謝礼として、阿呆滓に毎月進呈する干しスライム肉を、よ、よ、四倍……いや、三.五倍に増やそう……これ以上は出せんぞ!」

「うふふ。見返りなど要りませんわ。さあイエヤス様、セラフィナ様。祝宴がはじまりますわ。今日は、女王と勇者と王党派貴族、そして幾多の異種族たちが歴史的和解を果たした記念的な日ですもの、無礼講に致しましょう!」

「阿呆滓よ、内輪の宴会での浪費はもったいない。肉料理は干しスライム肉限定にせよ」

「承知致しましたわ! その分、今後は他国からの使者には贅を尽くしたおもてなし料理をたっぷりとお出しせよということですのね! 妾たちエルフ族にはできない柔軟な発想、さすがはイエヤス様ですわ! ファウストゥス様たち異種族の皆さんにも参加して頂きましょう。みな、イエヤス様に仕える仲間ですものね。これからは親睦を深めなければ!」

 また「ケチ臭い」と怒鳴られるかと思ったのだが、阿呆滓の態度が妙に浮かれているがだいじょうぶなのか? お前のような騒がしい娘が二人に増えたら頭が痛いと家康に尋ねられたセラフィナは、「ああーどうかなーエレオノーラは普段はお澄まし顔なんだけど宴になるとお酒に酔って突然はじけることがあるからー。ま、いいんじゃない?」と苦笑するしかなかった。

「いやいや、イエヤス殿とセラフィナ様は息がぴったり合っておりますのう。一時はどうなることかと肝を冷やしましたが、儂も安心しましたわい」

華やかな祝宴がはじまった中、長老ターヴェッティが「もうよいじゃろう」とイヴァンに自らの身体を背負わせて神木の枝から下りてきた。


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