第十四話 01
「……イエヤス様。王党派プッチが解散してしまえば、僕の任務は失敗に終わります。二度の失敗は許されません……セラフィナ様を奪回しに参りました……」
家康の転落を見たくないと姿を隠していたイヴァンがこの事態急変を知り、単身で宮廷に潜入。家康たちの前に立ちはだかったのである。
ファウストゥスは、イヴァンが死を覚悟して空中庭園に乗り込んでくることを承知の上で、セラフィナを家康に再合流させたのだった。
「ふ、ふ、ふ。ついに現れましたね。ここは総掛かりであなたを討ち取っても構わないのですがね、イヴァン。厄介なことに、そのような顛末をイエヤス様は望んでいません。公平に取り引き致しませんか? イエヤス様とあなたが一対一で決着を付けるのです。あなたが勝てば、セラフィナ様を引き渡しますとも。ですがイエヤス様が勝ったならば、エレオノーラ様を除染する解毒薬を渡して頂きます。どうですか?」
「問答無用で僕を捕らえ、自害されてしまえば解毒剤は手に入らない。だから一騎打ちですか――ですが、なぜイエヤス様ご自身が僕と戦うのです……?」
「当人たってのご希望だそうですよ。他の者にあなたを討ち取らせるのは忍びないそうで」
討ち取られることを覚悟して空中庭園に敢えて釣りだされたイヴァンは、(イエヤス様と戦うだなんて? どうすればいいんだ僕は)と混乱しながらも、クドゥク族の王子の性で、極めて冷静に彼我の戦力を分析していた。幼い頃より、こういう修羅場で心を静めて思考し肉体を動かし冷徹に戦う訓練を受け続けている。
自分の屋敷の寝室で眠っているところを拉致されたセラフィナは、「盾の魔術」を展開するために必要な杖を持っていない。今の彼女に使える魔術は「治癒の魔術」だけだ。
だが、空中庭園にはエルフ最長老のターヴェッティがいる。既に年老いているので術の持続時間は短いだろうが、恐るべき魔術「矢留の魔術」を用いるという。王都陥落戦の際に、ターヴェッティはその強大な力を駆使してセラフィナたちを王都から無事に脱出させたという。老いたターヴェッティは真に必要な時にしか魔術を使わないため、それが如何なる術であるかは謎に包まれているが、それ故に初見殺しの術士だ。
ドワーフギルドを率いるゾーイもまた手強い相手だった。ドワーフ独特の怪力を持ちながら、並の人間よりも大柄な身体を誇っている。今、ゾーイは掘削用の斧を肩に担いでいる。戦闘にも用いられる便利な作業道具兼武具。彼我の体力差は圧倒的で、接近戦は避けたい相手だ。
さらに、イヴァンの潜入に気づいた近衛兵たちが、続々と空中庭園へ連なる階段を上ってきている。彼らは、イヴァンの退路を断つつもりだ。
ファウストゥスは戦闘に用いる術を所持していないが、彼には知略がある。イヴァンは、自分が彼の策略によってまんまと家康とセラフィナの前に釣りだされたことを察知していた。彼の、そして家康の目的はエレオノーラの解毒剤を手に入れることだ。
昨夜は事態を傍観していたはずのファウストゥスが、こうして家康側に付いたということは、「勝算あり」と見定めたのだろう。
(ファウストゥスの武器は舌だ。どんな弁舌を用いて僕を揺さぶるかわからない。あるいは既に僕の弱点を見切っていて、イエヤス様に必勝の策を授けているということも)
軽装姿になった家康が「射番よ、お前の運命はこの一戦で決まる。遠慮せずに参られよ」と正面にただ一人で歩み寄ってきた。なぜだ。あの黄金の甲冑を着けていない?
怪物を相手に目を血走らせている時の家康の表情ではない。食卓でともに質素な食事を取り、セラフィナをからかいながら団欒の時間を過ごしていた時の家康がそこにいた。瞳に殺意がない。家康はまだ、イヴァンを見放してはいないのだ。
だが、家康もここで倒れるわけにはいかない。セラフィナをヴォルフガング一世の罠から守り抜くという並々ならぬ決意を胸に抱いて自分に対峙していることも、イヴァンには痛いほどにわかった。
(イエヤス様……申し訳……ありません……!)
イヴァンは「一騎打ち、承知」と頷くと、躊躇なく家康のもとへと駆けていた。
家康がソハヤノツルキを抜刀するよりも早く、遠当の術を発動して家康の腕を止める。
イヴァンは家族同然の家康を殺したくはなかったし、王から「殺せば異種族どもは一致団結する。生かしたまま勇者を失墜させるのだ」とも命令されている。家康を殺さずに勝負に勝つためには、有無を言わせず先手を奪い家康の剣を封じる他はない。
イヴァンはスヴァントを握りしめた右の掌を突き出しながら、家康めがけてプネウマの渦を叩きつけ、家康の全身を縛り付け硬直させた。クドゥク族の中でも、特別な才能を生まれ持った者だけが使いこなせる秘術「遠当の術」だ。
クドゥク族が悪魔の種族だと恐れられるのも僕のこんな能力のためだ、とイヴァンは術を発動させながら己自身を呪っていた。
刀の柄に伸ばした家康の右腕が、硬直する。家康は「うむう」と思わず呻いた。まるで自分の右腕がいきなり鉛に変えられたようだった。かつて服部半蔵のもとで、不動金縛りの術を破る修行は積んできた。だがイヴァンが用いる遠当の術は、戦国日本の忍者が用いる同系統の術とはレベルが違った。エの世界よりも圧倒的に濃い大気中のプネウマを直接操っているのだ。気合いでどうにかなるものではない。
利き腕を封じられてしまえば、剣も抜けず、真剣白刃取りも使えない!
イヴァンは「この一瞬で勝負を決するしかない」と唇を噛みしめながら、家康へ向かって恐るべき速度で突進してくる。
間合いを詰められた。もしも急所にスヴァントの針が刺されれば、家康は絶命する。
「待って、待ってーっ! イヴァン、やめてえええっ! イエヤスと話し合ってええええ! 親子同然の二人が戦うなんて、こんなのおかしいよう! お願いっ!」
セラフィナの泣き声が、イヴァンを僅かに躊躇させた。痺れ薬――神経毒を塗ったスヴァントの針を、家康が踏み出した脚の太股に刺して麻痺させると同時に、強烈な足払いを浴びせて家康の身体を転がしねじ伏せ、降伏させる。それがイヴァンが(イエヤス様を殺さずに勝ちを収める)ために閃いた戦術だった。
だが、セラフィナの声に動揺してしまったイヴァンは、目測を誤った。僅かに狙いが逸れた。家康の太股に刺さらなかったスヴァントの針は、軌道を逸れて家康の脇腹へと伸びていた。しかも、家康は黄金の具足を着けてない。もしもこのまま内臓を貫けば致命傷になるかもしれない――!
「……しまっ……もうスヴァントを握って……止められ、な……」
「射番よ、心が乱れているぞ。踏み込みを躊躇ったな。それでは俺を倒すことはできん。生憎刺客に襲われることには、俺は慣れている。なにしろ六歳の頃から綱渡りの人質生活を送ってきたのでな」
家康は片脚を跳ね上げながら、封じられていない左腕の肘をイヴァンが伸ばしてきた右腕へと振り下ろし、膝と肘を用いてイヴァンの右腕を挟み込んで止めていた。
髪一重の距離で、家康はかろうじてスヴァントの針を防ぎきった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます