第十三話 04

「どうやって脱出させた?」と家康はファウストゥスのほうに思わず向き直っていた。セラフィナが家康に抱きつこうと突進してきたが、「少し静かにしていろ」と掌底を顎に浴びせて進撃を止めた。今は興奮しているセラフィナにギャン泣きされている時ではない。「ぐはっ!」とセラフィナが突っ伏して倒れる。

「ふ、ふ、ふ。今頃になって手ぶらで主のもとにはせ参じれば、わたくしは存外短気なあなた様に首を落とされますからね。ほんの手土産でございますよ」

「オレオレ。オレだよイエヤスの旦那。プッチ勃発とイエヤスの旦那の逃亡を知ったオレは、慌ててイエヤスの旦那の屋敷に地下坑道を開通させようとしたんだけれどよ、一足違いで旦那はもう脱出済みだった。ちょっと逃げるのが早すぎんよ~」

「おお、憎威? そうか。お前が働いてくれたのか!?」

「エルフが異種族を追い出すとすれば、いの一番に狙われるのはやっぱ昔から不仲なドワーフだからよ。あちこちを穴だらけにしてすんげえ怒られてたしさ。ドワーフギルドの面々全員で地下の大空洞に退避して、王党派の異種族狩りから身を隠していたのさ。そこに、どうして隠しルートを知っていたのかわかんねーけど、このダークエルフのおっさんが乗り込んできてよ!」

 そう褒められても。わたくしに隠し事は通用しませんよ、とファウストゥスが照れくさそうに笑った。褒めてねーよ! とゾーイ。

「セラフィナ様はアフォカス邸に連れ去られましたが、ドワーフならば奪回できるとわたくしは知っておりました。イエヤス様がドワーフに命じて、ご自身の屋敷に宮廷へ繋がる逃走用の地下坑道を掘らせた際、用心深くも直進させずにわざわざ迂回させてアフォカス邸の真下を通るように注文しておりましたから」

「だから、てめーはなんでそんな極秘工事の詳細まで知ってんだよっ?」

「屋敷から宮廷へ至る地下坑道は、イエヤス様の屋敷の真下に開通させるはずの出口を除いてほぼ掘り終えておりましたので、後はアフォカス邸の地下に急遽出口を開通させるだけで、アフォカス邸と宮廷とが地下で繋がったというわけですよ」

「というわけだー! なんでそんなことまで知ってんだよ、このオッサンはよ? と不気味だったけどよ~、おかげで王女サンの居場所がわかってオレたちも助かったよ!」

 全てに慎重な家康は、エレオノーラの荘園に建てた自らの屋敷から密かに宮廷内部に通じる「地下坑道」を設けてくれとゾーイに仕事を追加発注していた。

 この地下坑道は本来完成している予定だったのだが、昨日ゾーイが工程を誤って、家康の屋敷から少し離れた薬園に出口を貫通させてしまったことは記憶に新しい。

 そのため地下坑道の開通が遅れ、家康はスレイプニルに乗って陸路を大脱走しなければならなかったのだが。

 なぜ穴掘り名人のゾーイが珍しく掘り進む方角を微妙に間違えたかと言うと、家康自身が「万が一ということもある。念には念を入れて、坑道を曲げて阿呆滓邸の地下を経由させておいてくれ。直進させるより時間も手間もかかるが、何事か異変が起きた際にたまたま俺や世良鮒が阿呆滓邸に招かれている可能性もなくはない。世の中に絶対という言葉はないのだ」とやたらに用心深い注文をつけたからなのだった。

 ゾーイは「考えすぎじゃねーの? 急いで最短距離を掘ったほうがいーぜ?」と渋ったが、家康はなにしろ「本能寺の変」を経験している。信長公が本能寺に脱出用の地下坑道を準備してさえいれば生き延びられたと固く信じていた家康は、後に居城となった江戸城に入るや否や、伊賀者・甲賀者・根来者といった忍者や職人たちに命じて、甲州方面へ脱出するための地下坑道を何本も掘らせている。

 しかも「出口が一箇所では安心できん」と執拗に何本もの地下坑道を掘らせたため、江戸城の地下はすっかり地下坑道が複雑に入り組む奇怪な迷宮になってしまい、家康の死後はその全貌を把握している者が絶えたほどである。

 現代日本で、皇居(江戸城)の真下を地下鉄が通れなくなったのも、家康が江戸城の地下をこれでもかと掘らせまくって迷宮ダンジョン化してしまったためなのだ。

 大河の中州島として形成されたエッダの森の岩盤が江戸に匹敵するほど柔らかかったことと、ドワーフギルドが持つ掘削技術が驚くほどに高度だったことが、家康が密かに進めていた「エッダの森の地下坑道工事計画」が半年足らずでほぼ完成した理由だ。

 これは、家康がゾーイに「開戦となれば森の命運を決する工事だ。半年で必ず完成させよ」と発注した「本命の改造工事」とは別なのだが、ゾーイたちの仕事の速さは異常。

「成る程、そういうことか憎威。手柄だったな。王党派は世良鮒という『玉』を失ったために、この宮廷に突入することを躊躇っているのか。形勢は逆転し、今やこちらが官軍か」

「そういうことさ! 都合よく王女サンが地下室に籠もっていたから、見張りたちに勘づかれる前にさくっと救出できたってわけさ! しっかし、よくも馬で宮廷まで逃げ切ったなーイエヤスの旦那!」

「逃げるのには慣れている。しかし桐子、なぜ房婦玩具ではなく俺を選んだ? 阿呆滓があなてまの術に落ちている以上、まだこの一揆の決着は見えていないだろうに」

「ふ、ふ、ふ。恐れながらイエヤス様の尋常ではない慎重さ、周到な用心深さを買わせて頂きました。工程が伸びることを承知の上で、万一に備えてアフォカス邸の真下に地下坑道を通らせておくとは。あなたが単なる小心者でしたら、完成を優先させて直進ルートを掘らせていたはずです。故にあなた様は小心者ではなく、慎重にして豪胆な御仁」

「だが、射番を俺のもとに間者として潜ませ、見事にあなてまの術の罠を成功せしめた房婦玩具が一枚上手だとは思わんか? 俺は今朝まで、射番が間者だと確信できなかった。射番かお前か、五分五分だろうと。あるいは第三の術士が存在する可能性も疑っていた」

「確かに、ヴォルフガング一世は魔王軍を撃退して一代にして王に成り上がった稀代の英雄。こたびの策略は見事の一言です。まさか犬猿の仲であるはずのクドゥク族の王子と人間の王が裏で繋がっているとは、わたくしも土壇場まで気づきませんでしたからね」

「土壇場とはつまり、昨夜のことだな?」

「御意。今回捏造された偽書は、戦時中に流布された『クドゥク族の世界支配の陰謀を暴く』という偽書の模倣ですよ。ですが、エルフ随一の名門貴族エレオノーラ様をアナテマの術で操っているのですから偽書のレベルはあれで充分。かの王は、自軍を一兵も損ねることなくエッダの森を接収する奇手を炸裂させたのですよ」

「いだだだだ。女のに掌底なんて酷いよ~イエヤスぅ~」と半泣きになりながらやっと起き上がったセラフィナが顎を抑えながら、

「あ~っ、今イエヤスに掌底を喰らった衝撃で思いだしたっ! 昔、流行した『クドゥク族の偽書』! イエヤスの偽書状の元ネタはそれかぁ~! 子供の頃、なーんか似たような本をちらっと読んだような気がしてたんだー!」

 と、声をあげていた。

「田淵殿? 『くどく族の世界支配の陰謀を暴く』とはなんだ?」

「大厄災戦争終盤に現れた、悪名高い歴史的偽書ですじゃ。内容は、『クドゥク族が異種族を家畜化するための計画書』の体裁を取っておりました」

「そうそう、それとほとんど同じものが王党派に渡ったんだよ長老様ぁ! クドゥク族じゃなくてぇ、イエヤスと人間族が企む陰謀って話に書き換えられてたけどぉ!」

「書物とは実に厄介なものですじゃ。著者は不明ですが、異種族連合を忌み嫌う人間主義派の知識人が、クドゥク族を弾圧するために捏造させ、魔王軍との戦争で混乱していた大陸各地に密かに配布させたものと考えられておりますのじゃ」

「……ふむ。俺も関ヶ原の合戦の際には調略のために手紙を大量に書きまくったし、強突く張りの伊達政宗には百万石のお墨付きを与えた後で約束を破ってやったが、そのような陰湿な偽書は覚えがないな……無数の異種族が混在する世界特有の謀略か……」

「イエヤス様。セラフィナ様の父ビルイェル様は『魔王軍に勝つために連合軍を結成した今、クドゥク族とわれらの関係を破綻させようとはあまりにも愚か』と激怒して偽書を即座に禁書に。残る偽書もヘルマン騎士団を率いるワールシュタット様が回収して燃やしたのですが、クドゥク族に対する拭いがたい悪印象は戦後まで残ったのですじゃ」

「ふむ。俺がこの世界で読んできた歴史書に一切記述がなかったのは、歴史から偽書の存在が抹殺されたからであったか」

「大敗北に終わった例のエルフ王都と騎士団の連携作戦直前に、悪評を巻かれたクドゥク族は離脱せざるを得ませんでな。もしも諜報に長けたクドゥク族が連合から抜けていなければ、ワールシュタット様は魔王軍の突然の奇襲を回避できたはずですじゃ」

「ならば巡り巡って、世良鮒や阿呆滓の父君たちを討ち死にさせた原因でもあるわけか。文章とは、武辺よりも恐ろしいものだな」

「左様。たとえ戦時であろうとも、異種族に調和をもたらすことは容易ではございません。イエヤス様。エルフ族が伝説伝承を文書かせずにワイナミョイネン家の当主が口伝で伝えているのは、そのような歴史の改竄を避けるためでございます」

家康は(ではヴォルフガング一世はその偽書の写しを持っていて流用したのか、それとも以前読んだものをそらんじていたのか?)と首を傾げた。


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