第十三話 02

「ねえねえエレオノーラぁ? ファウストゥスはどこっ?」

「……彼が籠もっている洞窟に捕り手を向かわせましたが、間一髪で逃しましたわ。ですが、早々に城門を閉じましたから、エッダの森の外にはは出られません。いまだに森に潜伏しておりますわ。引き続き捜索中ですの」

「えええ? 森から脱出できてないっ? そんなしくじりをやる男じゃないじゃん?っ」

 ってことはイヴァンちゃんが犯人っ? 嘘おおおおっ?

(どうして? 嘘でしょ? そーだよ、なにかの間違いだって。未知の犯人がいるんだよねー?)

 セラフィナは激しく戸惑いながら、エレオノーラに恐る恐る尋ねていた。

「え、エレオノーラぁ……昨夜、夕食を取って別れた後、イヴァンと会わなかった~?」

「ええ、あなたがイエヤスから入手した密書を届けてくれた忠義者は、イヴァンですわ。セラフィナ様から妾への贈り物だと告げて差し出してくれましたのよ」

「ギャー? イヴァンちゃんが犯人だったなんてえええ! エレオノーラ! みんな~! 私はこんな文書知らないからっ! 百歩譲って仮にイエヤスのものだとしても、あの慎重でこすっからいイエヤスがポンコツ娘の私なんかにあっさり盗ませるわけないじゃんっ」

 王党派貴族たちは、興奮して頭に血が上ったセラフィナが妙な踊りを踊りながら突然家康を擁護しはじめたので動揺した。

 いったいなにがどうなっているというのだろう?

「エレオノーラが怖いからってさぁ~。夜になると私を屋敷から追い出してさー、同じ屋根の下で寝泊まりしようとすらしないんだよー? あれっ私っていろんな意味でイエヤスに信用されてない? くすんくすん……いや、そんなことより! ほんとうにイエヤスが内通を企んでいるなら、解毒係として重宝する上に、いざという時に人質にできる私と離れるわけないじゃん! 現にこうして王党派に追い詰められてるしぃ!」

 セラフィナの必死の訴えに、王党派貴族たちの心が「一理ある」と多少揺らいだ。だが、

「セラフィナ様は、他人を疑うことを知らない純真なお方ですから」

「誠にお優しい。そうです、セラフィナ様は密書を盗んではおりませぬ。責任は我らが!」

「セラフィナ様を卑劣な人間どもの陰謀からお守りするのが、われら貴族の使命ですから」

 と、結果としてますます王党派としての忠誠心に火を付けてしまう結果に。

「いや、だから、私はこの文書と一切関係ないから! この文書が本物ならさぁ、クドゥク族のイヴァンがエレオノーラに手渡すわけないでしょー! だってクドゥク族の立場まで危うくなるじゃん! そーだよ。思えば、イヴァンちゃんの言動はなにもかも不自然だよぅ! ねえねえイヴァンはどこなの~、エレオノーラぁ?」

「……行方を眩ませておりますわ。セラフィナ様が知らないということは、イヴァンが自ら書状を発見して、仇敵の人間とは決して相容れないと立場を決めたのでしょう。その証として、書状を妾に。故に、クドゥク族は誰も逮捕せず、監視するのみに留めておりますの。イヴァンは必ずやエルフ族のためにもう一働きしてくれるでしょうから」

 あー待ってやっぱりなにがどうなっているのかわかんない、私の素直過ぎる頭では理解できないこの状況! せめてエレオノーラを除染できれば。でも無理! あーっ!

(だ、だいじょうぶだよ。まだ諦める時じゃないっ! そう、持ち前の慎重さを発揮してイエヤスが逃げ延びてくれれば……でもさあ、どこに逃げるの~? ひとつしかない門を閉ざされてるのなら、もう森からは出られないよね~?)

 完全に行き詰まったセラフィナが「うーあー」としゃがみ込んで頭を抱えていると、家康を捕縛するために行軍していた部隊の兵士数名が、本部へと舞い戻ってきた。

「イエヤスは単騎で屋敷から逃走! ですが、森から出る唯一の門には向かわず、大通りからほうほうのていで宮廷へと逃げ込みました!」

「イエヤスはもはや袋の鼠、宮廷を攻め落とすのは容易です!」

「しかもきゃつは逃走中に立ち寄ったスライムバーガー店で、無銭飲食及び食い逃げの大罪を犯しております! 店長から被害届が! これだけでも逮捕に値します!」

 あーいつも誰かに支払わせているイエヤスらしいわー小銭くらい持ち歩きなさいよねーとセラフィナは嘆息した。

「エレオノーラ? きっとイヴァンちゃんはやむにやまれぬ事情があって、心ならずも偽書をあなたに渡したんだよ! 私がイヴァンちゃんと話し合ってみるよぅ!」

 エレオノーラはしばし無言でセラフィナを見つめていたが、振り絞るように途切れ途切れの言葉を紡ぎだしていた。

「……セラフィナ様は、興奮しておられるご様子ですわ。イエヤスを支持する反王党派勢力がこの本部を襲撃する恐れも。念のため、セラフィナ様を安全な地下室に――」

「「「承知致しました。しばし地下室へお連れします、王女様!」」」

「待って~エレオノーラぁ~! うわーん、どーすればいいのー? みんなー、エレオノーラは実はアナテマの黒魔術に落ちて……って、ダメっ! こんなことをバラしたら、今度はエレオノーラがどんな目に遭うか……! 打つ手がな~い~! 誰かぁ~! イエヤスが集めた頼れる旅の仲間たち、誰か事態を収拾してくださあああい!」


 昨日まではエルフ政庁として機能していた宮廷は、丘陵の上に立っている。

 平日ならば元老院議員たちや内閣の面々が集いエルフ貴族でごった返している宮廷だが、この日は安息日。僅かな近衛兵しか登城していなかった。

 近衛兵に選ばれた若いエルフたちは、純粋に要人を警護するという任務のみを遂行し、「党派不干渉」という原則に忠実な面々。それに、王党派から「逆臣イエヤスを捕縛せよ」という伝令が届くよりも一足早く、家康は宮廷に到着した。スライムバーガー店長の手からバーガーをひったくってそのまま遁走した分、間一髪で間に合ったのだ。

 家康は、今度ばかりは吝嗇癖のおかげで(銭を払え! と店長に追われながらも)からくも追撃を振り切って宮廷に飛び込めたわけだ。王党派よりも店長のほうがずっと恐ろしかった、とようやく店長から逃げ切った家康は呟いていた。

 家康が飛び込んだ直後、王党派の面々が王国旗を掲げて続々と宮廷へ迫ってきた。

 あっという間に数千もの王党派エルフたちが、孤立無援となった宮廷を東西南北から包囲していった。昨日まで救国の勇者だった家康が、一夜にして兵士と民衆に襲われる側に転落したわけである。

「……三河一向一揆を思いだすな。郎党なき異世界でえるふを一人でも傷つけ殺せば、俺の人望は地に落ちその瞬間に命運が尽きる。そもそも多勢に無勢だ、ここは見の一手!」

 とはいえ、王党派が宮廷に突入してくるまでもうあまり時間はないだろう。

 家康は少しでも時間を稼ぐために、宮廷の中でもっとも高い見張り塔を上り、最上部に開けた空中庭園へと出た。

 塔の屋上部分全体が、エルフ好みの花壇と人工森林に覆われていた。神木・宇宙トネリコをはじめとする美しいエッダの森全体を見渡せる絶景のスポットだが、「塔から落ちたらどうする。突然の地震で倒壊するということも」と異様に高所を嫌がった家康が危険を冒してここまで上ったのははじめてのことだった。それほどに追い詰められているのだ。

 その空中庭園には、不老不死のエルフでありながら寿命の限界を超え、老いさらばえた長老ターヴェッティがただ一人で佇んでいた――。

「ほっほっほ。イエヤス様、よくぞお越しくださいましたのう。近頃は、ご多忙なあなたと一対一で話すきっかけがなかなかありませなんだなぁ」

「……これは田淵殿。宮廷におられたか。俺はどうも誰かに填められたらしい。おそらくは人間の王・房婦玩具に。ただ、あまりにもわからぬことだらけで、みっともなく逃げて着た次第――かつて俺は『死ねば浄土に行ける』と信じてエの世界を必死に生きてきたが、召喚先の異世界でも惨めに逃げ続けている。浄土などは結局どこにもなかったらしい」

「いえ。厭離穢土欣求浄土というイエヤス様の願いは成就しておりますよ」

「ほう?」

「穢土とは、われらがエの世界と呼ぶ世界でありましょう。ならば、浄土とはこのジュドー大陸のことを指していると思われます。宇宙には幾層もの世界がございます。ひとつの世界で生を終えた魂は、次の世界へと輪廻致します。エの世界で肉体を滅した魂は、みなこの世界に転生してくる定めなのですじゃ」

「……それでは、ここは浄土? だが、えるふやどわあふたちはみな、この世界に生まれた者たちでは? エの世界から来た召喚者は、俺以外にはいないぞ」

「確かにわれらはこの世界に赤子として生まれし者ですが、魂はエの世界から来ているのですじゃ。ただ、エの世界の記憶は残っておりませぬ。勇者のあなた様は特別なのです」

「……俺はエの世界で、妻子殺しや主君殺しの大罪を犯した男だ。英雄などではない」

「いえいえ。あなたが勇者に選ばれた理由は、きちんとありますとも。イエヤス様はエの世界で、死後に神として祀られましたな?」

 確かにそうだった。家康は、自分が死んだ後に再び日本が戦国乱世に逆行することを危惧し、武力によって築きあげた徳川幕藩体制に一向一揆の如き「信仰」の力を加えて安定させようと画策した。

如何にして血筋では到底朝廷に及ばない徳川家に「信仰」の力を付与するかを巡り、金地院崇伝や南光坊天海といった僧侶たちと協議を重ねた結果、「徳川将軍家に、宗教的な権威を持たせる。家康の死後、久能山に東照社を建立し、朝廷より神号を賜り神として祀るべし」という結論に辿り着いたのだった。


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