第十一話 03
「おーっと、掘るルートを間違えたみたいだな。失敬失敬、あっはっは! いやー毎日毎晩仲間たちと好きなだけ穴を掘れて、気分はもう最高だあああ! この森の土や岩の質は掘りやすくてよ、ガンガン掘れるぜ! 今日はしくじったけど、ご注文の地下道工事は順調に進行してっからなイエヤスの旦那!」
「うむ、憎威よご苦労。頼むぞ」
「……ぐえー。どこをどう掘り散らかしているのよう。間違ってエレオノーラのお屋敷の床下に出口を開通したりしないでよ、ゾーイ?」
「んなところ掘らないよ、イエヤスの旦那の発注通りにやってるからさ。オレたちドワーフに任せておきなって!」
「たった今、ルートを間違えてるじゃん!」
「仕方ないだろー。今はドワーフ総掛かりで本命の地下大工事に全力投入中なんだ。人手、いやドワーフ手不足なんだよ。恒例の宴会はこの大仕事が終わってからだー!」
「憎威、お前が手違いをやらかすとは悪い予感がする。草鞋の緒が切れたような気分だ。今日開通する予定だった地下道の掘り直し、急いでくれぬか?」
「了解了解! ほーんと、旦那は心配症なんだよなあ。エの世界じゃあ、こんな性格でどうやって長生きしたのかねえ。んじゃなあー!」
げっ、地下大工事ってなに……? とセラフィナは怯えた。
「ねえねえイエヤスぅ。まさか地下神殿跡に手を付けてるの~?」
「そのまさかだ。逃げ隠れする際、地下ほど安全な場所はないのだぞ」
「イエヤスって基本的に負け戦前提だよねー。エルフはさー、自然や遺跡を弄られることを嫌うんだからさー。異種族をガンガン森に入れている時点で既に怒られてるのに、もし元老院にバレたらやばいじゃん?」
「俺は決して無理をしない慎重な男だが、じっくりと根回しする時間がないのだ。元老院貴族たちは、阿呆滓が懐柔してくれるだろう」
「えー? エレオノーラってば不憫~。荘園はイエヤスに魔改造されちゃうし、地下はわけわかんないくらい掘られまくってるし、花壇は半分以上失われちゃうし……お詫びの付け届けが干しスライム肉だけじゃダメだよイエヤス。ミソとか論外。もっとこう、心に響く美しい贈り物をしてあげないとー。エレオノーラってば美しいもの大好きなんだからぁ」
「生憎、俺は全てにおいて実用第一主義でな。美だの芸術だの数寄だのはよくわからん……ふむ、阿呆滓への贈り物か……なにが喜ばれると思う、射番?」
「……ええと……あのお方は日夜職務漬けですから、この薬園にお呼びしてはどうでしょうか? 植物に包まれた環境でセラフィナ様と一緒に過ごされることが、あのお方にとっては何よりもの癒やしになるかと……」
成る程。俺は構わんがなにしろ多忙な娘だからな、今日も貴族たちの懐柔で午後を潰す予定だしな、と家康は困った。あんたが厄介事を全部押しつけてるんじゃんとセラフィナ。
「それに、敢えて呼びつけるとなると接待せねばならず、銭がかさむ……もったいない」
「うっわ、せっこい!」
「……こほん。噂をすれば影と申しますわ、妾の愛らしい花壇の半ばを破壊してスライム牧場に造り替えてくださった勇者様。日々、妾の荘園が冗談のように野蛮な謎施設に改造されていく様を呆然と眺めている気分があなたにわかりますかしら?」
案ずるより産むが易し。問題のエレオノーラが、予定より早く元老院議員たちとの会食から引き上げて、荘園へ戻って来ていた。さすがのエレオノーラも、(もったいないとは妾をなんだと思っていますの)ともはや我慢の限界といった顔つきである。
さしもの家康もまずいと焦った。淀君が激昂する寸前の雰囲気に似ている。
「これは、阿呆滓。午前の宮廷での職務に午後の貴族懐柔の任務、ご苦労。俺は毎日、阿呆滓に感謝しているぞ。開発中の八丁味噌が完成した暁には一ヶ月……い、いや、一年分を進呈しよう」
「みっ……あんな獣の糞みたいな謎の食材、妾は要りませんわっ!」
「おお~エレオノーラ~! ちょうど誘おうと思ってたところなの! ねえねえ、スライムバーガーショップの新作焼きおにぎり食べるぅ? 美味しいよ!」
「……ミソっぽいなにかが入っていませんわよねセラフィナ様? 妾はあれがどうにも苦手ですの」
「入ってない入ってない。私ってばぁ、お料理の才能が完全に開花しちゃったみたい! エルフでも美味しく頂ける白ミソをいずれ開発しちゃうから任せて!」
「白くても茶色くてもミソは嫌ですわ。こほん。今日は、イエヤス様とセラフィナ様にお見せしたい新たな魔術の技をお披露目にきましたの。セラフィナ様と森の防衛にお役に立ちたいと思い、毎晩密かに修練してきたのです」
「えーっ? でも『解放の魔術』って植物操作の魔術だよね? あー、わかった! 薬草の成長速度をあげて漢方薬の大量生産を可能にしてくれるんだねっ? やったじゃんイエヤス~」
「その術はもう修得済みですわセラフィナ様。妾はただ花壇で花を愛でていたわけではありません。成長速度と魔力への反応速度が通常の数十倍という新種の樹木を生みだすべく、品種改良を重ねていたのです。イエヤス様が勝手に花壇にドワーフを入れて牧場だの薬園だのに改造したので一時は全滅も危惧しましたが、幸いにも木の種が残っておりましたの」
名付けて銀の樺と申します、とエレオノーラが種子を大地に放り投げた。そして詠唱。
一瞬のうちに種が芽吹き、天へと連なる大木が一本、生えていた。
さらにエレオノーラが詠唱を続けることで、数々の枝や根をまるで手足のように自在に操れる。根は大地から突如として吹きだして家康の脚を絡め取り、枝は鞭のように伸びてきて家康の腕を縛り付けた。
「おお、なんと素早い。まるで幻術だ。これは、忍術以上に面妖で厄介な術だな」
「木は炎に弱いため『壁』の代用にはなりませんが、万一の際にはこの銀の樺を用いてセラフィナ様をお守り致します。十年をかけてようやく、妾はエルフの白魔術の神髄をある種究めたと申せます」
「おおお、すっごーい!? エレオノーラってば、んもう水臭いんだからー! こんな新種新技を開発していたのに、今まで十年も黙ってたのー?」
「ええ、森に人間の間者が紛れ込んでいるかもしれませんから、完成の目処が立つまでは秘匿していたのですわ。け、決して、セラフィナ様がイエヤス様のもとを離れてくれないから急いで護衛用の技を完成させたというわけではありませんからね? 今後は妾がセラフィナ様の護衛役を務めます。イヴァン殿はイエヤス様専門の護衛官ということで」
イエヤス様にセラフィナ様を取られたと焦っていたんですね、とイヴァンが小声で呟いた。エレオノーラが、きっ! とイヴァンを睨みつける。「すみませんすみません」と震えながらイヴァンはセラフィナの背後に隠れた。
「これは便利だな。まずはこの荘園に、さらにエッダの森の要所に樹林させよう。炎に強い『壁』と組み合わせれば、大幅に森の防御力をあげられる」
「いいえ。手持ちの種子は数少ないのです。当面はセラフィナ様のためにのみ用います」
「わかった阿呆滓。では花壇の面積を拡張するがいい。残り一ヶ月でこの種子を増やせ」
「……これ以上荘園の森林を伐採したくはありませんが、セラフィナ様のためです。やむを得ませんわね……」
「私の荘園も使っていいよーエレオノーラ~! 狭いけどさー、あはははっ。うちはほら、ほとんど原生林だから! どこをいじられても特に問題ないからねっ?」
「いいですわね。それでは早速、セラフィナ様の屋敷の周辺を銀の樺の森に致します。銀の樺で屋敷の防備を固めますわ」
エレオノーラは「貴族たちの懐柔は今のところ上手くいっていますわ」と家康に淡々と告げた。実際にはかなり苦労していることが、険しい表情から読み取れる。だが、エレオノーラの危惧は貴族よりも、財務長官に就任したファウストゥスに向けられていた。
「……ファウストゥス様はドワーフギルドに命じて森の奥地に深い洞窟を掘らせ、その洞窟の中で一人きり黙々と仕事に耽っていますが……あまりにも人目を避けるので、禁断の黒魔術を用いているのではないかと森中のエルフが噂していますのよ」
「桐子は実際に黒魔術を用いているのだから仕方あるまい。黒魔術とはいえ、あれは諸国の情報を収集しているだけだ。誰かを呪殺したりするような邪悪な術ではない」
「ですが、稼いだ黄金の一部を洞窟に運び込んで埋めているという噂も……帳簿は彼が作っているので、どれだけ中抜きしているかはわかりませんが」
「中抜き自在と俺が認めているのだ、黙認しろ。国庫が潤えばそれでいい」
「ですが、貴族たちにはイエヤス様がダークエルフと組んで私腹を肥やしているのではないかと誤解されていますわ。エルフは金銭に潔癖ですので」
「案ずるな阿呆滓。俺も桐子から俺への中抜き分を受け取っている。万一の時のためだ。世の中、タダで動くものは地震だけなのだぞ。国庫とは別に、俺個人が自由に使える臍繰りは絶対に必要だからな」
「それでは、誤解ではなく事実ではないですか! 全くもう、あなたもファウストゥス様も、守銭奴なのですから……貴族たちからあなた方を庇うために毎日奔走している妾の立場も考えてください。黒を白と言いくるめるなんて、嘘が苦手なエルフにとっては拷問のようなものなのですよ?」
「どうどう、エレオノーラ。イエヤスのどケチぶりを今さら怒ってもしょうがないよー。もう長年のエの世界暮らしで守銭奴魂が染みついちゃってるんだからさあ~」
「世良鮒、用心深いと言え。エッダの森が大洪水で水没するかもしれんし、いつ何時俺がエッダの森から追放されるかもしれん。俺は常にそういう不測の事態に備えているのだ」
「大洪水でエッダの森が水没ぅ~? ないない! この千年、一度も起こってないよー! そりゃ森の天然の堀になっているザス河は超激流大河だけどさー、丘陵の上にあるエッダの森とは高い段差があるし城壁も建ててるからねっ! 河と繋がる運河の水門も鉄壁だからぁ、仮に運河の水が溢れてもきちんと森の外側に流せるようになってるのっ!」
「ええ、セラフィナ様のお言葉の通りですわ。洪水が起きたとしても、エッダの森を攻めている敵軍側が水に飲まれることになります。そもそもザス河ほど広大な大河ともなれば、人為的に洪水を起こせるものではありませんわ」
「うんうん。この森を聖地として保全してきたのは、エルフの祖先様たちの智恵だねー」
全くエルフたちは楽天的だな、と家康は爪を噛んでいた。
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