第十一話 01
家康によるエッダの森改造工事が、本格化していた。
ゾーイに声をかけられた多数のドワーフギルドが、「やっと不況から脱出できる」「異種族連合再建、万歳!」「仕事だああああ! 掘るぞおおお!」と一斉に山から下りてきて、続々とエッダの森に押しかけてきたのだ。
伝説の勇者の威光、異種族に対しては実に強し(気位の高いエルフ族を除く)!
荘園の改造工事が進んで一応の安全を確保した家康は、新たな屋敷と宮廷を毎日往復して大量の政務をこなしつつ、その合間に「健康のために運動は欠かせない」とエッダの森を散策して鷹狩り(異世界で狩りに用いる鳥は鷹ではないが、家康は鷹と呼んでいる)に興じる日々を過ごした。
鷹狩りは、ただの遊興や趣味の運動ではない。時間効率を重視する家康は、無礼講とも言える鷹狩りの場で、新たに連合に参入した多くのドワーフギルドの長や、勇者に興味を抱くエルフの町長や村長たち、「イヴァン王子のもとで働かせてください」と森を訪れたクドゥク族諸グループのリーダーたち、「ファウストゥスの大商売に乗りたい! これは勇者ゴールドラッシュ!」と一攫千金を夢見て各地から押しかけてきたダークエルフ商人たちと毎日直接面会し、いちいち直接言葉をかけて彼らとの絆を深めたのである。
もちろん、鷹狩りの間はイヴァン率いるクドゥク族に結界を張らせて、刺客による暗殺を執拗に警戒したことは言うまでもない。
かくしてエッダの森全域にわたって、人間軍を防ぐための様々な突貫工事が開始され、森は水上の巨大城塞と化しつつあった。
エッダの森の居住者人口は、押し寄せる異種族たちによってたちまち膨れあがった。
家康が着手した改革事業によって、今や異種族が商売や土木工事にいそしむ一大都市となったエッダの森は空前の活況を呈している。十年もの停滞が、嘘のようだった。
エレオノーラは「エッダの森の自然が破壊されまくりですわ、貴族たちが失神寸前ですわ!」と困惑したが、家康は「時間がなくてな」の一点張り。家康ほどの慎重な男がこれほどことを急くのは、自身の寿命が尽きたことを悟った大坂城攻めの時以来だった。
そんなある日、鷹狩り兼新規連合参加者たちとの面会を終えた後。
セラフィナが「スライム牧場の経営も軌道に乗ったよ~! ほらほら、これが宮廷前大通りの街に開いた新規ショップでぇ、本日発売の新作スライムバーガー! なんと、スライムパティ三枚重ねの大ボリューム! ハンバーガーが好物のドワーフ族に大好評なんだ~!」と家康に差し入れを持ってきた。
「……肉は滋養にいいが、三枚は多過ぎる。一枚で充分だ。代わりに野菜を増やしてくれ」
「鷹狩りで体力使ってるんだから、いーじゃん。ほんっとに節制好きなんだから~」
「まあ、今の若い肉体ならばこれくらい平気だろうがな。鯛の天ぷらのことを思いだすとどうもな……」
「ほらほら。冷めないうちに、食べて食べて~!」
「もぐ……うむ、味噌には及ばぬが、香ばしい焙煎クスクスのタレが実に美味だ」
「イエヤスのレシピで造ったクスクスタレ、結局茶色くなっちゃったよぅ、うわーん!」
「よかったではないか。タレが緑色や青色だったら食欲が失せるぞ?」
そう? 緑のソースのほうが美味しそうじゃない? とセラフィナは首を傾げる。
「ねえねえイエヤスぅ。毎日次々と異種族が押しかけてきて、森が溢れちゃいそうだよぅ~。そりゃ土地はいくらでも余ってるけどさぁ、食べ物が足りなくなっちゃわない~?」
「世良鮒よ。人が集まれば物資も銭も集まる。それらが集まれば、交易によっていくらでも食糧を手に入れられる」
「ほんとに~? エルフって経済とか商業に疎くてさ~。特にこの十年は鎖国してたから」
「どわあふがぶろんけん山の金鉱を掘り出し、国庫を預けた桐子が順調に銭を殖やしている。どわあふの労働者たちという新たな客を相手の新商売も繁盛中だ。異種族連合経済は上手く回転しているから、案ずることはない」
家康は、江戸幕府を築いた際には巨利を生む南蛮貿易を仕切る権限を独占して巨万の財を築いたが、経済的にも鎖国状態になっていたエッダの森では「まずは信長公を模倣して楽市楽座を実施し、各地から異種族を集めねばどうにもならぬ」と考えている。
いずれエルフ族と他の種族との間で深刻な対立が起きかねないリスクはあるが、先の戦争で大幅に人口を減らしたエルフ族だけでは森を立て直せないと悟ったからだった。
「そっかー。でもね~、これだけ異種族を森に入れると間者が紛れ込んじゃうってエレオノーラが頭を抱えてたよ~?」
「既に紛れ込んでいるではないか。一人だろうが十人だろうが同じよ。射番率いるくどく族の諜報能力と、桐子の黒魔術を併用すれば、間者とてそう容易に動けるものではない」
「おおー。慎重で疑い深いイエヤスも、イヴァンちゃんを信頼してるんだねー! ファウストゥスも男だよね? やっぱり……やっぱり男が好きなんだあああ、うわああ~ん!」
「だから、俺にはそういう趣味はないと言っている!」
「ほんと~? 人間軍の男性兵士の六割が男好きだって噂だよ~? 戦場で生死を共にしているうちにくっついちゃうんだってー!」
「確かに、戦国日本の武士にも衆道趣味があったな。信長公も美童の森乱丸がお気に入りだったし、前田利家殿も『若い頃は信長公と閨を共にした』と諸将に自慢しておった」
「ぐぇ~っ、それって自慢になるんですかーっ? マエダドノってさあ、そーゆー経験がきっかけで、幼女大好きなヘンタイさんになったんじゃないのぉ?」
「知らん。俺は衆道などに興味ない。『井伊万千代の前髪を下ろさせずに近場に住まわせて毎晩通っている』などと家臣どもに噂されていたが、あれは新参者へのただの妬みよ」
「そっかぁ。じゃあじゃあ、エルフ大将軍なんだからぁ、お嫁さんも娶らなきゃねっ! 名門貴族のお嬢さんとかどうかなー、立場も安定するしぃ。ああっでもでもエレオノーラはダメだよ?」
「……俺はもう、正妻は娶らないと決めているのでな……戦国日本では、正妻を二人とも不幸にしてしまったからな」
「だいじょうぶだいじょうぶ。今の人生経験豊富なイエヤスならきっと上手くいくって! あっ、でも、イエヤスの趣味ってマエダトシイエなんだっけー! わわわ私はままままだお子ちゃまだからぁ、結婚は早いかなああって! 肌はお餅みたいにぷにぷにだけど!」
「だから俺には、前田利家殿のような趣味もないと言っている!」
セラフィナを連れて狩り場から自宅へと戻る際、家康は宮廷前の大通りに面した新興商店街を見聞し、行き交う異種族たちに「こんばんは、徳川家康です」と笑顔を振りまいた。
これもまた、近頃の家康の日課である。
「ふむ。これがスライムバーガー店の第一号店か。えるふの茶店にしては、ずいぶんとけばけばしいな。南蛮趣味に傾いているというか」
「これは勇者様、王女様。当店の店主は、ダークエルフの拙者が勤めております。エルフの町長からは景観が乱れると苦情を言われておりますが、目立たねば客を集められませんので。主な客層はお祭り好きのドワーフですので。ささ、袖の下をどうぞ」
「そうか、わかった。うむうむ、町長には俺から一言言っておこう。商売に励むがよい」
「ははーっ! 有り難き幸せ!」
普段は無愛想な男だが、庶民の人気取りのためならば好々爺のような笑みをいくらでも浮かべられるのが家康の狸たるゆえん。しかも小銭も集められる。
「ぶーぶー! いつもと愛想がちがーうー! ちゃっかり賄賂貰ってるしー!」
とセラフィナは文句を言ったが、家康は「将軍だ勇者だと威張ってはみても、結局最後に頼れる者も、もっとも恐ろしい相手も、名もなき民たちなのだぞ。俺は若い頃の三河一向一揆で懲りているのだ」と地道なドブ板選挙活動の如き商店街散策を止めないのだった。
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