第十話 01
大陸南部。人間族の頂点に立つモンドラゴン皇国の聖都エレンスゲ、通称「黄金都市」。
モンドラゴン皇国は、一神教のモンドラゴン教を国教とする宗教国家である。騎士団長や領邦国家の当主に封じられている王侯貴族は、皇国への忠誠を示すために自らの家族を聖都の別邸に住まわせ、半年毎に自国から聖都に詣でて家族と再会を果たす。この人質制度は、奇しくも徳川幕府による参勤交代制に似ていた。
この日、ヘルマン騎士団団長バウティスタ・フォン・キルヒアイスは、アンガーミュラー王国初代国王・ヴォルフガング一世と久々に聖都の大教会で再会していた。
「フハハハハハ! 久しぶりだなバウティスタよ! エルフの森で勇者と一騎打ちをやって負けたと、俺の国でも噂になっているぞ! 相変わらず向こう見ずだな! 相手が、使者を殺めて開戦の口実をむざむざ作るような愚かな戦士でなくて助かったな!」
「う、うるさい! 人の敗北を笑うな! 相変わらず無礼な男だな! 声が大きい……」
「俺は背が低いのでな、大声を張り上げることで王としての威厳を保っているのだフハハハハ!」
ヴォルフガングは黙っていれば苦み走った美青年なのだが、口を開けば子供っぽい傲岸さが丸出しになる。元はヘルマン騎士団の傭兵隊長として大厄災戦争で活躍した平民の戦士だ。戦後、人間族の盟主たる教皇を頂くモンドラゴン皇国から、新興国家アンガーミュラー王国の初代国王に封じられ、戦乱によって荒廃した大陸北部の平定統治事業を委ねられている。
この成り上がりの若き王は、戦士としては異例なほどに小柄だった。ヴォルフガング自身「俺は平民あがりだからな。貴族様たちとは幼少期に食べてきたものの栄養価が違う」と自嘲している。貴族と平民とに体格差があることは事実だ。
だが、魔王軍を大陸から追い払い、王に即位して十年。今やヴォルフガングは王としての貫禄を重厚に身につけていた。小柄ながらも全身から圧倒的なオーラを放っている。
「た、確かに騎士としては手痛い敗北だったが、正々堂々の立ち合いだった。イエヤス殿には人間への害意はなかった。唐突に異教徒扱いされて困惑しているだけだ。それでもエッダの森を攻めるのかヴォルフガング。亡き父上のご遺志に背くのか?」
「フハハハハ! お前の顔を立ててあれこれ理由をつけ引き延ばしてきたが、エルフと異教徒の勇者が合流して一大異種族連合を築きつつある以上、やむを得んなあ~。俺はもう一介の傭兵ではない! 王として大国を統べる身だぞ? これからのジュドー大陸は俺が統べる。伝説の勇者など、もはや無用なのだ!」
「今日も自信過剰だな。なぜ、勇者イエヤス殿とともに魔王軍と戦おうとは考えない?」
「愚問! 俺は、魔王軍を撤退させた戦争の天才だーっ! 俺以外に魔王軍を殲滅できる武人がいるか!?」
「……まあ、お前が十年前に知略を駆使して魔王軍を撤退させたことは事実だが……」
「そう、事実ッ! もしも俺が勇者を庇って皇国から破門されれば、いったい誰が魔王軍を打ち払う? お前には無理だ。お前は強いが騎士道精神に忠実過ぎて、魔王軍を相手にしての虚々実々の陰謀の応酬には対応できん! どこまでもその手を罪に汚せぬ奴よ!」
「わ、私は父上をお手本として、騎士らしい騎士になろうとしているだけだ! お前こそ戦となると兵糧攻めとか水攻めとか、いつも狡い戦術ばかり用いて……精強な騎馬隊を持ちながら、卑劣だぞ?」
「褒め言葉、有り難し! 卑劣上等! 平民上がりの俺は、戦場に浪漫を夢見る騎士道精神など糞食らえよ! 戦はなぁ~、勝てばよかろうなのだ! フハ~ハハハハ!」
高笑い声が耳に響いて頭が痛くなってきた、とバウティスタはこめかみを押さえていた。
「……ヴォルフガング。なぜそれほどの自負心を抱きながら、枢機卿と組んで『人間主義』を掲げる? 父上が築こうとした異種族連合こそが、魔王軍を倒す最善の道のはずだ」
「フン、相変わらず正義感の強い女だな。今と当時とでは情勢が違うのだ、情勢が」
「私には、魔王軍が大陸から撤退した途端に仲間割れしたようにしか見えないのだが?」
「わかったわかった。その話は面倒だからまた後だ、まもなく猊下が到着する! 幼馴染みのよしみでお前呼ばわりを特別に許すが、公の場では『陛下』と呼べよ?」
やがて皇国の実質的な統治者であるクラウス・フォン・グナイゼナウ枢機卿が、二人の前に現れた。
「ふふっ。陛下、騎士団長殿、よくぞ参られました。こうして三人が揃うのも珍しいですね~。大厄災戦争の折には、三人揃い踏みして魔王軍と戦ったものです。あなた方のおかげで、ボクも今やこの若さで並み居る枢機卿たちを束ねる皇国の守護者。聖下より全権を託された聖都の統治者となれました。まずは礼を言わせて頂きますよ」
「おお、猊下よ! 相変わらず聖人じみた爽やかな笑顔だな、フハハハハ!」
年齢は二十代半ば。男なのか女なのか判然としない中性的な容姿。緋色の聖服に身を包んだグナイゼナウ枢機卿は、かつて皇国の監査役としてヘルマン騎士団に随軍していた。
陣中にも教団最古の預言書「聖マスカリン預言書」研究に没頭していた敬虔な信仰の徒で、霊性を保つために生涯不犯を誓い、皇国の頂点に立った今なお禁欲を貫いて異性を一切寄せ付けない。滅多に感情を表さない自制ぶりといい、柔らかな物腰や慈愛に満ちた笑顔といい、筋金入りの聖職者と言っていい。
だが彼は一方では異種族を激しく嫌悪し、先代騎士団長ワールシュタットが「人間主義」を否定して異種族との本格的な連合に奔る様を常に批判していた。
そのワールシュタットの討ち死にとエルフ王都陥落、ヴォルフガングによる騎士団再編成と継戦、そして勝利までを、騎士団に隋軍していた枢機卿は監査役としてその目で見てきている。ヴォルフガングが戦争を終結させたため、枢機卿は一躍皇国のトップ――枢機卿団首席に躍り出た。ヴォルフガングも、枢機卿が望む「人間主義」再興路線に賛同し、その見返りとして枢機卿の推薦によって大陸北部を統べる新王国の王に封じられたのだ。
お互いに手を組んで大陸随一の権力を掌握した二人だが、常にヴォルフガングのほうが「主」で、枢機卿のほうが「家臣」の如く王に諂っている。現に今も、王は枢機卿に頭も下げないし、枢機卿は文字通り揉み手をしながらヴォルフガングの機嫌を伺っている。
バウティスタは、
(ヴォルフガングは異種族の扱いが厳し過ぎる。魔王軍に滅ぼされた異種族の王国を復興させず、次々と自分の支配下に置いている。とりわけ、亡国の流民となったクドゥク族や、森に押し込められ今その森をも奪われようとしているエルフ族は哀れ過ぎる)
と、ヴォルフガングの飽くなき権力欲に義憤を感じていた。だが、「全ては教皇聖下のご意志だ」と言われれば、修道騎士団の団長としてはなにも言えない。
「フハハハハ! 猊下の威光は北部にも届いているぞ! 後ほど猊下の邸宅に、王都から運んできた付け届けを運ばせて頂く! 先日猊下から頂いた宝物への返礼である!」
「ああ、あの宝物は贋作だったらしいですねぇ。ボクの眼鏡違いでした」
「いや、まだ偽作と決まったわけではない。どのようなものであれ、使いようはある! ともあれ、返礼は返礼だ。受け取るがいい! 俺は借りを作りたくない男でな!」
「律儀なお方ですね。ボクの邸宅は、陛下の別宅の隣ですから、運搬も容易いでしょう。生涯酒も美食も女色も断ったボクですが、古美術品の蒐集だけはどうしても止められないんですよ。ボクも昔のように戦場に馬を駆りたいものです、陛下」
「うむ。わが王国の新都ヴォルフガングリオンは、鬱蒼たる森を伐採して『草原の都市』に改造した故、自慢の騎馬兵を縦横に動かせるぞ! いずれ王都で馬比べでもどうだ?」
「はい、喜んで。エッダの森を接収して南北縦断街道を開通させた暁には是非とも」
王国が築いた新王都は、かつてはエルフ王国の都だった。王都を魔王軍から奪回したヴォルフガングは、王都をエルフに返還せず、自らの新王国の都に改造してしまった。都の名前を変え、広大な森を草原に造り替えたのは、「以後ここは森の民エルフの都ではなく、騎馬兵を縦横に動かす軍事国家アンガーミュラー王国の都である」というヴォルフガングの意思表明だった。
エルフの王都を奪った上、さらにエッダの森までは奪わないだろう、とバウティスタはヴォルフガングの良心を信じていた。しかし、今やその望みは絶たれた。
枢機卿は、異種族を人間の眷属ではない「亜人」だと信じている。「異種族であろうとも改宗すれば人間と同等である」という本来の教団の教義を、枢機卿は「異教を奉ずる異種族は人間にあらず」と拡大解釈し、教団教義の本流にしてしまったのだ。
「それでは跪いてくださいませ。陛下よ、騎士団長殿よ。聖下より正式に『エッダの森を接収せよ』とのお言葉が降されました。騎士団長殿がエルフに半年間の猶予を与えたため、出陣は猶予期間が切れる一ヶ月後とします。これはご聖断です。これ以上出兵を一日も延ばせぬこと、ご承知願えますか?」
ヴォルフガングが「フハハハハ! 聖下のご命令、承った! 異教徒の勇者を倒し、エッダの森を破壊して南北を繋げる街道を築いてみせようぞ!」と承諾した。
「ああ、ついにご承諾頂けました! ありがとうございます。南北縦断街道が開通すれば、北部の王都と南部の聖都間の往復が容易になり、陛下による北部統一事業も一気に進みます。陛下は、異種族どもが語り継いでいた伝説の勇者をに超える誠の英雄になられますよ」
バウティスタはしばし返答を躊躇ったが、異教徒の勇者家康を捕縛できなかった彼女に拒否する権利はない。家康を捕縛できていれば、エルフ族は籠城を断念して彼女が準備した代替地に移住したかもしれないのだが――。
「おや、騎士団長殿? 外交交渉で失点していながら、まさか聖下のご聖断を拒絶するというのですか? 不服ならばこの場であなたを破門に処してもよろしいのですよ?」
「……いえ。われらヘルマン騎士団は信仰に魂を捧げた修道騎士団。このバウティスタ・フォン・キルヒアイスも承諾致します、猊下。最小限の犠牲で森の接収を成功させるべく努力します」
「そうですか、そうですか。次こそは勇者を倒してください、騎士団長殿。それで戦争は終わり、そなたの失点も帳消しとなります。アンガーミュラー王国が大陸北部平定の任務を押し進めている今、ヘルマン騎士団の存在意義は薄れていますからね」
「……はっ……」
「あなたと騎士団の不遇は、誰の責任でもありませんよ。エルフ族やクドゥク族などを頼りにしたあなたのお父上の不明を呪うことですね。改悛して励んでください、騎士団長殿」
かつてワールシュタットと異種族の扱いを巡って対立していた枢機卿は、バウティスタ率いる騎士団に当たりが強い。今やバウティスタは微妙な立場に立たされていた。
枢機卿がバウティスタに何度も「どうかよろしくお願いしますね」と頭を下げつつ満足げに立ち去った後、直情的なバウティスタは「フハハハハ! これでいつ沈むかわからん船旅や西回りの長ったらしい大迂回の旅も終わりだな!」と高笑いするヴォルフガングに思わず抗議した。
「ヴォルフガング。お前は王に即位して以来十年、異種族を弾圧し続けてきたが、魔王軍と戦うためには彼らとの連合が必要だ! 枢機卿は間違っている。彼を説得してエルフ族に手心を加えさせるべきだ!」
「バウティスタよ、俺とてエルフ族を皆殺しにするつもりはない。逃げ場を用意しておかねば、籠城している連中全員が厄介な死兵と化すからなぁ~。大陸最南端のノイス周辺に、広大な空き地がある。そこをエルフ族に提供してやればいいだろう」
「……砂漠の都市ノイスの周囲は、水源すらない、見渡す限り砂漠が広がる不毛の地だ。森の民エルフが生きて行けるはずがない! 多くのエルフが乾きで倒れていくぞ。私は、緑豊かな森の都市ハグリの近郊を代替地として考えて……」
「いやハグリはダメだ。あの地方は、峻険な山脈によって皇国領から隔てられている秘境の地。再び反旗を翻されては厄介だ。よいな、エルフ族はノイスの砂漠に移住させる」
「……ヴォルフガング……! お前は父上の忠実な片腕ではなかったのか! よくもこの十年、父上のご遺志を踏みにじり続けて……!」
「相変わらず甘いな、お前は。異種族との連合軍などいざという時に頼りにならんことは、図らずも親父殿が証明してしまった。俺が指揮する統一軍を築きあげねば、強大な魔王軍を滅ぼせん。その俺に立ちはだかってきた厄介な存在が、異教徒の勇者よ」
「イエヤス殿は異教徒ではなく、単にエの世界から来たばかりでモンドラゴンの信仰を知らなかっただけだ」
「だが、人間なのだろう? 亜人どもをかき集めて人間勢力に立ち向かうとは、エの世界の人間はなにを考えているのかわからんなぁ~。おおかた、いまだに伝説の勇者を崇める迷信深い異種族どもを誑かし、この世界の人間に取って代わり支配者になるつもりだろう」
「それ以上イエヤス殿を愚弄するな! あの男は吝嗇だし用心深過ぎるが、エの世界で生涯を賭して一国を統一した英雄だぞ!」
「フン。一騎打ちに敗れて心が折れたか、バウティスタ。それとも自分を倒した勇者に心を奪われでもしたか? だから、騎士になどなるなと言ったのだ」
「……ぶっ……無礼者……! これは色恋の話などではないっ! 私を愚弄するな!」
激情に駆られたバウティスタは、思わずヴォルフガングの頬を叩いていた。
「フハハハハ! 相変わらず、気丈な女だ! 親父殿に似てきたな、バウティスタ!」
「……あっ? す、すまないヴォルフガング。つ、つい……」
「構わん、構わん。俺とお前は兄妹も同然だ。たまには喧嘩することもあるとも!」
かつて兄とも慕った男が、権力欲と「人間主義」の権化になってしまった。父上の理想とは真逆の道を生きる覇王に。バウティスタに対しては昔と変わらない根の優しい男であり続けているのに、なぜ。どうしてだ、いつどこで二人の生き方はすれ違った?
バウティスタは戸惑いながら、ヴォルフガングのもとから走り去っていた。
「バウティスタよ、気に病むことはないぞ! 俺は、正面接戦を避けて絡め手で戦に勝つ知恵者だ。戦はただ一人の犠牲で片付けてみせる、フハハハハハ!」
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