第九話 02

「服部半蔵並みの反射速度! 見事な体術だ射番。手に握っているそれはなんだ?」

「……これは、ストリボーグ家の男子に伝わる一子相伝の暗器スヴァントです、勇者様。僕がスヴァントを握りしめると、先端の針が長々と伸びて相手の急所を貫き絶命させます。主に心臓または延髄に用います。細いのでほとんど傷口も目立ちませんから、急死したように偽装できます。咄嗟の格闘時には、このように相手の喉や顔面にスヴァントを向けて針を打ち込むこともあります。予め針に毒を塗っておけば、急所を外しても殺せます……」

 ひいいいえええええ~!? 今掌を握りしめたら家康の額に毒針ぶすりってこと? とセラフィナは椅子から転げ落ちてエレオノーラの脚にしがみついていた。

「……ど、毒は塗っていません……勇者様を相手に、握ったりもしませんよ……」

「こわっ! こんなあどけない子供のような美少年が、イエヤスを殺そうと思えば殺せる凄腕暗殺者だったなんてー? ああでも、淡々と自分の必殺技を説明しながらも照れて頬を赤らめちゃって、しかもちょっと涙目? かわいいっ!」

 エレオノーラが「こんな暗器の存在は初耳ですわ」とスヴァントをまじまじと凝視している。イヴァンが過酷な流浪生活を続けながら生き延びてこられた秘密は、この暗器なのだろう。

「……こ、これはストリボーグ家の始祖様が、当時懇意にしていたドワーフの技術者に作らせたものと伝わっています。この針の材質と加工法が独特で、現代の技術ではもう作れないそうです……」

「ならば、これは門外不出の武具なのだろう。忍者は、己の命綱となる秘術を決して他言しないものだ。俺たちに教えてもいいのか?」

「……は、はい。忠誠心の証として……イエヤス様やエルフ族を暗殺する意思は僕たちにはない、クドゥク族は再独立の夢を果たすために異種族連合に参加したいだけだと信じて頂くために敢えてお見せしました。て、手荒い真似をして、すみません……」

「よくわかった射番。俺はお前たちのような忍者集団を求めていたのだ、全員採用する」

「……ぜ、全員ですか? あ、ありがとうございます……!」

 さっすがイエヤス、いよっ太っ腹~とセラフィナは喜んで飛び上がったが、元老院の反応を想像したエレオノーラは気が気でなかった。

「エレオノーラ。クドゥク族を森の中へ収容し、居住区を用意してやれ。元老院とは相当に揉めるだろうが、お前の外交手腕でどうにか根回ししてくれ。そのためならば貴族を集めて贅沢な宴会をいくら開いてもいい、今回は倹約しろとは言わん」

「し、知りませんわよイエヤス様? ダークエルフとドワーフギルドを連れ帰っただけでも一大事ですのに、よりによってクドゥク族まで。社交家の妾にも限界はありますのよ」

「わかっている。だが射番は俺の護衛役として最適の逸材だ、なんとかしてくれ。射番にはわが小姓役を命じる――二十四時間俺のもとから離れず、暗殺者から俺を護衛するよう」

「……は、はいっ! 仰せのままに。あ、あのう……い、いいのですか?」

「うむ。お前の手練れぶりは既に堪能したし、お前はこの場で俺を殺そうと思えば殺せたが、やらなかった。しかも暗殺用の秘術も公開した。信用するに足る」

「……あ……ありがとう、ご、ございます……お、お勤め、頑張ります……」

「へえー。慎重なイエヤスにしては全身暗殺者みたいなイヴァンちゃんをあっさり採用するのねー。あー、わかったー! イヴァンがとびっきりかわいいからでしょー! 小姓のなんとかマンチョに似てるって言ってたよねー! うーん、怪しいっ!」

「世良鮒、お前はなにを言っているのだ……」

「イエヤスってばマエダトシイエよりも凄いヘンタイさんかもしれないじゃん? 私の寝所に忍び込んでこないのも、男の子にしか興味がないからなんだー! そうに違いなーい!」

「男だろうが女だろうが、俺は子供に興味はない! というわけで、今宵から射番は世良鮒の屋敷に俺の護衛役として同居することにする。これでいよいよ安全だ」

「ぐえーっ? ちょっとーっ!? 乙女の屋敷に美少年を連れ込むとか、無神経過ぎてサイテーッ! すっごく楽しそうだけどーっ!」

「お前は怒っているのか喜んでいるのか、どっちなのだ」

「……セラフィナ様の家での三人暮らしは、少々手狭ですわよ? 一刻も早くイエヤス様専用の屋敷を準備しなければ……貴族はみな、イエヤス様の吝嗇ぶりを知っているので用地を貸してくれず……なかなか候補地が見つかりませんの。はあ……」


 家康はイヴァンを連れてセラフィナの屋敷に帰り、イヴァン用の新たな寝室を確保した。

 エレオノーラは「暴発寸前の貴族たちを宥めて参りますわ」と宮廷が立つ丘陵の麓に広がる夜の街へと出払い、気が早いゾーイは「それじゃー森での最初の穴掘り開始だー! 一晩で掘りまくって、ねぐらにするぞー!」と家康から渡された施行計画書及び仕事道具一式を抱え、ドワーフギルドの面々を連れて意気揚々と森の中へと乗り込んでいった。

 家康は賓客としてダークエルフのファウストゥスを晩餐へと招き、「なんで私が晩餐の調理をぉ~? 王女とは名ばかり、うちは生活かつかつだから料理人とかいないんですうー! そりゃ確かに私はお料理が得意ですけどー! 急に晩餐を開かれても食材が足りないよう!」と泣き顔で厨房に立ったセラフィナが「イエヤスも手伝ってよう」と急遽手料理を調達することに。

 幸運にも、まだ牧場用地を確保できず、厩に飼っていたスライムの肉が役に立った。

「ふえ~。なんとかできた~! 晩餐会やるならもっと早く言ってよね、無茶ぶりするんだから~。今夜はスライムパーティだー!」

 かくして、種族の異なる四人は小さなテーブルを囲んで、夕食を取った。

 だが向かい合ったファウストゥスとイヴァンは互いに、

(クドゥク族が人間を嫌うのは当然ですが、イエヤス様もまた人間。話が上手過ぎて、まだ信用ならないですねえ)

(……守銭奴と悪名高いダークエルフ商人がどうしてイエヤス様のもとに? 先日、人間の王国軍に大量の兵器を売ったばかりでは?)

 と互いを警戒し、言葉を交わさない。

 家康は家康で、こういう時にはっきりとものを言わない。晩餐の空気を読むよりも、健康第一主義のイエヤスにとっては目の前の食事のほうが大事なのである。

 家康は、故居岡崎の八丁味噌に似せて造った代用味噌の試作品を、ケラケラの上に箸で載せて淡々と食べ続けていた。

「ふむ。なかなかの出来だが、まだまだ食感を似せただけだな。まだ本物の味噌の風味には程遠い。さらなる研鑽が必要だ」

 ミソにしか興味がないんかーい! 空気を読んで場を和ませんかい! とセラフィナは家康に腹を立てた。だが今はとにかく、会話。この冷え切った空気を変えなくては。

「ねえねえイエヤス? そう言えば小姓ってなにー? イエヤスってもしかして、美少年趣味の持ち主だったのー? 人間男性軍人の約半分がそうだって聞いたことはあるけれど、信じられない! いーやー! 私ってばイエヤスにとって男の子以下だったのねーっ!」

「なにを騒いでいる世良鮒。俺にそんな無駄な趣味はない。男に奔っても子供は作れないのだぞ、限りある体力を消耗するばかりではないか。俺がそんな命の無駄遣いをするはずがあるか、もったいない」

「それって性癖を否定しているわけじゃないですよねーっ? 自分の性癖まで吝嗇倹約の精神で抑圧しているだけじゃないのーっ?」

「だから、俺は男には興味がない。小姓趣味に目覚めさせようと美少年を家臣団から紹介されるや否や、舌なめずりをしながら『そなたに姉か妹はいるか』と小姓候補の美少年に姉妹を紹介してくれと言いだした太閤殿下ほど女好きでもなかったがな……」

「へえ~? それじゃエの世界では何人の側室を迎えたのよーう? 正直に言いなさいよー?」

「そんな話をしている場合か。せっかくのスライムステーキが冷めてしまうではないか」

「イエヤス、曖昧に誤魔化さないっ! その顔は後ろ暗い隠し事をしている時の顔だー!」

 まだ全然結婚適齢期ではないと言いながらも、そういう話に興味津々なのはどこの種族の娘も変わらんな、と家康は観念した。

「……俺は七十五年も生きたからな。通算すれば側室は二十人程いただろう。同時に二十人も集めたわけではないぞ」

「ギャー! なにその人数、サイテー! エルフはもちろん、恋愛好きな人間たちだって一応は一夫一妻を建前としてるんだよ、そりゃ異教徒扱いされちゃうよ? ねえねえ、どんな女性が好みだったの~?」

「若い頃の俺は、年上で子持ちの女性を側室にすることにこだわっていた。子造りは国主としての任務。『子を産めるかどうか』が何よりも重要だったから、確実に子を産める女性、つまり経産婦を選ぶことで子造りの効率を重視した。貴重な体力を子造りで消耗したくはなかったのだ」

「うっわ。即物的というか計算尽くというか。イエヤスってそういうところあるよねー。つくづく夢がないねー。どこまでもケチ臭いんだからぁ」

「前半生で迎えた側室は、孫の乳母を務めていた未亡人のお愛。俺に降伏した穴山梅雪殿が人質として差し出してきた奥方のお都摩。子持ちの未亡人だったお牟須。これまた未亡人で、そこいらの商人以上に商売上手だった阿茶の局。自分を追い回す悪代官を罰してくれとこの俺に直々に訴え出てきた女傑の子連れ未亡人・於茶阿だ」

「ぐえっ? 年下の女の子には興味なかったのっ? っていうか既婚者が多過ぎない? なんだか側室というより、女だらけの近衛兵軍団……」

「全ては効率よ。歳を取って体力が衰えてからは、出産経験の有無よりもとにかく若い母胎こそ妊娠確率をあげられると考えた俺は、側室を若い女性に切り替えたぞ」

「出産効率が全てなんか~いっ? 牧場での馬の繁殖作業じゃあるまいし、なんだか乙女としてイラッとしてきたんですけどっ?」

「……全ては限られた時間と体力とで子孫繁栄と長寿を両立するためだったのだ、許せ」

「後年は、具体的に何歳の娘さんを側室に~? 膨らむマエダトシイエ疑惑ぅ! 教えなさいよう!」

「なんで、そんなことまで根掘り葉掘り……他言無用だぞ」

 家康は前半生を後家好きとして知られているが、老いてからは突如ロリコンに変貌したと後世疑われている。

 老境に入った家康の側室は、前半生とは打って変わってみな若かった。

 お梶。家康四十八歳の時、十三歳で側室に。

 お万。家康五十二歳の時、十五歳で側室に。

 お夏。家康五十五歳の時、十七歳で側室に。

 お梅。家康五十八歳の時、十五歳で側室に。

 お六。家康六十七歳の時、十三歳で側室に。現代なら完全に事案である。

あまりにも女性への趣味趣向が変貌しているので「徳川家康影武者説」が囁かれるようになったくらいだが、家康は彼独特の効率主義を頑固に貫いただけである。


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