第九話 01
「……勇者様。ぼ、僕はクドゥク族の王子イヴァン・ストリボーグと申します。先の大戦で国が滅びて以来、一族を率いて大陸を流浪してきました。異種族を集結させて人間と戦おうとしておられるとのお噂を伺い、仕官願に参りました」
クドゥク族は黒髪黒目を特徴とする種族で、人間から派生した比較的新しい種族だという。一見すると人間とほぼ見分けがつかないが、子供時代に成長が止まるために「子供だけの種族」と呼ばれている。年齢を重ねれば生殖能力を得られるが、外見は十二歳前後のまま老いない。
(……十二歳のまま老いぬとは、驚いたな。前田利家殿がおられたら、「死ぬまで肌がお餅のようにすべすべなのか!?」と泣いて喜んだであろうな)
テント内に家康一行を招いた亡国の王子イヴァンは、見た目は十歳ほどの見目麗しい少年だが、実年齢は十八歳だという。クドゥク族としても早めに成長が止まったらしい。クドゥク族の民族衣装である褐色のローブに小柄な身体を包んでいるその姿のせいか、夜間でも視力が利く「夜目」の持ち主だからか、彼らは「砂漠のスカベンジャー」とも「闇の暗殺ギルド」とも言われている。また、「行く先々で災いを招く一族」という悪名も。
「ちょっと~っ? 暗殺ギルドのボスだと聞いていたのに、星の王子様みたいに美しい! かわいい! なにこれ、この世の生き物なの? ほっぺったぷにぷにしていい?」
「……あ、いえ、それはちょっと……僕、子供じゃないです……」
イヴァンは、無表情で感情の起伏に乏しい少年だった。常になにかに怯えていて、触られるのが苦手らしく、人との距離が近いセラフィナに絡まれて困惑している。
「セラフィナ様、はしたないですわよ。暗殺の民と恐れられるクドゥク族を森へ受け入れることに元老院議員たちが大反対しているそうですが、どうしますのイエヤス様?」
「射番は、小姓時代の井伊万千代によく似ている。万千代は関ヶ原で銃創を負って若死にしたが、徳川四天王最年少の武辺者であった。射番よそなた、武芸は嗜むのか?」
「……は、はい……僕たちは小柄さと敏捷さが売りですから。暗殺、諜報活動、要人護衛が得意分野です……個人個人が、それぞれの家系に遺伝する異能力を持っているんです」
予め家康はエレオノーラからクドゥク族についてのレクチャーを受けていた。
大厄災戦争では、それまで「われらの異能力は他の種族に恐怖と疑惑を生む。決して歴史に介入するまい」と誓い慎ましく目立たずに暮らしていたクドゥク族も、大陸諸種族の危機を前に立ち上がったという。
このためクドゥク族は魔王軍の大攻勢を受けて本国を失陥し「流軍」となったが、ヘルマン騎士団長ワールシュタットに騎士団付きの傭兵部隊として雇われ、神出鬼没を誇るゲリラ戦のエキスパートとして大いに活躍した。
だが、クドゥク族が大陸支配を伺っているという内容の「偽書」が大陸に流布されたため、騎士団との契約が打ち切られた。以後、「人間主義」を掲げた皇国はクドゥク族の弾圧を開始した。彼らの圧倒的に高い暗殺技術と諜報技術を恐れたのだ。
四分五裂したクドゥク族の中核グループは、幼い王子イヴァンのもと、その場限りの汚れ仕事を請けつつ各地を転々としてきたのである。
種族を問わずエッダの森に人材を集める勇者家康の登場は、そんなクドゥク族にとって渡りに船と言っていい。
「……言葉よりも、実戦でお見せするのが早いかと。体術を少々、お見せします。勇者様」
「うむ。そなたの特技を披露してみせよ。俺は忍びに目がなくてな。是非とも見てみたい」
「僕の身体能力はエルフやドワーフをも凌駕します。手加減はできませんので、ご注意を」
「俺もさんざん鍛えているし、勇者特典を女神から貰っているので、並の人間よりも遥かに強い。心配はない」
エレオノーラが「もしも刺客でしたら危険過ぎますわ」と家康に忠告したが、セラフィナは「こんなにかわいいイヴァンちゃんが刺客なわけないじゃん、だいじょうぶだいじょうぶ! 頑張ってイヴァンちゃん~! イエヤスに認められたら採用だよっ!」とあくまでも前向きなのだった。いつも通りのセラフィナだなと家康は苦笑した。
「それでは、参ります――!」
「おっ!?」
「「「消えた!?」」」
文字通り、一瞬のうちにイヴァンの姿が消え失せた。
エレオノーラたちの目は、イヴァンの動きを全く追えなかった。
セラフィナに至っては「あれえっ? イヴァンちゃんは一歩も動いてないじゃん? どうしてみんな、消えたって騒ぐの? あーっ、もしかして残像っ?」と残像を実体だと思い込んでいる始末。
誰もイヴァンの動きを捕らえられなかったのも無理はない。
家康の正面に跪いていたはずのイヴァンの身体は、予備動作もなく瞬時に家康の背後に回っていたのである。まさしく衆人たちの虚を突いた動きだった。
「なんとっ? 恐るべき瞬発力と加速力! 伊賀甲賀にもこれほどの者はいなかった!」
動体視力と気配探知に優れた家康は、かろうじてイヴァンの動きに反応した。
身体を後方へと捻ってそのまま「三戦立ち」の姿勢を取り、背後に迫るイヴァンの攻撃を避けようとした。
だが、その時にはもう家康の顎へとイヴァンが掌を突きあげてきた。
「速いッ!? まるで、真田忍群として大坂で俺を追い回した猿飛佐助……!」
家康の脳裏には、「徳川家康最後の戦い」となった大坂夏の陣の惨憺たる記憶が蘇っていた。
大坂城の堀を埋め尽くして大軍で押し囲み、圧勝確定だったはずの決戦場で、「歴戦の勇者たちはみな死んだ。こたびの戦は、孫のようなひよっこばかりよ」と余裕綽々だった七十四歳の総大将・徳川家康は、生涯の天敵だった真田一族の将・真田幸村率いる赤備え騎馬隊の猛攻を受け、家康を守っていた若い旗本たちは「真田が出たあああ!」と悲鳴を上げて家康を放置して逃亡。
これだから若僧は信用ならぬ! と激しい胃痛と恐怖に襲われた家康は、慌てて本陣を捨てた。恥も外聞も忘れて、「待てっ、この古狸め! まだ生き足りぬか! 真田の六文銭これにあり!」と執拗に追撃してくる真田軍から必死で逃走し、からくも一命を取り留めたのだが、最後の最後まで恐るべき健脚で家康を追ってきた真田忍びこそが超高速で駆ける「猿飛」の術を用いる韋駄天の佐助だったのだ。
「勇者様、口を動かして舌を噛み切らぬよう!」
「……むうっ……!」
死の間合いに入ったイヴァンと家康は、素手同志で数度、互いを打ち合った。イヴァンは掌底で、家康は拳で。お互いに急所への一撃を狙うが、ともに近接戦の達人同士。相手の攻撃をイヴァンは己の堅い肘を用いてピンポイントでガードし、家康は「これが琉球王より伝授されし琉球手の奥義、マワシウケである!」と掌で円を描きながらイヴァンの攻撃を風の如く受け流して捌いた。
ははははは速くてお互いになにをやっているのか全然わかんないっ? 二人の間だけで時間が加速してるぅ? とセラフィナは唖然となった。イヴァンの俊敏な格闘術も驚異的だが、その速度にほぼ追いついている家康も並大抵の武術家ではない。
ほうさすがは勇者、これでわたくしを超える吝嗇家でなければ大英雄ですのに惜しい、とファウストゥスは家康の文武両道に秀でた多芸ぶりに関心している。
喧嘩に目がないゾーイなどは、「うひゃあああ、すげえええええっ! やれっ、やっちまええ~!」と興奮して鼻血を流していた。
「……勇者様。これより奥義をお見せ致します。あなたならば防げましょう。必殺の暗器を用います、失礼します……!」
「ま、待てっ! 暗器だとっ?! いかん、腹具合が限界に……!」
顎をしたたか掌底で打たれそうになった康は、即座に片手でイヴァンの細腕を掴んで強引に制止した。
そのイヴァンの掌の中には小さな純銀造りの球体が握りしめられていた。
球体の中央には、鋭い棘のような金属棒の先端部分が露出している。
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