第八話 05
「鉱山開発、改造工事に加えて余裕があれば鉄砲の生産も請け負ってもらう。半年でどれほど準備できるかが勝負になる。俺の予想では、人間軍の攻撃に耐え抜くうちに、いずれ暗黒大陸で魔王軍が再始動したという情報が飛び込んでくるだろう。それまで耐久できれば、再び人間と異種族の連合はなる。俺はその時を待ち続ける。忍の一字で」
「人間との再連合は気に食わねーが、オレは師匠に乗るぜ! あんたはガチでマジの勇者だ。イエヤス師匠なら『人間主義』なんぞを掲げる皇国の鼻っ柱を折って、いろんな異種族が一緒に暮らせる世を取り戻してくれるよな! よーし、やるぜーオレはっ!」
家康の手を掴んで振り回し、盛り上がるゾーイ。その二人の微笑ましいやりとりを背後からじ~っと無言で眺めていたセラフィナは、エレオノーラに呟いていた。
「……ちょっとちょっと。イエヤスって高貴な女性より、庶民的な女の子のほうが趣味らしいんだよ。最初の奥さんが気位が高くて苦労したからだって。わ、私は別に焼き餅とか焼いたりしてないけどぉ、なんとなーく誇り高きエルフの王女として屈辱じゃん?」
「くす。あの目は、完全に孫を観る翁の眼差しですよセラフィナ様。まあ、今のところセラフィナ様もイエヤス様にとっては孫、あるいは孫以下のなにかでしょうけれども」
「どういう意味よーっ! 孫以下ってなにがあるのよーっ!? 赤ちゃん? 私ってば赤ちゃんなの?」
「まあ、良ければ赤ちゃん。悪ければキャンキャンとうるさい愛玩動物といったところですわね。あまりにアレなので、保護欲をうっかりかき立てられてしまうのですわ」
「それはエレオノーラ、あなた個人の感想よねーっ!?」
「なにを騒いでいる世良鮒。早く『主』の肉を食え。焦げると堅くなるぞ、ほら」
「わかってるわよー。あーん。あむっ! ふはぁ~、スライムとはまた違った堅い赤身が噛み応え抜群で、美味し~い!」
「口で直接食いつくな。きちんと手を使え。犬か、お前は」
「……やっぱり愛玩動物扱いされていますわ。餌付けされている……」
気づけば、三度も猛獣と自ら戦ってしまった、俺ほど慎重な男がこういう危険を三度も冒したのは手練れの「護衛役」が不在だからだと家康は「主」の肉を囓りながら反省した。
「桐子よ。いつ人間側の刺客が俺を襲うかもしれん。服部半蔵や柳生宗矩の如き強者を常に侍らせておきたい。その者が、蜥蜴にはできない高度な諜報活動を行える集団を束ねていればなお望ましい。そう、俺には『忍者』が必要だ」
「既に長老様も推挙されておられますが、かつて大厄災戦争で暗殺や諜報を生業としてきた呪われた種族、クドゥク族しか適任者はおりませんわね。外見は人間によく似ていますが童顔早熟で、十二歳程度で成長が止まります。その小柄さと恐ろしい敏捷さを活かし、人間の子供に化けてどこへでも侵入し、各家系毎に遺伝修得した謎めいた技を用いて実にいい仕事をいたしますの」
「うむ、明らかに忍者の類いだな。だが、どこにいるのかわからぬのだったな」
「ふ、ふ、ふ。連中はかつては小さな王国を持っていましたが、エルフ同様に大厄災戦争で魔王軍に王都を奪われ、今は四分五裂してそれぞれ流浪の民となっております。皇国から『毒使い』『悪魔の種族』と忌み嫌われて定住地を得られぬ彼らは、銭さえ払えば容易に雇用できるでしょう。ですが、迂闊に関わるといつ寝首を掻かれるかわからない危険な連中ですぞ?」
「……桐子よ。雇った者に寝首を掻かれることを恐れるくらいなら、そもそもお前を雇わん。如何なる異種族、如何なる外様であれ、俺は自分の一族郎党同様に扱い使いこなせてみせる。個人的な武術などよりも、人心掌握こそが俺の最大の武器だ」
「ほう。将に将たる者だと自ら仰る? その秘訣は?」
「『われ素知らぬ顔をすればみな郎党の如く働けり』。才覚さえあれば、よそ者であろうがどんな過去を持とうがどんな野心を抱こうが、一切見て見ぬふりをする。さすれば、後ろ暗い立場の者はいよいよ才覚を発揮して熱心に働くというものだ」
「ふ、ふ、ふ。素知らぬ顔ですか! イエヤス様はなかなかの腹黒でございますな。さすがはわが主君、ははははは! ならば、わたくしも遠慮なく賄賂を取ってたっぷり稼がせて頂きましょう。いやはや、実に奇々怪々な政権になって参りましたねえ」
「エの世界でもそうだった。家臣でありながら一向一揆に奔って俺に弓を引いた本多正信。甲斐の猿楽師だった大久保長安。その正体は本能寺で織田信長を討った明智光秀と噂される怪僧、南光坊天海。服部半蔵に率いさせた伊賀忍甲賀忍者。大和の柳生荘で剣の道を追求しながらも裏柳生という忍びの一面も持っていた柳生一族。日本に漂着したイギリス人のウィリアム・アダムス。大久保彦左たち古い三河家臣団は、俺が妖怪の親玉になってしまったと嘆いていたものよ。思いだすな」
武力だけでは天下の統一とその維持は難しいと悟った後年の家康は、一芸に秀でた奇人怪人を続々と手許に集め、駿府を中心に妖怪百鬼夜行の如き外様軍団を結成した。
江戸の幕閣たちが老いた家康を「大御所様」と呼びその死の瞬間まで恐れ続けたのは、家康が人材を用いる基準が通常の大名とは全く違っていたからだった。
もっとも、このような「唯才人事」は宣教師から譲られた黒人のヤスケを武士として取り立てたことをはじめ、なにもかもが八方破れだった信長の模倣なのだが、模倣元を徹底して模倣し、ついにはオリジナルを超えてしまう執拗さが家康にはあった。
「ふむ、実に合理的ですな。あらゆる異種族があなたのもとに集えば、十二分に人間に対抗し得ます。ですが、エルフ族との間で軋轢が生まれなければよいのですがね」
「やむを得ん桐子。なにしろ異世界では、俺には生まれながらの郎党がいない。しかも、人間の皇国は俺を異教徒扱いし裁判にかけようとしている。故に全ての異種族がわが郎党だ。だが、なにを成すにもやはり忍者が欲しい――俺が命を落とせばそこで終わりだからな。そう何度も今日のような僥倖は続かない」
「ふ、ふ、ふ。クドゥク族を郎党の如く働かせる自信がおありですか?」
「直接会ってみねばわからん。反骨の相の持ち主ならば、俺にも使えん」
セラフィナは(クドゥク族って毒使いとか呪われた殺し屋一族とか言われているけど、ほんとに雇うつもりなのかなー? 森が大騒ぎになりそうだけど)とほかほかの肉を囓りながら目映い星空を眺めていた。
「おーい王女サン、オレのおごりだ。イエヤスの旦那は肉の食い過ぎは胃に悪いから、野菜と魚が欲しいってよ! というわけで余った肉を食えよ~もっと食えオラッ!」
「もぐもぐ。まだ呑み込んでないから、ちょっと待って~! エルフって小食だしい。ドワーフはいくらでも食べられるんだね、胃袋とかどうなってるの~?」
「あはははっ! オレたちは食い溜めできるんだよ、真冬の極寒期は横穴に巣ごもりして半冬眠すっからなー!」
「ふえ~。冬眠! なんだか面白そう。私もやってみたいなあ~木の実とか集めるの?」
「王女サンはエルフらしからぬ気さくな奴だな、気に入った! 肩を組んで踊ろうぜー! って、そこの目つきの悪い氷のエルフ? あんだよ。なにか言いたいのか、ああ?」
「……いえ別に。セラフィナ様と肩を組んで踊る資格を持つ者は幼馴染みの妾だけですわとか、その泥に汚れた手でセラフィナ様に触れないでくださいませんか不潔ですわ、だなんて考えておりませんわよ?」
「言ってんじゃねーか! 言ってんじゃねーか!」
「あら失礼。セラフィナ様のことになると、妾はどうにも口が軽くなってしまいますの」
一ヶ月に及ぶ旅行を終え、商人ファウストゥスとゾーイ率いるドワーフギルドを加えてエッダの森に帰還した家康一行は、「えええ、橋を渡れない?」と声をあげていた。
森に入る吊り橋の前に、約二百人のクドゥク族が、キャンプ地を構えていたのである。
彼らはファウストゥスが各地に放っている使い魔の監視すらすり抜けて、一晩のうちにエッダの森の入り口に集結していた。理由は「仕官願」である。家康が異種族から人材を漁っていると知って、家康の帰還にタイミングを合わせて駆けつけてきたのだ。
「ふえええ。あっちから来てくれたおかげで、探す手間が省けたねぇイエヤスぅ!」
「うむ。各地に散っている同族の間で、情報を共有しておるのだろうな」
「ほほう。わたくしのように黒魔術を用いる訳でもあるまいに、どのようにして?」
「クドゥク族には、一角獣よりも速く走る能力を継承している者もいるそうですわ。そういう者を伝達係に用いて、連絡を取り合っているのでしょうね」
その事実だけで、家康はクドゥク族の「忍者集団」としての能力を認めていた。
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