第八話 01

 ローレライ山脈の北麓に敷かれた山道を、家康一行は西から東へと進んでいた。エッダの森への帰路を辿りつつ、人間との接触を拒んで山中のいずこかに隠れ済んでいるという伝説のドワーフの長を探す旅をも兼ねている。

「イエヤス様。ドワーフはギルド単位で山岳地帯に暮らす非定住種族で、国家を持たず、異種族から鉱山開発や鍛冶工房といった仕事を請け負いながらも決して平地に定住しようとしない自由民ですわ。習性なのか仕事なのか、すぐにあちこちに穴を掘るので、エッダの森には入れないようにしていたのですが……」

「身体は小柄で、人間の子供くらいの身長しかないんだよー。ドワーフの中に混じれば、私も巨人だねっ!」

「やれやれ。山を神聖なものとして保全するエルフ族と、大自然を天からの恵みと信じて山から山を渡り歩いて鉱脈を探し穴を掘り続けるドワーフ族とは、完全に水と油でございます。それ故に両種族は古代より不仲。大厄災戦争で共闘した時期もありましたがねえ」

「鉱山開発」という特技を持つ技能職集団を、家康が捨て置くはずがない。

「俺は江戸に幕府を開いて息子の秀忠に将軍職を譲った後、自ら駿府城に籠もり、海外貿易と鉱山開発による金銀採掘に精を入れ、この両者をつなぎ合わせることで莫大な私財を築きあげたのだ。山の民の有能さと希少さはよく知っている」

「ほほう、実に興味深い。両者をつなぎ合わせるとはどういう意味ですか、イエヤス様」

「俺は、大久保長安という猿楽師出身の怪しげな男を鉱山開発者として大抜擢した。長安は鉱山から得られる産出金銀量を一気に増産した。その金銀を海外交易に注ぎ込むことで、資産を増やしたのだ。長安は実は切支丹で、最新の精錬法・アマルガム法を知っていたのでな」

「理解致しました。ダークエルフとドワーフを組ませることで巨利を得られるというわけですな」

 セラフィナが「うーんうーん」と頭を抱える。

「その頃のイエヤスはもう六十を過ぎてたんでしょー? なんで私財を溜め込むのさぁ?」

「老後資金だ」

「いやいや、人間で六十ってもう老後っしょー。いったいなにに使うつもりだったのさ~?」

「イエヤス様は様々な薬を自ら調合されておられますわね。まさか、不死の霊薬を開発して永遠に生きるつもりだったのですか?」

「人間に永遠の生は無理だが、百までは生きられる算段だったのだ阿呆滓よ。返す返すも、鯛の天ぷらが命取りだった……結局、莫大な蓄財を使うことなく死んでしまった。まあ、今思えば別に使い道もなかったのだが」

 やっぱり吝嗇家の趣味なんじゃん! 貯蓄のための貯蓄じゃん! とセラフィナは首を傾げたが、「いくら溜め込んでも溜め込んでも安心できぬのだ、それが銭というもの」と家康は悠然と受け流した。完全に貯蓄中毒だねーとセラフィナ。

「桐子の資産を充てるだけでは、森の改造工事や軍備拡充に必要な予算は捻出できん。桐子得意の詐欺的な投機も、人間を相手に商売できんのでは手間がかかるしな。故に優れた鉱山開発集団を登用し、ブロンケン山に眠る黄金を産出する」

「エッダの森の背後を守る霊山・ブロンケン山を開発しますの? はあ……元老院がうるさく騒ぎそうですわ……」

「鍛冶技術も持っているのならば武器の生産も依頼できるし、鉱山を掘り進める技術はそのまま要塞の改造工事に役立つ。一石三鳥だ」

 エレオノーラが「この者がお勧めです」と資料を渡してきた。

「イエヤス様のお眼鏡にかなうドワーフは、ゾーイ・イルマリネン。十八歳の女性です。天才的な鉱脈師で、武具の製造にも長けている異能の才人。何よりも穴を掘る速度が他のドワーフギルドとは桁違いです。彼女は自らのギルドを率い、この広大な山脈のどこかで穴を掘って金を採掘しているはずなのですが、ドワーフは金を掘り尽くすと次の鉱脈へ移動するので探すのは大変かと思いますわ。偏屈な人間嫌いとして有名ですし……」

「憎威か。人間嫌いならばむしろ、えるふのために仕事を請けてくれるのではないか?」

「ですが元来エルフとは対立しがちな種族ですし、イエヤス様ご自身が人間ですから」

「そうなんだー。ドワーフってば山にボコボコ穴ばっかり開けてー。モグラみたいなんだからー。ほんとに山に踏み入って探すの? 何年かかるかわからないよー? スライムとかワイバーンが突然襲ってくるかもしれないしぃ」

「ふ、ふ、ふ。王女様、問題ありませんとも。ローレライ山脈の各地に、わたくし、使い魔の蜥蜴を配置しております。山中に紛れれば、野生の蜥蜴と全く見分けがつきません。故に緑が少ない都市部よりも、山岳地帯や森林地帯のほうが容易に情報を探索できるのです。ゾーイ殿のギルドの現在位置も特定可能ですとも」

 肩に使い魔の蜥蜴を一匹乗せたファウストゥスは、馬上で水晶玉を抱きながら、黒魔術の呪文を詠唱した。水晶玉の中に、山脈の立体地図が浮かびあがる。ドワーフのギルド拠点が、輝く点としていくつも表示された。その中にゾーイのギルドもあった。

「ほえ~、すっごい。それが『智恵の魔術』? 現地の蜥蜴たちが水晶玉に情報を送ってくるの? だったら人間陣営の情報も漁り放題じゃん!」

「人間は都市に住みますし用心深いですから、容易く蜥蜴を要所に潜入させることはできません。とりわけ皇国や王国の都は警備が厳重ですので、まず潜入は無理かと。今後はイエヤス様のお知恵もお借りして、少しずつ蜥蜴を増やして網を広げていくつもりです。ちなみに使い魔の蜥蜴を一匹追加するだけで、これだけの費用がかかりますよ」

「……ぐえっ、高っ!? なんという守銭奴? こんな金額支払えないようイエヤス~?」

「桐子の資産を元手に憎威に大規模投資して、大金脈を発見させればよい。それで銭を数十倍、数百倍に増やせる。ともかく戦争には銭がかかる。皇国が銃火器を封印している今、鉄砲や大砲の流通量も限られている。どわあふの技術力、なんとしても欲しい」


 家康一行は、ファウストゥスが示す険しい山道を登って、ゾーイのギルドが籠もる横穴へと向かった。

 道中、家康は皇国が武器の進化を止めてしまっている理由を考えたが、どうにもわからなかった。なぜなら、魔王軍はまた攻めて来るのだ。

(天下太平の世が訪れたわけでもないのに、非合理な真似をする教団だな。戦争は兵器の能力を飛躍的に進化させる。為政者として銃火器の進化と普及を恐れたのかもしれんが……魔王を討ち滅ぼさない限り、兵器の改良と増産は止められないはずだ)

 家康自身も、大坂の陣を終えた後、最新鋭の大砲技術を封印して火器の進化を止めたが、それは天下太平の世が訪れたからである。事情が全く違う。

「おや? 世良鮒よ、右手の林に咲き誇っているあの青い花は、鳥兜にそっくりではないか!」

「ええ、トリカブト~? あれは、アコニタムっていう花だよ?」

「イエヤス様、アコニタムは猛毒を含んでいるのですわ。古代のエルフは鏃にアコニタムの毒を塗って毒矢として放っていたと言います。迂闊に摘んだりしないほうが……」

「毒の花か! 間違いない、鳥兜と同系列の貴重な植物だ! 世良鮒、俺が八味地黄丸に用いていた附子とは、鳥兜の根のことなのだ! 代替植物よりも、これを直接用いたほうが良い薬ができそうだ。できるだけ摘んでおこう。世良鮒も阿呆滓も一緒に摘んでくれ」

「ぐぇ~。アコニタムって、エッダの森では栽培を禁止されている猛毒植物じゃ~ん。薬と毒は紙一重とは言うけどさ~、あっぶないな~」

「健康のためならば、俺は命を賭すのだ」

「ふう。イエヤス様の薬調合への飽くなき執念だけは呆れますわね……摘んでおきますか」

「かたじけない。これでさらに効く常備薬を調合できるようになった!」

そんな(家康だけに)嬉しいサプライズも起きた中、鬱蒼とした山道を家康がゆるゆると馬で進み、そろそろゾーイが籠もっている横穴に到着するだろうと思われた時だった。


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