第七話 02

 家康たちは夕食を終えると、ファウストゥスの豪邸へと馬を飛ばした。町の者ならば誰でも知っている贅の限りを尽くした屋敷で、全面ガラス作りの地下室からは海底を泳ぐ魚たちを直接眺めることができるという。既に夜も暮れていたが、迷子になる心配はなかった。なにしろファウストゥス邸は無数のかがり火で深夜もライトアップされている宮殿の如き大邸宅なのだから、見失うはずもない。

 一見さんの来客とは容易に合わないファウストゥスだったが、「最高名門エルフ貴族アフォカス家の当主」が来たと告げられては、門を開いて家康たちを通すしかなかった。

 おそらくファウストゥスの趣味なのだろう。無尽蔵の歴史遺産コレクションが壁を覆い尽くしている広い応接間に通されたセラフィナは「あーっ! これから出てくる豪華な接待料理を食べられないよう? 宿屋でお腹いっぱいになっちゃったー!」と頭を抱えた。

「イエヤスもエレオノーラも腹八分目で止めていたのは、このためだったんだねー! 二人で三人分食べられるもんねっ! イエヤスの狡猾な罠に引っかかった~!」

「こほん、セラフィナ様? 違いますわよ」

「万が一料理が出てこなかったらなんとする。腹が減っては交渉もできぬのだぞ」

「さすがに、なにも出てこないとは考えられませんが……イエヤス様は慎重過ぎますわ」

 待たされること数十分。

 痩せた長身の身体の上から漆黒のガウンを纏った大商人ファウストゥス・デ・キリコが、ようやく家康一行の前に姿を現した。なぜか小判に似た金貨を詰め込んだ鞄を両手に抱えている。いつも黄金を持ち歩いていますの? しゅ、守銭奴を超えていますわ? とエレオノーラは白目を剥きそうになった。

「おやおや。守銭奴とは、貧乏な者の僻みは恐ろしいですねえ。異世界から流れ着いてきた一文無しの人間と引きこもりのエルフ族が、わたくしになんの御用です? 大口商売の取り引きなどできる方々とは思えませんがねぇ」

 ファウストゥスは、けんもほろろの態度で家康たちに接してきた。

 椅子に座ると同時に、早速手持ちの金貨の個数を数えはじめている。そして。

「ああっ、足りないイイイイッ? 十度も数え直したのに、やはり一枚足りませんねえ! クキアアアアアアッ!?」

 たった一枚の金貨が足りないという理由で、ファウストゥスは別人のように取り乱し、奇声を発しながら文字通り地団駄を踏みはじめた。

「使用人の誰かがくすねたに違いありますまい。命よりも大切な銭を、よくも……! なんとしても犯人を見つけだして銭を回収せねば、客人と話す気にもなれませんよ! 誰です、誰がいったいわたくしの財産を横領しようと企んでいるのです? 恐ろしい……!」

 いやいや落としただけじゃん? 守銭奴過ぎておっかな~いとファウストゥスの常軌を逸した守銭奴ぶりに怯えたセラフィナは、思わず家康の背中に隠れていた。

 しかも、セラフィナが期待していた豪華料理などは出さず、ぶぶ漬けのようなケラケラ粥と沢庵に似た漬物だけを使用人に命じて家康一行に突き出してきたことに、

「まあ? これは早く帰れというダークエルフ特有の隠喩ですわ、失礼な!」

 とマナーにうるさいエレオノーラは憤慨した。

「いえいえ、隠喩ではなく直喩でございますよ。それに、あなた方にとっては高級品」

「桐子よ。俺はこの世界の人間ではない。異世界から召喚された勇者でな。魔王と戦うのが俺の使命らしいのだが、故あってえるふ族と人間の争いを調停するためにえっだの森で大将軍職を務めておる」

「ほう、それで? エルフは王都落城以来、十年も森に籠もって孤立しておりますからねぇ。しかも商業を卑しんでいる連中ですから、もはや国庫は干からびているはず。わたくしを稼がせることがあなた方にできますか? わたくしは、銭のためにしか動きません」

「うむ。そこで、えっだの森の国庫を潤すべく、そなたに財政を一任したいのだ。短期間に国庫を黄金で潤せる才覚は、大陸広しといえどもそなたにしかないというのでな」

「これは異な事を。は、は、は……元手がなければ、わたくしとてどうにもなりませんよ?」

「元手はな、全額そなたから借用するつもりだ。俺を信用して、投資してくれぬか」

 ファウストゥスもたいがいだけれど、イエヤスの図々しさも凄いよねーとセラフィナがエレオノーラの耳元にそっと囁いた。

「はあっ? じょ、冗談ではございませんよ厚かましい! なぜわたくしがエルフ族などのために出資せねばならぬのです? わが一族を追放した連中のために? 絶対に御免被りますね! さあ、早くケラケラ粥を食べてお帰り頂けますか?」

「俺はえるふ族だけではなく、異種族連合を造ろうとしているのだ。人間軍が森に攻めて来るまで半年しかない。だあくえるふのそなたが真っ先に仕官してくれれば、幸先良しなのだがな」

「ハン。何度乞われてもお断り致します。時間の無駄でしかありませんよ? 時は金なりです、他をお当たりください。そうそう。今ならばダークエルフ商人にも、あなた方に尻尾を振る者がいるやもしれません。なにしろ、わたくしは先日、口八丁で荒稼ぎ致しましたからねえ。連中は尻に火が付いて困っているはず。ふ、ふ、ふ……」

 うわ~邪悪な笑顔~きっと悪いことをして稼いだんでしょーとセラフィナ。

 ええ、その通りですとファウストゥスは居直った。

「皇国の意を受けて、ヴォルフガング一世の王国軍がエッダの森を攻めるか、それとも平和が保たれるか。大量の武器と兵糧を調達して商機を窺っていたこの街の商人たちの意見は長らく二分しておりましてね。そこでわたくしは、エルフのもとに勇者が訪れヘルマン騎士団長と会見したという情報を上手く操作して『平和路線で確定した』というデマを市場に流し、二束三文で彼らから武器と兵糧を買い占めたというわけです。ふ、ふ、ふ」

「こ、このザーレで? じょ、情報の入手が早いですわね? しかもそれを操作して買い占めに走るだなんて、卑劣な……それでは、その武器と兵糧は今、あなたのお手元に?」

「いいえいいえ。アフォカス家ご当主様、甘いですよ。わたくしが買い占めた物資は全て、既にヴォルフガング一世率いる王国軍に高値で売却済みでございます。エルフと人間が半年後に開戦するという情報を真っ先に手に入れたわたくしは、巨万の富を一夜にして手に入れたのですよ、はははははっ! これが商売というものでございます」

「うっげ~外道~! 商人仲間を騙してるんじゃん? どうなっても知らないよ~?」

「そうですわ。そのような機密を妾たちに話してしまってもよいのですか?」

「ええ、ええ。このファウストゥスにとって、銭は命より大事なものでございますれば。わたくしがエッダの森の情報をいち早く掴んだ『物証』は、既に隠滅済み。街の裁判所の連中もとっくに買収済みですので、仮に告訴されて逮捕されようがわたくしが法律で裁かれることは絶対にございませんとも。命は金で買えるのですよ、ははははっ!」

「ひええ~。世の中っておっかないんだね~エレオノーラぁ~。エッダの森は平和だねぇ」

 イエヤス様が「仮にも武士の棟梁たるこの俺が、こんな外道と組めるか!」と怒りだしたら人材登用計画が頓挫しますわとエレオノーラは戦々恐々。

 だが、家康の反応は常識あるエレオノーラの想定とは全く違った。

 ファウストゥスが哄笑すればする毎に家康はその目をらんらんと輝かせ、

「桐子よ。そなたこそはまさしく本多正信の智謀と大久保長安の銭稼ぎの才覚を兼ね備えた男! これほどに信用できる者はいない。なんとしてもわが片腕となってくれぬか!」

 とファウストゥスを絶賛しはじめたのだった。セラフィナとエレオノーラは「狸の腹芸だよね」「ですわね」と顔を見合わせたが、家康は「違う、本気だ」と断言した。

「こやつは、潤沢な銭さえ支払えば無尽蔵の才を発揮してくれる。銭すなわち忠誠心なのだ。そういう意味で実にわかりやすく、『金の切れ目が縁の切れ目』という安全安心な関係を築いていられる! 妙な大義名分を唱えていつ主君の寝首を奪いに来るかわからん明智光秀よりよほど信頼できるのだ!」

「アケチって誰~? なんというか、イエヤスってやっぱり変わってるよね~」

「この俺も、銭と黄金に目がない吝嗇家なのでな。溜め込んだ銭の一枚一枚を自ら紐に通して番号を振り分け、蔵にきっちりと保管していたものよ。いつ何時誰に銭を貸しても、完璧に管理できるようにな。管理を怠れば、取り立てられなくなってしまう」

「うえええ。い、イエヤスぅ? セイイタイショーグンって、天下人じゃなかったの? それはもはや金貸し業者の所業じゃん?」

「ええい、三河武士のようなことを言うな世良鮒。魔術の如き才覚で黄金を生みだしてくれる者がどれほど重宝するか。戦も平和も、銭なしでは手に入れられんのだぞ?」

「は、はあ。それはその、確かに社会の一面かもしれませんけれど……げ、元老院議員たちの前でそのような発言は慎んで頂きますわよ、イエヤス様?」

「なんと言われましても、わたくしはエルフなどとは絶対に手を組みませんとも。さあ、お帰りください皆さま。あなた方が文無しだとよくわかった以上、二度目の対面は有り得ませんよ? 時間を無駄にするということは、銭を無駄にするということですからねえ」


その後も交渉は難航した。


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