第七話 01

「それでは諸君、異種族人材収集の旅に出るとする。田淵殿と阿呆滓殿の推挙した人材をどうにか説得してえっだの森に迎え入れ、鉄壁の籠城体勢を整えると同時に、人間軍が容易に攻められない異種族連合を作り上げるのだ」

「わ~い! 十年ぶりの旅行だ~! 私が旅先を案内してあげるねっ! ねえねえエレオノーラぁ、なにから食べるぅ?」

「んもう。食い倒れの旅ではありませんのよセラフィナ様。治安が悪い地域は極力避けて参りましょう、イエヤス様」

「うむ。阿呆滓、よろしく頼むぞ」

 家康はしがない薬商人の衣装を着て愛馬スレイプニルに乗り、第一の目的地・自由都市ザーレへと向かった。もう一頭の一角馬にはこちらも商人姿のエレオノーラとセラフィナが二人乗りして、地理に不案内な家康を先導しながらザーレへ連なる街道を駆けた。


 雄大なローレライ山脈の北部を流れる二大大河、レイン河とダーナウ河に沿ってまっすぐ西へと進み、大陸西端の海沿いまで出れば、そこがザーレだった。一行は街道を急ぎに急いで駆けたが、それでも到着するまで片道二週間を費やす長旅となった。

「おおおー! 西の海だー! 私、生まれてはじめて西の海を見るよ! 東の海と違って、ずいぶん穏やかなんだね? 港に帆を張った船がたくさん行き交いしているー!」

「ありし日の堺を思い起こさせるな。強大な財力によって皇国や王国の支配を拒んでいる自治都市か」

「セラフィナ様、イエヤス様。ジュドー大陸では現在、どこの国家にも属さない六つの自由都市が互いに交易都市同盟を結んで栄えていますの。ザーレはその中でも最大の規模を誇る自由都市で、多種多様な異種族が渾然と暮らす水上都市ですわ。海に繋がる港町ですので、海上交易によって大陸中から莫大な富と情報が流れ込む商人の都市なのです」

「エッダの森は港に繋がっていないから、新鮮だね! この港から船に乗ればぁ、北の暗黒大陸や南のスラの島にも行けるのかなあ? 一度行ってみたいねーイエヤス!」

「……俺は、そんな寝た子を起こすような真似はせんぞ。いの一番にこの町に来た目的は、本物の腕利き商人を宰相として雇い入れるためだ。人間軍の侵攻を防ぐためにも、来たるべき魔王戦のためにも、えるふ共和国政府の財政を立て直さねばならん。えるふは正直者で潔癖だが、財政に疎過ぎる――国庫はほとんど空っぽなのだぞ」

「うえーんエレオノーラ、とんがり耳が痛いよーう」

「……ですがイエヤス様。白羽の矢を立てたザーレの商人はダークエルフ族ですわ。エルフ族とは祖先を同じくしますが、白魔術のみを用いるエルフと黒魔術にのめり込んで掟を破ったダークエルフは不倶戴天の仇敵同士。果たしてエルフに仕えてくれるかどうか」

「人間の俺が勇者職に就いているのだ、問題ない。そもそも白魔術と黒魔術はどう違う? おおかたカトリックとプロテスタントのようなものだろう? 俺に言わせれば、どちらも似たようなものだ」

「かとりっくは存じませんが、世界に満ちるプネウマは本来清純なもの。この清純なプネウマの魔力を用いるエルフ魔術が白魔術。黒魔術は、プネウマが様々な穢れに汚染されて生じた黒魔力『カタラ』を用いる邪道の術ですの」

「そうそう、イエヤス~。暗黒大陸は高濃度の黒魔力で満ち満ちているんだってー! 私たちにとっては猛毒なんだよ。だから、こっちからは迂闊に乗り込めないんだよ~」

「黒魔術には、黒魔力に感染させて相手の心を操る外法の術があるそうですわ。エの世界から来たイエヤス様は黒魔力に耐性がありませんから、注意してくださいまし」

「な、なんだと? 根来衆の如き催眠の術を用いる者がいるのか? それは厄介だな……解毒剤・紫雪調合のための素材集めを急がねばならんな」

「確か、すっごい量の黄金が必要なんだっけ? 高価なお薬なんだね~」

「うむ。かつて俺は、本多弥八郎正信に命じて唐国から渡ってきた紫雪が保管されている奈良の正倉院宝物庫を二度も調べたのだが、結局現物は残っていなくてな。薬学書を調べ漁ってどうにか自前で再現できたが、恐ろしい量の黄金を溶かしてしまった」

「残炎ながら、黒魔力は如何なる薬をもってしても解毒できませんわ、イエヤス様。白魔術ですら通じないのです」

「なんだと? 単純な毒とは違うのだな……今後は、より慎重に行動せねばならんな」

 心を操る魔術か。魔術とはセラフィナが用いる護身術や治療術だとばかり思っていた。そんな剣呑な術があるとはと家康は馬上で爪を噛んでいた。これから尋ねる相手がそのような術を使う者でなければいいのだが。


 急いで目的の商人の屋敷へ押しかけたいところだったが、流れの薬商人に扮した家康一行はザーレの安宿を取り、海に面した一室で足を伸ばしてまずは旅の疲れを癒やした。

 セラフィナは「お腹空いたねー! 早速夕食を食べちゃおう!」と宿の女将が運んできた魚料理にぱくついている。東の海やエッダの森周辺の河川で獲れる白身魚とは違う種類の、赤身が多い生魚の切り身だ。

「なにこれ? 脂っこいけど、美味し~い! しかも生でも美味しいなんて! この真っ黒い魚醤によく合う! ほらほら、イエヤスも遠慮せずに食べなよう」

「うむ。しばらく世良鮒の様子を観察して、体調に異変が無ければ俺も食べることにする」

「うえええええん。相変わらず私を毒味役扱いっ? 酷いっ!?」

 家康は、旅の道中でセラフィナのガイドに従って採取した薬草や菌類といった生薬を薬研を用いて粉砕し、急な癪(痛み)に効く万病円をせっせと調合している。万病円の次は、日々愛飲する常備薬・八味地黄丸の調合にかからねばならない。

「世良鮒。薬ができあがったら飲んでみろ。代替薬草が有効かそれとも毒かを調べる」

「そりゃ薬草を指定したのは私だけどさーっ! 平然と人体実験しないでよーっ!」

「イエヤス様、これから訪問する商人の似姿をご覧ください。この長髪の男がザーレ随一の豪商、ファウストゥス・デ・キリコです」

「桐子か。やはり南蛮人風に彫りが深い美男子だな。だが、色白なエルフの支族なのに髪も肌も黒いのはなぜだ?」

「きっとお化粧してるんだよ! 知ってる、イエヤス? この世界のお化粧文化にはねー、美白至上主義と漆黒至上主義の二大流派があってねー? 他にも青色至上主義とかー」

「違いますセラフィナ様。ダークエルフは生まれた時にはエルフ同様に白い肌と金髪を持っていますが、黒魔術にのめり込むと体内に黒魔力が蓄積されるので、体色もオークのように黒化しやすくなるのです。察するにこの男は、ただの商人にあらず。かなり黒魔術に熟達しています。危険ですわ」

「ふむ。四十歳ほどに見えるが、エルフは二十歳前後で老化が止まるのでは?」

「黒魔術を用いる代償として老いるのです。ただし、寿命はエルフとさほど変わりません」

 なんて恐ろしい。美容の大敵! 絶対に黒魔術覚えたくない……とセラフィナは震えた。

「ファウストゥスは、六大自由都市のギルドをまたにかけて武具や兵糧の市場で荒稼ぎしているあこぎな男です。若い頃は戦争難民の独り者でしたが、裸一貫からザーレ随一の豪商にまで成り上がったそうです」

「ほう、無一文から一代で豪商に……たいした男だな」

「財政を立て直す能力はありますが、守銭奴という噂ですわ。結婚適齢期なのに、家族を養うと銭が減るという理由で独身を貫き贅沢三昧。長年の友人からも容赦なく銭を取り立てますの。銭のためなら簡単に仲間を裏切るので人望が薄く、商人たちから蛇蝎のように嫌われており、四方敵だらけですが……ほんとうにこの男を宰相に?」

「俺たちは既にこの町への移動で二週間を使っているし、潔癖なエルフ族に財政運営や謀略の才覚がないことは痛感している。その両方を持ち合わせている桐子は採用したい」

「一歩間違えれば、猛毒となり得る者ですわよ?」

「毒になる人物であればこそ、最高の妙薬になるのだ。本多正信も謀叛の前歴があり徳川家臣団に忌み嫌われていたが、わが参謀として無類の悪知恵を発揮してくれたものだ」

「おーっ? 私、大発見しちゃった! エルフやダークエルフも『人物』って言うんだねー、言葉って不思議だねっ!」

「異種族が多過ぎるので、いちいち種族毎に呼び分けないのではないか?」

「そーいえばイエヤスって人間なのに、エルフもダークエルフも全然異種族扱いしないよね、心が広いねー! いよっ! さすが天下人、さすが勇者!」

「日本人にオランダ人とイギリス人の見分けがつくか? 俺の目にはこの世界の住民はみな天狗に見える。人間族は、南蛮人か紅毛人に似た天狗。えるふは、耳が尖った天狗。ちなみに天狗とは、日本の山に棲み着いている妖怪の名だ」

「ちょっとーっ! 今まで私たちを妖怪扱いしてたのーっ!? 失礼ねーっ? うっ……? お、お腹が……?」

 痛い痛い、赤身魚が美味し過ぎてうっかり食べ過ぎたー! とセラフィナがお腹を抱えて転がりはじめたので、家康は「全く騒がしい。今完成したばかりの、新処方の万病円を試せ」とセラフィナの口の中に調合したての丸薬を放り投げておいた。

「だから私の身体で人体実験しないでよ、んがんぐ……あれ? 魔術詠唱も使わずに一発で腹痛が止まっちゃった? この新薬、プネウマ濃度が強いよ! もしかして元の薬より強力なんじゃないイエヤス? 私の薬草の見立てがよかったんだねー、ふっふっふ!」

「せ、セラフィナ様……仮にもエルフ王女が、食べ過ぎとははしたないですわよ……はあ」

「私の治癒の魔術にこの薬を組み合わせれば、今までより強力な治療が可能になるよエレオノーラ! 私ってば、イエヤスと組めばエルフ族一の治癒魔術師になれるんじゃ?」

「ふむ、新処方の万病円はえるふの腹痛に大いに効能あり、と。幸先良し。腹痛が治ったら、桐子の屋敷に出かけるぞ」


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