第六話 03
「結局ニコニコ笑いながら嘘ついて追い返してるじゃーん! 森から退去するつもりなんてイエヤスにはないんでしょー? エレオノーラまで狸みたいになっちゃってさー!」
使節団が去った後、バカがつくほど正直者のセラフィナは宴会場の後片付けを手伝いながら「良心が。良心が咎めるううう~。あのワールシュタット騎士団長の娘さんを騙したみたいで……」と頭を抱えていた。
「バウティスタ殿もこちらの返事は方便に過ぎないと承知の上でしたのよ、セラフィナ様。イエヤス様はバウティスタ殿から一本取りましたが、エルフに森からの退去を要求するという本来の使命は果たさせることで交渉を一勝一敗とし、彼女の面子を守ったのです。それ故、バウティスタ殿は半年の猶予期間を与えるという形で礼を返してくださいました。その半年の間、互いに戦争を回避する努力をしようということです。イエヤス様の接待は、妾たちエルフだけではできない絶妙の外交術でしたわ」
「えーっ? いつそんな約束を交わしたの~っ? エレオノーラまで狸になってきてるーっ!」
「イエヤス様とバウティスタ殿が握手した際、二人は視線だけで言葉を交わし合ったそうですわ。初対面であれほど呼吸を合わせるのは難しいのですが、真剣で立ち合った武人同士だからこそ可能になったのでしょう」
「そんなああああ? でもでもエレオノーラはどうしてわかったのよう? 私だけ置いて行かれてるっ? これが……疎外感っ……! ううっ、今までお世話になりました。次期女王にはエレオノーラ、イエヤスと目と目で通じ合えるあなたが……」
「待て待て世良鮒、風呂敷を広げて家出の準備をするな。阿呆滓には、絶妙に相手の心の動きを察知する才覚があるということだ。やはり阿呆滓は外交官に向いている。えっだの森の正式な外交官は誰だ? 即刻、配置換えを命じたい」
「実はその~……うちに正式な外交官はいないんだよー。前の王都陥落の時に外交官を代々担当してきた一族が、ええと、全滅しちゃったから。エルフってね、あらゆる役職が世襲制なんだよねー。とことん貴族主義だからね~」
家康はこのセラフィナの言葉に衝撃を受けた。
ではこの十年、エルフは森に籠もったままあらゆる外交を放棄していたというのか? 将軍や兵士だけでなく、外交官まで払底していたのか? しかもその理由が「血統が絶えたから」とは!?
「なんということだ!? そのような脆弱な体制で十年も森に籠城できていたのは、つまりは人間側が本気で森を攻めてこなかったからに過ぎないではないか!」
勇者が出現するまでは、バウティスタがヘルマン騎士団の政治力を駆使して手心を加えてくれていたのかもしれないと家康はようやく気づいた。
「妾もあれこれと人事改革を試みてきましたが、エルフの貴族主義意識は根強く、国防長官の権限ではどうにもなりませんでしたわ」
「だが今は、えるふ政権の人事権は俺にあるのだったな? 直ちに阿呆滓を外交官に任命する! 同時に政府要職の世襲制を一時停止する! 掴み取った半年のうちに様々な人材を雇い入れて、人間の軍が押し寄せても籠城し得る防衛体制を構築する! この森を、容易に攻め落とせない鉄壁の城塞都市に改造するのだ」
「平民大採用ってこと? 人材難だし、いいと思うけれど、どうかなー。政権の要職につくのは貴族の義務というのがエルフの掟だから、平民を鍛え上げて取り立てるにしても半年じゃ育成が間に合わないと思うんだけど……」
「ええ。下級役人職でしたら、平民に門戸を開くことには賛成です。ですが要職を任せられる逸材を平民層から輩出させるには、様々な改革を断行してなお十年以上かかるかと」
「ならば、種族の垣根を越えればよい。様々な異種族から急いで優れた人材を集める! しかも異種族の人材を要職に据えれば、種族間の友好関係を深められて再び『異種族連合』を構築できる。一石二鳥だ。田淵殿と阿呆滓に、人材の推挙を頼む!」
「それは思い切ったねー! それしかないと私も思うけど、元老院がすっごく嫌がりそう」
「よいか世良鮒よ、天然の要害や軍備だけでは国は守れん。お前も一国の王女ならば心してこの言葉を胸に刻め。『人は城、人は石垣、人は堀』である!」
「おおー、なんだか凄い名言だわ!」とセラフィナが瞳を輝かせ、エレオノーラが「心に染み入るお言葉。人材推挙も元老院の説得も、長老様と妾とで頑張りますわ」と頷く。
「なんだかイケる気がしてきたー! いよっ! さすが天下人、さすが勇者! イエヤスのこと、ちょっと尊敬しちゃいそう! 今のは含蓄のある名言だねーうんうん!」
「いや、俺の言葉ではない。甲斐の虎・武田信玄公の言葉だ」
「パクリかいっ! それだけどや顔で言い放っておいて、パクリなんかいっ!」
「世良鮒よ、俺に独創性はない! わが智恵の全ては、先人の模倣だ。難攻不落の大坂城を落とす方法も、城を築いた太閤殿下から教わった策をそのまま真似したに過ぎん!」
「しかも居直ってるっ!?」
「阿呆滓よ。直ちに必要な人材は、えるふとは真逆の経済感覚に優れた才覚ある商人、土木工事や鉱山開発の技術者集団、そして情報収集能力や秘密工作に長けた忍者だ。商人は銭と兵糧と武具を調達するために不可欠。技術者集団は森の要塞化と籠城のために雇用。忍者は、情報戦に勝利するためにどうしても欲しい」
「そこは武人をかき集めるところじゃないの~? イエヤスって変わってるよね~?」
「もちろん武人も欲しいが、俺自らが最前線で指揮官を務めるから、後回しで構わん」
「……商人でしたら、ダークエルフ族ですわね。われらエルフとは昔から不倶戴天の不仲ですので、手を握るのは難しいですわ。技術者集団ならば、山に籠もっているドワーフギルド。こちらもまた、自然を尊ぶエルフとはあまり関係がよろしくなくて……ニンジャとやらは、そうですわね、かつて大厄災戦争で諜報工作員として活躍していたクドゥク族が適任かと。ですがクドゥク族は国を魔王軍に滅ぼされて以来各地に散っているので、こちらから会いに行くのは難しいですわ」
「むう。それは課題山積だな。だが、なんとしても異種族の人材を登用して、異種族連合を築きたい。人間軍の侵攻にも魔王軍の侵略にも耐えうるには、それしかあるまい」
バウティスタの思い詰め方から見るに、半年後の王国軍侵攻はもはや不可避。勝負はこの半年! 異種族からどれほどの人材を収集して守りを固められるかだ。時間が足りない。
推挙はエレオノーラとターヴェッティ殿に任せるとして、異種族への先入観もしがらみもない俺自らが各地に直接出向いて雇い入れるしかないな、と家康は渋々「人材収集旅行」を決断していた。
「妾は、セラフィナ様に外の世界をお見せしたいと強く願うようになりましたわ。異種族の土地へ向かう際はセラフィナ様をお連れください。イエヤス様が一緒ならば安心ですわ」
「おおー、ありがとうエレオノーラぁ! 私もそう言いたくてうずうずしてたんだー!」
「……こほん。あなたの間違いだらけのドワーフ衣装を見て危惧したのです。今のセラフィナ様のままでは、とても国際外交の場にはお出しできないと」
「本物を見たことがないんだからしょうがないじゃーん! いいよ、ドワーフの土地も訪問してくるから! ねえイエヤス、断るとは言わないよねー? 連れて行って、お願い!」
「……やむを得んな。薬草捜しを手伝うのなら許可する。ただし皇国に気取られぬよう、身分を隠してのお忍びの旅になるぞ、旅費は極限まで切り詰めるからな」
「ぶー。相変わらずケチなんだからぁ~」
「もうひとつ。阿呆粕も旅先案内人として同行してくれ。おっちょこちょいの世良鮒とお上りさんの俺だけでは、旅の途中で迷子になりかねん」
「わ、妾もですか? ですが、エッダの森の留守居役も必要ですわよ?」
「長旅にはしない。留守居役は、田淵殿に委ねれば問題ないだろう」
こうして、家康一行の人材収集旅行がはじまった――。
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