第五話 03

 こってり叱られた家康は(ここでは獣のみならず植物までもが奇妙だ。異世界に俺の常識は通じぬな。これは、セラフィナなしには生薬も集められん)と頭を掻いていた。

(今まで以上に慎重にならねば、異世界では容易に生き残れぬらしい)

 かくして、家康とセラフィナの入浴タイムは大騒ぎのうちに終わった。

 お風呂上がりのセラフィナは「あ~ぬるいお風呂も案外よかった~! それじゃあね、イエヤスぅ! 勝手にマンドラゴラを抜いちゃダメだよー? あれを抜く時にはコツがいるんだから! おっやすみー!」と自分の寝室に飛び込んで、三秒で熟睡。

 一方、家康は散らかった物置部屋を几帳面に片付けて塵ひとつない綺麗な寝室に改装する作業に時間を要したため、結局数時間しか眠れなかった。

「……ううむ、味噌が恋しい……」




 夜が明けた。

 セラフィナとともに軽い朝食を取った後、セラフィナを背負いスレイプニルに跨がって「鷹狩りに向いている狩り場がいくつもあるな。健康のためには鷹狩りが欠かせないのだ」と狩り場候補地を物色しつつ宮廷に再び登城した家康は、「腰が痛くて昨夜は眠れませんでしたわい」と苦笑いするターヴェッティの部屋を訪ねると「ま、万病円をどうぞ」と己の心の吝嗇と戦いながら薬を振る舞い、自らの後見人として遇して隣に侍ってもらうことを頼んだ。

 ターヴェッティは「承知しましたじゃ」と快諾。そこに、一晩がかりで貴族たちを懐柔していたエレオノーラが「ああ、セラフィナ様? ご無事でしたかっ? イエヤス殿が狼と化しませんでしたっ?」と突進してきたので、家康は付け焼き刃ながらもエレオノーラからあれこれとエルフ貴族のマナーを教わることにした。セラフィナが相手では、食べ物や風呂の話ばかりになってしまうのだ。

 かくして準備を整えた家康は、ターヴェッティを連れて元老院に再び出席。

「元老院議員諸君、一晩熟考して決断した。事態は風雲急を告げている。俺は謹んで大将軍職叙任を請け、一命を賭してえっだの森を守り抜く」

 と、議員たちに堂々と告げていた。

 既に家康はエルフ貴族を怒らせないためのマナーを修得している。このため、前日とは打って変わって議員たちは家康を好意的に受け入れた。それに、なんといってもあの大賢者ターヴェッティが体調不良を推してまで家康を後押ししているのだ。昨夜は地下宮殿跡で二人が重大な話をしたと、貴族の間でも噂になっている。ターヴェッティが、渋る家康を説得して代将軍職就任を認めさせたという。エレオノーラの工作が効いているのだ。

「ただし、俺はえっだの森の終身独裁者になるつもりはない。対人間族問題が解決するまでの期間限定職としてもらう。魔王軍については、しかるべき時が来れば再び考える」

 セラフィナを敬愛している元老院議員たちの半ばは、家康の謙虚さを「ご自分が人間である故に遠慮しておられるのだ」と好意的に解釈した。家康がセラフィナの護衛役にこだわるのも、それほどに王女を案じられていられるからだろうと。なにしろ、家康は人間の斥候隊からセラフィナを守り抜き、スライムやワイバーンを単独で倒した剛の者だという。弱体化したエルフ軍を率いる能力を持つ唯一の存在といっていい。

 しかし、エレオノーラに忠義を誓ってきたアフォカス派の貴族たちは違った。期間限定とはいえ、軍権が国防長官から謎の人間に移譲されるのみならず、人事権や立法権など多くの権限を異種族の人間が握ることになる。またしても「人間による裏切り」によって、最後に残されたエッダの森までもが陥落するのではないか――家康がもしも皇国の間者だったら? 今は皇国に追われエルフ陣営に身を寄せていても、やはり人間は人間としてしか生きられないと考えを変えたら? 王都陥落以来味わってきた苦難の記憶が、彼らに様々な疑念を抱かせたのである。

 何よりも――彼らが忠誠を誓うエレオノーラが、家康を完全に信用していいのかどうかをまだ決めかねているようだ。目の下に隈ができているし、なにやらそわそわしている。

(ほんとうに昨夜、セラフィナ様とイエヤス殿の間でなにもなかったのかしら? セラフィナ様の瞳を見た感じでは、何事も起きなかったみたいだけれど……セラフィナ様は嘘がつけないから……でも。もしもマエダトシイエとか言う変態男と同じ趣味をイエヤス殿が隠し持っていたら……ああ、妾はセラフィナ様が心配で一睡もできませんでしたわ……)

 と、エレオノーラは乙女らしくセラフィナの身を案じているのだが、エレオノーラの外面は「冷血の国防長官」である。貴族たちには彼女の心情までは伝わらないのであった。晩婚なエルフには、前田利家のような生粋のロリコン男の存在など想像すらできないということもある。

 家康を巡る元老院議員たちの思惑が真っ二つに割れる中、家康はヘルマン騎士団が送ってくる外交使節団を迎え入れて「接待」すると宣言した。

 これが、エルフと契約した勇者としての初仕事である。

 その勇者家康の最初の命令はしかし、高貴なエルフたちを唖然とさせるものだった――。

「今は人間と争っている場合ではない。魔王軍に備えるために急いで人間と和を成すべき時! 外交使節団を受け入れ、土下座する勢いで徹底的に接待する! えるふの誇りなど全て捨てよ! 人間に頭を下げているのではなく、命に頭を下げていると思うのだ! よいか、土下座はタダでもできるのだぞ! なにを成し遂げるにも、まずは生き延びてこそ! 耐えるのだ、どこまでも耐えて忍んでひたすら使節団を接待するのだ!」

 まさかの全面土下座外交っ? 勇者の初仕事がそれっ? とセラフィナが呆れ、エルフ史上そんな恥を知らない外交など前代未聞ですわ! 大人しく森から退去しろと言われればその通りにしろと仰いますの? とエレオノーラが激昂して家康に詰め寄った。

「違うぞ阿呆滓よ。俺は自分が助かりたい一心で言っているのではない! 森のえるふ全員を守るために敢えて言っているのだ! お前たちは真っ正直で裏表がなさすぎる」

「もしかしてあなた、前世では『狸親父』とか呼ばれてませんでした?」

「呼ばれていたが、それがどうした」

「ほんとうに狸と呼ばれていましたのっ!?」

「使者に対して礼はとことん尽くすが、相手の無茶な要求を呑んではならん! 俺の身柄も引き渡さず、えっだの森からの立ち退き要求も丁重にお断りするのだ! 卑屈なまでにこれでもかと礼を尽くせば、相手も怒るに怒れん! しかして窮地を凌ぎ、時を稼ぐ! これが、徳川家康流の外交術よ!」

「えー? つまりニコニコ笑顔で『お断りします』と連呼し続けるってこと~?」

「うむ。そういうことだ、世良鮒」

「それは慇懃無礼ですわ。かえって外交使節団に対して失礼ではありません?」

「そもそも無礼なのは向こうなのだから気にすることはない。見ていよ阿呆滓、世良鮒。まずはこの俺自身が率先して人としての誇りを捨て、土下座接待に徹してみせよう!」

「ちょっとちょっと~イエヤスぅ~、そんなに簡単に人としての誇りを捨てないでよ~ぅ? イエヤスはもう正式にエッダの森を統べる大将軍なんだからさー?」

「……はあ。やはり、慎重というよりも小心な殿方ですのね……昨夜のセラフィナ様は安全でしたのね、安心致しました……はっ? まさか妾も接待要員を務めさせられますの? アフォカス家歴代の当主たちに顔向けできませんわ!?」

「当然、やってもらう。阿呆滓家当主ならばこそ、強烈な接待力を発揮できるのだ」

「そんなああっ? 横暴ですわっ!?」

 家康には、気難しい信長を領国に迎えてこれでもかと大接待した経験がある。

 信長は猜疑心が強く、謀叛を企んだ家康の妻子の処分を要請してきたほどの男だ。もしも接待に失敗して怒らせれば(妻子処断の件で余に恨みを抱くか)と疑われてどんな目に遭うかわからない。家康は、エルフ並みに気位が高い三河武士たちに「誇りを捨ててくれ」と頼んで回り、無骨な彼らを文字通り「信長公の奴隷」の如き接待奉仕軍団と成し、膨大な予算を投じた前代未聞の接待を敢行して見事に信長を満足させたのだった。

 なにしろ信長を渡河させる際に、頑固な三河武士たちを河の上流に人柱の如くこれでもかと放り込んで河の水流を弱めさせるという、卑屈というレベルを超越した壮絶な接待ぶりをやってのけたのだ。

 今、そんな慎重勇者・家康の真骨頂――柔と見せかけて剛、弱腰と見せかけて決して屈服しない二枚腰の外交力が、異世界で試されようとしていた。

(この世界の人間に果たして通じるか? 外交使節団の長は如何なる者か? 異世界に茶道や能はあるのか? 代替となる数寄文化は? 接待前に是非とも知っておきたい)

 だが、今の家康は服部半蔵率いる伊賀甲賀忍者のような便利な諜報組織を持たない。ターヴェッティやエレオノーラから主立った使者の人となりや、この世界の人間との外交における常識をごく手短に教わり、後は臨機応変に対応する他はなかった。

「俺は、昨日異世界に来たばかりだ。付け焼き刃では間に合わん。接待の大筋は俺が決めるが、細々とした実務指揮は阿呆滓に任せる」

「な、なぜですの? 妾は国防長官であって、接待要員ではありませんわ」

「多くの家臣団を率いてきた俺の眼力を信じろ。優雅で高貴なそなたには、武官よりも外交官の才能があると見た。その無愛想さを改めて笑顔を浮かべれば、だがな」

「が、外交官の才が妾に? ですが、経験がありませんわよ?」

「俺にもこの世界ではそんなものはない。頼むぞ」

「ねえねえイエヤス、私はー? むふー。私も頑張ってお手伝いするよー?」

「……世良鮒はお茶汲みか踊り子でもやっていろ。お前はちと騒がし過ぎる」

「ちょっとーっ? これでも王女なんですけどーっ? あーっ! エレオノーラと私の見た目の女子力の差がそのまま接待力の差だと思ってるんでしょーっ! んもう、私をとことんお子さま扱いしてっ!」

 ええい騒がしい、完全にお子さまではないかとぼやきながら、足りない部分は前世での経験と相手の顔色を読むわが眼力で補うしかないと家康は覚悟を決めた。

「イエヤス様。今までにはなかったことですが、此度は当代のヘルマン騎士団長ご自身が使節団を率いて来るそうですじゃ。かの『常勝将軍』ワールシュタット殿のお子さまであらせられ、団長となってからは決して笑顔を見せぬ生真面目で強情なお方故、細心の注意を払われますよう」

 ターヴェッティが、そう告げてきた。ふむ、加藤清正の如き忠義一徹の猛将であろうか。ならばよし、むしろ無骨者ほど接待しやすいものだと家康は安堵した。だが――。


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