第四話 07
「ヘルマン騎士団の外交使節団から、書状が届きました! 直ちに勇者を皇国に護送し裁判にかけたいと、勇者様の身柄引き渡しを要求してきました! 断れば、エッダの森に外交使節団が直接交渉に訪れると! 如何致しますか?」
門を守備していた見張り番が、息を涸らしながら元老院に飛び込んでそう報告したのである。
元老院は騒然となった。もはや下着問題とかスライム肉問題で騒いでいる場合ではない。
「王女を救いし勇者の身柄を渡せとは、なんという無理難題。誇り高きエルフが容易に呑めるはずもない」
「まあ実際、引き取ってもらえるならば助かるが、一応は王女の大恩人だからな……」
「これはただの口実だ。イエヤスの引き渡しを断れば、待ってましたとばかりに使節団が乗り込んできてエッダの森からの即時退去を命じるつもりだろう。それが真の目的だ」
「左様。今までわれらは、人間族から何度も森からの退去を要請されたが全て断ってきた。今回突っぱねても、彼らは執拗にやってくる。外交使節団をどうにか誤魔化しても」
「いよいよ騎士団のみならず、ヴォルフガング一世率いる人間族最強の軍事国家、アンガーミュラー王国の大軍が攻め込んでくるだろう」
「あの王国は、建国以来僅か十年のうちに次々と勢力を拡大しているからな」
「いくらエッダの森が天然の要害とはいえ、かの王国が乗り出せば彼我の戦力差はあまりにも違い過ぎる……」
「大軍で森を包囲されて干し殺されれば、たちまち飢餓地獄だ。王国軍は、物量にものを言わせた包囲戦術を得意とするという」
「……イエヤス殿に『スライム肉を食って乗り切れ』と言われたら儂は自決する……」
「ダメだよーみんなー! イエヤスを引き渡すなんて絶対ダメー! ああっでも断ったらこれ幸いと立ち退きを迫られちゃう! どうしよう、どうしようエレオノーラぁ~」
「断腸の思いですが、妾は国防長官として常にセラフィナ様の身の安全を最優先致しますわ。やむを得ません、イエヤス様を引き渡して森への侵攻の口実を与えない選択を……」
「ダメだよう! イエヤスを素直に引き渡したって、どーせまた立ち退きを迫られるに決まってるじゃんっ! こういう時に唯々諾々と譲歩すればするほど相手の要求ってどんどんエスカレートするんだよ? エレオノーラの私への躾けっぷりだって常にそうじゃん!」
「……セラフィナ様? あなたは妾をそういうふうに見ていたのですか。少しばかり傷つきましたわ?」
どうする家康。どうやってこの窮地を脱する?
「ううむ。困った、なにも思い浮かばん……」
「あーん。せかせかと爪を噛んでる場合じゃなよぅイエヤスぅ~!」
だが、そんな家康に救いの手を差し伸べてきた者がいた。
元老院名誉顧問にしてエルフ族最長老。エルフ族の寿命百年を突破してなお肉体を老いさせながらも生き続けている「エルフの生き字引」、老賢者ターヴェッティが杖を突きながら元老院に久方ぶりに出席したのだった。
無論、「勇者現る」という一報を聞いて老体に鞭打ち駆けつけてきたのだ。
「あーっ、長老様~っ? 腰痛で寝込んでたんでしょ? お身体はだいじょうぶ~?」
だいじょうぶですじゃ、と長老はセラフィナに微笑んだ。「老いたエルフ」をはじめて見た家康は(人間の老人よりも干からびておるな)と少々驚いた。
「イエヤス様。儂はエルフ族の長老ターヴェッティ・ワイナミョイネン。エルフ族の伝説は、ワイナミョイネン家当主が口伝で伝えておるものでしてな。見たところ、エの世界より召喚されたその日に異種族から大将軍になれと勧められ、さらには騎士団から出頭せよと迫られてずいぶんと迷われておられるご様子。召喚初日より苦労なされますのう」
「俺は生まれつき苦労には慣れている、田淵殿。だが老いぬエルフにも老人がいるとは」
「左様、儂は百五十年を生きながらえております。王都陥落の折にはわが王よりセラフィナたちを託され、恥を忍んで王都からエッダの森への亡命の旅を指揮致しましたわい」
エルフは不老不死の種族で、肉体の全盛期を迎えた後、寿命を迎えるまで老化しない。
だが「大賢者」ターヴェッティは、エルフ族に伝わる伝説を完璧に暗唱し語り継ぐという大任を担ったワイナミョイネン家に伝わる「知識の魔術」を会得しているため、百年を超えてなお生き続けることができる例外的な存在なのだった。
王に殉じることを許されず、最長老でありながら王都から落ちのびねばならなかったことを、ターヴェッティは誇り高きエルフの一員として恥じていたが、セラフィナやエレオノーラたち幼い未来のエルフたちを守るという使命のために敢えて生き延びるという辛い道を選び取ったのである。
百数十年を生き抜き「大厄災戦争」の全てをその目で見てきたターヴェッティの智恵とカリスマ性なくして、王都から脱出したエルフ族の亡命成功は有り得なかった。
「うむ。田淵殿、そなたの智恵は信頼できる。前世でも俺は、老賢者の経験に裏打ちされた智恵を尊重してきた。本多正信、南光坊天海、金地院崇伝たち賢者集団なくして、俺の天下統一は有り得なかった」
「ほっっほっほっ。勇者殿に一目で信頼して頂けるとは、老いてよかったですわい」
「そなたが醸し出す雰囲気は、寂れた湿地帯だった江戸を徳川の都として大改造した天海にどことなく似ておる。田淵殿? 人間から出頭を求められた俺は、どうすればよい?」
「イエヤス様。『勇者は異教徒で人間の敵』というモンドラゴン皇国の預言書解釈は、教皇以外の権威を決して認めぬ教団に都合よく改竄されたもの。別世界から来た異教徒の勇者に活躍されては、皇国は面目を失いますからな。今あなたが皇国に行けば、即座に殺されましょうぞ」
「それでは、人間の教団の預言書よりもエルフの伝説のほうが本来の歴史に近いと?」
「左様。エルフは自然を愛し、嘘や詐術を好みませぬ故。人間の如く、ただひとつの神のみを報ずる強固な信仰によって種族を束ねるという便利な道も選びませなんだ。今なお、神木、大気、大地、森、水、生物にあまねく満ちているプネウマを神なる生命の力として奉じ続ける素朴で古めかしい種族でございますよ。ちと贅沢癖がありますがのう」
「ならば、エルフはあくまで勇者を受け入れると? だが俺は、魔王がどういう者なのかも知らない門外漢だ。この世界の歴史も地理も勢力関係も飲み込めていない」
「左様なものは、聡明なあなたならばすぐに覚えられましょう。ともあれ、混乱している元老院から一端離れて、地下の旧神殿跡にご案内致しましょう――そこで密かにお伝えしたいことがございます」
古代の火山活動の名残で、エッダの森の地下には大空洞がある。かつてはプネウマが強かったため、古代のエルフ族が儀式神殿として利用していた。
しかし、地上へと芽を出して成長した巨木・宇宙トネリコが大空洞のプネウマを吸収して以来、宇宙トネリコの森が儀式に用いられる聖地となった。以後、大空洞は貴重な文化遺産「地下神殿跡」として保存され封印されており、誰も立ち入れない。
その大空洞に、「神殿跡に通じる間道を知る者は儂一人。間諜も決して入り込めませぬ」とターヴェッティは家康を連れて行ったのである。
神木・宇宙トネリコが屹立している丘陵の側面に流れる滝の向こう側に、地下神殿跡へと連なる秘密の通路が隠されていたのだ。
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