第四話 06
「どうもこんばんは、徳川家康です」
平民の挨拶だそれは! と一斉に野次が飛んできた。知るか、と家康は腹を立てた。
だが、ここはとりあえず彼らの警戒心を解かなければならない。武人の台頭を警戒するのは貴族の常だ。家康も京の朝廷相手にさんざん苦労してきたので手慣れている。
「さて、手短に自己紹介しよう。俺は前世で乱世日本を統一して徳川幕府を開いた覇王だ。しかし、乱暴な武人ではないので安心して頂きたい。座右の銘は『忍耐』。我慢強さと慎重さには定評がある。天下統一まで、じっくりと七十五年かけたからな」
七十五年? 気が長過ぎる! 人間の寿命を超えている高齢ではないか! この世界の人間たちはいつ森に侵攻してくるかわからんのだぞと議員たちはいよいよざわめく。
「ううむ。逆効果だったか。エルフは寿命が長いので、俺の悠長さ、いや、慎重さは喜ばれると思ったのだが……」
「イエヤス殿。貴殿がヨウカハイネンを射た勇者だとは認めましょう。だが、異世界から来た異邦人にわれらエルフを導く大将軍職が務まるのですかな?」
議会の最前席に陣取った小太りの議員が、家康に質問を投げかけてきた。
「この世界での知識と経験が不足していることは認める。王女の世良鮒様や阿呆滓殿、そして元老院の諸君からいろいろとご教示を賜りたい。俺は学ぶことにかけては執拗でな。武術の修行を続ける一方、自ら古今東西の医学書を収集して自分で薬の調合をやれる名医にまでなった男だ。一国を統治するための帝王学も、当然学んでいる」
どうして天下人がわざわざ薬を調合したりするのだ、と議員たちは困惑した。
「薬を甘く見るでない! 俺は、健康のためならば死をも厭わんのだ! 諸君は『治癒の魔術』という医学魔術を持っているが、俺の製薬技術と組み合わせればさらに強化できる!」
そこに突っ込んだら怒るくらいに薬好きなのか、と議員たちはいよいよ不安に。
痩せた女性議員が家康に突っ込んできた。
「イエヤス殿、あなたの帝王学の極意は? 手短にお願いします」
「『無理をしない』。『家臣に寛容』。『無用な戦はしない』。俺は冒険よりも安全を重視する男だ。俺が開いた幕府も、この方針に沿って日本を平和に統治していることだろう」
「我らが想像する『勇者』とは真逆の温厚なお方のようですね。そこは安心致しました。ですが横暴を極める人間族や、いずれ侵攻してくる魔王と臆せず戦えるでしょうか?」
「俺には、ぬっへっほうや翼竜と一騎打ちして倒し、魔弓を引く程度の武力がある。いざとなれば自ら軍を率いて最前線で戦う男だ。ただ、戦争は俺にとっても兵や民にとっても危機を招く害でしかない。故に、できるだけ戦を避ける道を選ぼうとぎりぎりまで努力する。それだけのことよ」
「……なんとも、英雄らしさや果断さに欠けるお方ですね……どうにも心配です」
「うむ。勇者の力は持っていても、エルフ族の命運を託すには少々頼りない」
「覇気がないというか、顔立ちも平べったいし、別段大柄でもないし、この世界で戦う人間族の将兵と比べると見劣りがするのう」
「そうじゃな。同じ人間の武人でも、まさしく『戦場の英雄』であった常勝将軍ワールシュタットや、知略を駆使して魔王軍を暗黒大陸に撤退させて新たな国を築いた華々しいヴォルフガング一世と比べると……」
「なんとも地味の一言に尽きますね。人物に面白みがない」
地味。面白みがない。家康は前世でもさんざん織田信長や豊臣秀吉と比べられて、その言葉をかけられ続けてきた。どうやらエルフ貴族は派手好みらしい。議員たちの豪奢な衣服や身に帯びた装飾品、そして元老院のあちこちのテーブルに積み上げられた美食の数々を見ればだいたいわかる。
「地味とはなんだ地味とは。今は戦時下である、豪奢な趣味道楽に耽っている時ではないのだ! 議員諸君は贅沢に暮らしているようだが、国庫は潤沢に潤っているのか?」
家康は、珍しく切れた。日本に続いて異世界でもまた信長公や太閤殿下と比べられて「つまらん奴だ」と言われ続けるのかと思うと、情けないやら哀しいやら。
「……さ、さあ? 国庫のことは、国防長官に任せておりますので……」
「確か、国庫はほとんど空っぽだと聞いていますが」
「詳細はエレオノーラ殿しか知りませんので……」
なんと。財政破綻寸前だというのに議員たちにはまるで危機感がない。これぞまさしく貴族だ。十年も森に籠もっているうちに、みな現実感を喪失してしまったのだろうか?
「やむを得ん! 俺は勇者として新たな政策を提案したい! えっだの森の財政を立て直すすべく、質素倹約からはじめるべし!」
家康が爪を噛みながら突然そう宣言したので、えええっ? と議員たちがどよめいた。
この地味な勇者は、やたらと慎重で温厚なのに、突然切れる癖があるらしい!
「わが政策案はこうだ。今後、白い下着の着用を禁止する! 亡命中だというのにえるふの衣装は贅沢過ぎる!」
「ちょ、ちょっとお待ちください? 下着に白以外の色などあるのでしょうか?」
「俺を見習って黄色い下着を着ければよい。汚れが目立たぬので長く保つ」
「冗談はおやめくださいっ? われらエルフは清潔を何よりも重んじる高貴な種族です、そんなものを身に帯びたら屈辱で死んでしまいますっ!?」
「下着が黄色いくらいで死ぬはずがなかろう。この元老院に並ぶ豪華な食事も気がかりである。同じえるふ族でも、平民はもっと困窮しているはず。以後は美食趣味も禁止し、主食は玄米とすべし! 俺は玄米と野菜と味噌汁に少しの焼き魚という質素な食事を続けて長生きしたのだ、美食など健康に悪い!」
「ゲンマイとかミソってなんですかっ? そんなものはこの世界にはありません!」
「米がなくとも、似たような穀物はあるはず。味噌がないのなら、開発すればよい」
「美食を奪われたら、森から出られぬわれらエルフ貴族はなにを楽しみに生きていけばいいのです?」
「肉は? 肉はどうするのです? 魚だけではあまりにも寂し過ぎます!」
「俺が捕獲したぬっへっほうから、無限にすらいむ肉を採取できる。すらいむ牧場を築いて、すらいむ肉をえるふの国民食とする。それで大幅に食費を節約できる」
「「「冗談も休み休み言って頂きたい! スライムなんか食べられるかあああ~っ!」」」
家康の吝嗇な「生活改革案」は、贅沢に慣れた元老院議員たちを青ざめさせた。
高貴・優雅・美食というエルフ文化の基本的な価値観を田舎臭い三河流に改めるという致命的な選択ミスである。
ついには「こんな貧乏くさい勇者がいるか!」と大ブーイングが巻き起こった。
まさしく吝嗇な家康と豪奢なエルフ貴族とは、水と油の如き関係であった。
見かねたセラフィナとエレオノーラが、壇上に上って孤立した家康を慌てて庇った。
「ちょっとちょっとイエヤスぅ~! 演説が下手ぁ! 黄色い下着とスライム肉を貴族たちに押しつけちゃダメだってば~! 私は、スライム肉はイケると思うけどね~」
「セラフィナ様はなんでもぺろりと食べてしまいますから。スライム肉を食べろだなんて、並のエルフ貴族には耐えがたい屈辱ですわよ、イエヤス様」
「しかし、国庫が破綻寸前だと……ならば倹約しかあるまい。そもそも王都陥落の際に多くの人材が失われたため、今の貴族たちは阿呆滓に面倒ごとを押しつけているではないか。一芸に秀でた人材を収集してしかるべき役職に付けねば、えっだの森は立て直せんぞ」
「そ、そう言われましても、平民階級からの人材育成は前例がなくてそう簡単には……」
「かつてともに魔王軍と戦っていた異種族がいるだろう。彼らのうちの優れた者を政権に招けばよい」
「「「エルフ貴族の職業は代々世襲制なのだ! 同じエルフ族の平民ならまだしも、異種族を政権に入れるなど冗談ではない!」」」
「うええええ。それっていい考えだなーと思うけれど、貴族議員さんたちは違うみたい! 火に油を注いでるよぅ、イエヤスぅ~」
このままでは元老院議会が「イエヤスをエッダの森から追放する」と決議しかねない。
この時、一通の書状が森にもたらされていなければ、家康はどうなったかわからない。あるいは、追放勇者ルートを辿ることになったかもしれない。
だが、そうはならなかった。
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