第四話 03

「情報がどこからか漏れていたのか、それとも魔王軍に有能な軍師がいたのか、あるいは単なる不幸な偶然だったのかはわかりませんわ。ですがさしものヘルマン騎士団も、『常勝将軍』の突然の討ち死にに衝撃を受けて大壊乱しましたの。死を覚悟した父上は、『私のかわいいエレオノーラ。セラフィナ様をお守りしてエッダの森まで落ちのびなさい』と優しい笑顔を浮かべて、妾に別離を告げましたの――」

『敗戦と亡国の責任は今回の作戦を立てた私にある。王と、そして国家ともに運命をともにする、それが名誉あるアフォカス家当主が最後に果たすべき崇高な義務なのですよ――お前は私のようにはならないでおくれ、エレオノーラ。軍を率いる仕事は、優しいお前には似合いませんよ』

 それが、エレオノーラの父タレーランが娘に残した最後の言葉となったという。

 国王も国防長官タレラーンも元老院の老いた貴族たちや平民のエルフたちも、「援軍来たらず」と悟るや否や、自ら王都に留まって魔王軍を引きつけ続ける道を選び、働き盛りのエルフ族や未来ある若いエルフ族たちをエッダの森へと逃がしたのだった。

 そう、エレオノーラやセラフィナたちを。

「イエヤスぅ。私は森へ逃げる旅の途中で一度、心が折れて歩けなくなったんだよ。なんだか胸騒ぎを覚えてね、ふと背後を振り返ると同時に王都の方角から凄まじい黒煙が吹き上がる光景を見ちゃって、父上たちが討ち死にしちゃったと悟って泣き崩れちゃったの」

「本城が落城する光景を見てしまった子供なら当然だ。乱世の定めとはいえ気の毒にな」

「でもね! エレオノーラが、そんな私を救ってくれたんだよ? 『妾のかわいいセラフィナ。だいじょうぶよ。妾はここにいるわ。絶対にあなたを独りぼっちにはしないと誓うわ。永遠にあなたとともにいると。ずっとずっと、妾があなたを守るから。だから今だけは父上たちのためにともに泣きましょう。そして、涙が涸れるまで泣きはらしたら胸を張ってエルフの故郷の森へ向かいましょう――』そう言って私をぎゅっと抱きしめてくれたんだー! 私とエレオノーラが『明日からはもう泣かない』と誓ったのは、この時だよ!」

「ま、待ってくださいセラフィナ様。妾の物真似は止めてくださる? しかもその言葉は……よ、余人に聞かれたくはありませんわ!?」

 二人は分かちがたい親友であり姉妹なのだな、だが人間とエルフの関係はいつ拗れたのだ? と家康は首を傾げた。

「魔王軍の撤退後ですわ。人間陣営の態度が一転しましたの。魔王軍から奪回したエルフ王都を新たな人間の王国の新王都とし、エルフの旧領を奪ってしまいましたの。セラフィナ様は『人間の騎士団だって行軍中に団長を討たれたんだし、北部に軍事国家を据えて次の戦争に備えなくちゃ。仕方ないんだよ』と決して人間を恨まみませんでしたけれど」

 善くも悪くもセラフィナらしい脳天気さだと家康は頷いた。ある意味超人的とも言える。

「ですが、妾は王都を返還しない人間の裏切りをどうしても許せませんの! 国防長官の座を父上から受け継いだ者として! なのに、妾は攻撃系魔術の素養がなく、植物系統の魔術に特化した体質の持ち主でしたの。そんな自分が国防軍のトップに立っている限り、王都奪還はままならない。それが口惜しくて――」

「ま、魔術の才能は生まれつきのものなんだから仕方ないよぅ、エレオノーラぁ。また魔王軍が攻めてきたら人間とも仲直りできるってば。ね?」

「……この通り、セラフィナ様はお優し過ぎます。このままではエルフはいずれ増長した人間に滅ぼされます。故に妾はもう笑わない。喜怒哀楽を捨て、私信を捨てよう。冷血の国防長官としてセラフィナ様を守り抜くために――このエッダの森を難攻不落の城塞都市とするために、全てのエルフに憎まれても構わない。妾はそう覚悟したのですわ」

「うぇ~ん。そうお堅いことを言わずに~。ほらほら笑って、笑ってエレオノーラぁ?」

「セラフィナ様? あなたがどうにも頼りないから、妾が盾となるしかありませんの!」

「それは感謝してるけどね~。人間族との外交を断ったのはともかく、エッダの森にドワーフもダークエルフもいれない完全鎖国体制はどうかと思うなあ~?」

「誰が人間側の間者かもわかりませんもの、異種族の入国禁止処置は仕方ありませんの!」

 亡き父が亡国の責任を背負っているという負い目と、武の才能がない自分がセラフィナとエルフ族を守らなければならないという過酷な重圧が、いつしかエレオノーラを高貴で優雅だがどこか非情さを感じさせる「氷のエルフ」に変貌させたのだと家康は合点した。

「成る程。主君への忠義心と情愛故に、非情の宰相となる道を選ばれたか。豊臣家を守るために自ら憎まれ役を引き受け続けていた石田治部少を思いだすな。王都陥落以来、そなたは世良鮒の庇護者たらんと生きてきたのだな。健気だな」

 石田三成は豊臣家への忠義心が強過ぎて、秀吉の死後に諸将から「次の天下人」と目されていた家康を排除しようと関ヶ原の合戦を起こした。だが彼は優秀な能吏だったが哀しいかな軍才がなく、家康率いる東軍に破れ去った。

 だが、あの者の忠義心はまさに武士の鑑であった。エレオノーラもまた、治部少に匹敵する熱い忠義心を持った能吏であろう。家康は(真の才能を発揮する機会さえ彼女に与えられればな)とエレオノーラのために祈った。

「そ、そのような世辞を言っても無駄ですわよイエヤス様? それほどご自分が伝説の勇者だと言い張るのでしたら、エルフ族に伝わる魔弓ヨウカハイネンを見事に引いて、空を飛ぶ鳥を射貫いてご覧なさいませ」

「ダメだよーエレオノーラ? あの弓は膨大な大気のプネウマを一気に吸収して矢に籠めるから、射手の身体に酷く負荷がかかるんでしょ? 下手したら心臓が止まって死んじゃうって。だから、長らく使用禁止にされて……王都陥落の際にも誰も使えなかったのにぃ」

「ええ、妾は国防長官ですもの。魔弓の危険性は知っていますわ。ですがセラフィナ様? 選ばれし伝説の勇者ならば魔弓を引けるとも言い伝えられていますでしょう?」

「ふえええ。そ、そうだっけ~?」

「衛兵、宝物庫からヨウカハイネンを! 一撃で鳥を撃ち落とせればあなたを勇者と認め、元老院に通してさしあげますわよイエヤス様?」

「「「了解致しました!」」」


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