第四話 02

「セラフィナ様お一人ならば通しましょう。ですが、甲冑と剣で武装した人間の剣士を元老院に入れるわけにはいきませんわ。即刻逮捕して入牢を申しつけます! 衛兵たち!」

「待ってよエレオノーラ! イエヤスはエルフ族に伝わる伝説の勇者様だって言ってるでしょっ!」

「お人好し過ぎますわね。その者が本物の伝説の勇者だという証拠はありますの?」

「あるある! 三つ葉葵の御紋入りの印籠を持ってるんだから! 人間たちも『勇者の証だーっ』て震えあがってたよ~?」

「……そんなものは、預言や伝説にまつわる知識を手に入れれば誰でも偽造できますわ」

 陽気でオーバーアクション気味で表情がころころと変わるセラフィナとは対象的に、国防長官エレオノーラは気品溢れる優雅さと氷のような無感情をもって王女に相対していた。

 家康は「そうか、成る程」と合点した。

「よくわかった世良鮒。この高貴な娘のほうが王女で、お前は影武者を務めている村娘なのだな? 大人しく白状しろ、今ならばまだ許すぞ?」

「ちーがーうー! 王女は私っ! そりゃエレオノーラは代々国防長官を務めるエルフ族最高の名門のご令嬢で、エルフ族一の資産家よ? 慎ましい小さな荘園しか持たない王家なんかよりもずっと家格は高いよっ!」

「そのような裏事情は知らんが、見た目にも威厳の差がありありでな」

「ふええええん。わかってるよう、エレオノーラのほうが女王らしいことくらい! 背も高いし美人だしオトナだしプロポーション最高だしねっ! どーせ私は長身が基本のエルフ族の中ではちんちくりんだからあ! エルフの娘にしては背も低いし胸も薄いしお尻も小さいしねっ! お子さま体型って奴?」

「ダメですよセラフィナ様。卑屈過ぎますわ、人間の前ではしたないですよ。エルフ族の王女らしく誇り高く振る舞いなさいといつも言っていますのに。それに、あなたは誰よりも天真爛漫で愛らしいですわよ?」

「言い方に心が籠もってなーいー!」

「あら失礼。これは妾の地ですわ。真心を籠めて伝えているつもりですのよ?」

「かわいいのと美人なのは違うのーっ! かわいさで勝負したら、そのへんの野良猫のほうがよほどかわいいじゃん! 大陸一の美女と誉れ高きエレオノーラ・アフォカス様には、持たざる者の気持ちがわからないのよ~ぅ!」

「……はあ、なにを言いだすのかと思えば……今日はいつもより荒れていますわね。そのイエヤスという男のせいですか? それほどにイエヤスを大将軍に叙任したいのですか?」

「待て、阿呆滓家だと? 誇り高きえるふ族最高の名門が、阿呆滓? ぷっ……うわーっははははははは!」

「ちょっ? 突然なんですのっあなたは? わわわ妾の栄誉ある家名のどこがおかしいのですかっ?」

「おっと、しまった。俺としたことが、つい人前で爆笑してしまった。これほど受けたのは古田織部のふざけた茶会に出席した時以来。失礼」

 日頃自らの感情を抑制している家康は、滅多に爆笑などしない実に面白みのない男だが、稀にツボに入ると三河武士の素が出て笑い転げることがある。

 武辺ばかりが悪目立ちする三河武士にも芸はある。家康の宴会芸はあじか(ザル)を売る商人になりきって「本物と見分けがつかない、家康殿はやはり影武者と入れ替わっていたのだ」と噂を立てられるほど堂に入っている「あじか売り踊り」だし、家老の酒井忠次は一度も滑ったことのない「海老すくい踊り」という珍妙な踊りを得意としていた。日頃は実直な顔をした忠次がわざわざ手ずから拵えた海老のかぶり物を着て必死の形相で踊るのだから、笑いの沸点が低い戦国時代の武士たちに受けないはずがなかった。

 この時、家康が不意に爆笑した理由は、高貴で美麗な名門貴族令嬢の家名がアフォカス家――アホカス家――阿呆滓家――要は駄洒落に聞こえて受けたのだ。

 家康に悪気はないのだが、日頃冷静なエレオノーラは激しく動揺して激怒した。

「よよよよくもあなた、妾の家名を嘲笑しましたわね? 妾が寛大にあなたを許そうとも、アフォカス家歴代の当主たちの魂が許しませんわよ? セラフィナ様? このイエヤスという人間を勇者を詐称する詐欺師として即刻逮捕し、裁判にかけますわね!」

「待って待って~! イエヤスはちょっと変わってるだけだからーっ! ちょっとというか、浅黄色の下着を愛用したりとか、かなり変わってるけど! 変人奇人の類い?」

「せ、セラフィナ様? なぜこの男の下着の色などを知っているのです? まさか、誇り高きエルフ王女が人間の殿方と? そそそんなこと、絶対に許されませんわよ!?」

「違う違う、誤解だってば! んもう、持ち前の無愛想さ、じゃなかった慎重さはどこに消えたのようイエヤス~! エレオノーラが激怒してんじゃんっ!」

「……こほん。俺としたことが、不意打ちを食らってつい。すまん、謝罪する。だが、なぜそう世良鮒に突っかかるのだ阿呆滓? 二人は幼馴染みだと聞いたが」

「セラフィナ様に突っかかっているのではありませんわ。妾は、人間が信用できないのです。人間は欲が深く、己のために好き勝手に自然を破壊し、その心と言葉には常に表裏がありますから。われらエルフ族が王都を失い多くの同胞を失い今またエッダの森からも追われようとしているのは、人間が私欲に塗れた種族だからですわ」

「ふむ。わが身を省みれば、誤解とも言い切れんな。えるふは、それほどに人間に苦汁をなめさせられてきたのか」

「ええ。妾だけではありませんわ、この森に暮らす全てのエルフが人間のために――」

 だが俺は異世界から来た人間だ、よければ話を聞こう、と家康は頷いていた。

「……妾は、代々国防長官を務める裕福な名門貴族アフォカス家の令嬢。セラフィナ様は私財を溜め込まずに清貧を貫いてきた王家ユリ家の王女ですの。ユリ家の国王は代々、自然を愛し清貧とともに生きるという家訓を守り、王権を乱用して私欲を満たすことなく、常に元老院を尊重し、貴族と平民の調整役という役割を見事に果たしてきましたわ」

「ほう。阿呆滓家は、よくぞ王権を奪取しなかったものだ。見事な宰相の家系ではないか」

「そーいえば、イエヤスは以前の主家から天下を簒奪したんだっけ~?」

「人聞きの悪いことを言うな世良鮒、少々違う。俺は十年以上豊臣家の臣従を待ったのだ」

 主家簒奪? やっぱり腹黒い狸みたいな人間ですわね、とエレオノーラは躊躇った。だがセラフィナがなぜか家康に懐いているので、対話を続けることにした。

「……エルフ族にも政治闘争はありますわ。エルフ貴族たちは長らく、『アフォカス派』と『王家派』に分裂しておりましたの。ですが、大厄災戦争がはじまりエルフの王国が存続の危機に陥ったことで、両派閥はむしろ強く結束しましたのよ」

「エレオノーラのお父さまが頑張って奔走してくれた結果なんだよ、イエヤスぅ!」

「ええ。国防長官を勤めていた妾の父上が、国王陛下を自らの荘園に招いて歴史的な和解会談を実現し、両家の対立を解消しましたの。その証として、お互いの一人娘だった妾とセラフィナ様を義姉妹として一緒に養育することにしたのですわ。父上は、幼い妾に『これからは実の姉妹としてともに暮らすように。どのような時も二人で力を合わせて試練を耐え凌ぐのだよ。お前は今日から王女の姉だ、私のかわいいエレオノーラ。姉は妹を守るものなのだ』とご教示くださりましたわ」

「荘園で引き合わされた私たちは、季節ごとにアフォカス家とユリ家の荘園に仲良く移り住みながら、姉妹としてすくすくと育ったんだー! 二歳年上のエレオノーラが姉でぇ、私が妹! エレオノーラは花をこよなく愛していてねー、私を自分で育てた花壇にたびたび招待して様々な美しい花とその育て方について親切に教えてくれたんだよー!」

「だが、その王都は魔王軍の攻撃を受けて陥落してしまったというわけだな」

「ええ。強悍な魔王軍の侵攻がついに王都に及ぶに至り、父上は起死回生の打開策を打ち出しましたの。エルフ王都に魔王軍主力を引きつけて籠城戦に持ち込み、不敗の伝説を築いた『常勝将軍』ワールシュタット騎士団長率いるヘルマン騎士団が迂回奇襲を決行し、背後から魔王軍を一気に叩くという策を。百年近い戦争が、やっと終わるはずでしたの」

戦争において、奇策は大勝利かしからずんば全滅。エルフ王都が魔王軍主力の猛攻を受けている間に、ヘルマン騎士団の奇襲部隊を率いて夜間行軍中だったワールシュタットが突如として魔王軍の伏兵に襲われ、敢えなく討ち取られてしまったのだという。


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