炎の色は -12-
「アルジェ、君には単にコロロと名乗っていたが、私の本当の名はコロロフラムという。二十年以上前にこのマカジャハットへやってきて、宮廷魔術師となった。しかし宮廷魔術師は必ずしも、君主や大臣の相談役となるような、重要な立場にあるとは限らない。宮殿にいる数十人の魔術師たちは、それぞれ違う地位や役割を持っている。
魔術師たちは年次や能力に応じて出世するのだけれど、野心のある者は、これを一種の競争と捉える。人生を賭けるに値する、重要な成りあがりの手段だ、とね。だから出世する人物は、必ずしも広い見識と優れた品性を持つ者ばかりではない。複雑な利害や力関係に敏感で、如才なく振舞える者。策謀を巡らせて、他人を陥れるのに躊躇のない者。ほかのさまざまな場所と同様、そういった俗物が、得てして力を握った。
あれは先王の御代で、十年ほど前のことだった。ひとりの男が新たに宮廷魔術師として、どこからともなくやってきた。ジハーグという名で、このときおそらく三十歳かそこらだったろう。年齢以上に老けて見える、痩せて、不吉な顔をした人間だった。しかしジハーグは魔術師として、間違いなく傑物だった。ヤツが最終的に体得した魔術は、死する定めを持つ者として、これ以上ないほどのものだったと思う。ジハーグはさらに、私がさきほど言った、成りあがるための才覚や性質も兼ね備えていた。当然の帰結として、ヤツは驚くべき速さで権力の階段をのぼっていった。
数年のうちに、ジハーグは宮廷魔術師たちの筆頭となり、大勢を自らの派閥に取り込んだ。その中には半ば脅されて従っている者もいたし、ヤツを心から崇拝している者もいた。ジハーグの派閥でない者も、ヤツに表立って逆らうことはほとんど不可能だった。暗闘の末、不審な死を遂げたり、行方不明になったり、気の狂ってしまった同僚が何人もいた。
やがてジハーグは魔術師たちだけでなく、宮廷全体を掌握しようとしはじめた。先王の耳に毒を吹き込み、堕落させ、自らの傀儡にしようとしたんだ。そうなると、私もいよいよ無関係ではいられなくなった。権力闘争から距離を置くことそのものが、ジハーグの横暴を追認するのと同義だからだ。最低限の良識を持つ魔術師として、もはや事態を静観することはできなかった。しかし悲しいかな、私はジハーグよりも長く生きていながら、ヤツの髭の先ほども強かではなかったんだ。
私が叛意を公にし、味方を増やす前に、刺客が差し向けられた。私は自らの魔術で数人を退け、数人を屠った。しかし、とうとう襲ってきたジハーグ本人には敵わなかった。呪いをかけられ、力を奪われ、命からがらマカジャハットから脱出するのがやっとだった。
宮殿を放逐されたあとも、私は狙われ続けた。行こうと思えば、かつて学んだユーシズに帰ることも、ラージャハからさらに北へ向かうこともできただろう。しかし私はそうしなかった。意地のようなものがあったのだと思う。それから半年の間逃げ回り、いい加減追手も諦めただろうと思えたあたりで、私はディガット山脈の近くにある、素朴な村を見つけた。
マカジャハットからほどよく離れ、敵が入り込みづらい、傷ついた心と身体を休めるのにうってつけの場所だった。アルジェ、それがサフラ村だったんだよ。あとの六年は、君の知っている通りだ。
私のいない間、マカジャハットの宮廷でなにが起こっていたか。これは私が直接見聞きしたのではなく、オルドウィンから教えてもらったことだが、彼は宮廷の内情によく通じているから、おおむね正確な事実だろう。
ジハーグは実権を掌握することにおおむね成功し、先王から政治的にも精神的にも力を奪っていった。しかしそのころ、たったひとつだけ想定外のことが起こった。先王とイェキュラさまとの出会いだ。
現女王のイェキュラさまは、もともと踊り子だった――娼婦だったという話もあるが、それは信憑性の薄い流言の類だ――とにかく、宮殿で芸を披露したイェキュラさまに、先王はいたく惚れ込み、長らく不在だった正室の座を与えた。
もちろん、王家の品格という観点から、結婚に反対する者はいた。しかし力を失いつつある王が踊り子を娶ったところで、いまさらどんな影響があるというのか? 多くの者はもはやそれを重大事と見なさなかったし、ジハーグもおおむね同じような態度を取った。
踊り子という素性ゆえ、ジハーグは当初イェキュラ妃に対してほとんど関心を払っていなかった。しかし実のところ、彼女は政治や権力闘争という点において、怪物的な才覚を発揮した。地位を盤石のものとするためには、純粋な才覚以上のものも使われたが、詳しく明かすのはやめておこう。女王陛下の秘密と名誉に関わることだから。
それから何年かして、先王が崩御された。真相については、いまだ闇に包まれている。ある者はジハーグが暗殺したのだと言い、ある者はイェキュラ妃が寝首をかいたのだと言っている。しかしオルドウィンによれば、先王とイェキュラ妃は深い愛情で結ばれていたというから、彼女が先王を手にかけたとは考えづらい。
王位はイェキュラ妃が継ぐことになった。この時点で、彼女はそれに値するだけの権力基盤を築いていた。ジハーグもそれと同等の影響力を保っていたが、以降は徐々に劣勢となっていった。しかし、ヤツもむざむざと敗北を受け入れたりはしなかった。対立は激化し、血みどろの暗闘が繰り広げられた。死毒の盃が行き交い、文官でさえ懐に短剣を忍ばせた。
それでも、やはりイェキュラ陛下の方が
この言い方は、つまり、完全に滅ぼすことはできなかったということだ。ジハーグは極めて高度な魔術によって、自らを恐るべきレイスに変えることができ、それによって辛うじて難を逃れていたんだ。しかし当時、宮廷の人間たちはそれに気づかなかった。イェキュラ陛下でさえ、ジハーグを殺すことができたと信じた。
一方、長らくの政治闘争によって宮廷は荒れていた。有能な者ほど命を狙われたから、人材が払底していた。もとより、蛮族の脅威や友好的でない隣国など、マカジャハットが対処すべき問題は多く、立て直しは急務だった。
そういうわけで、私のように凡庸な人材にも声がかかった。少し前から、私はごく少数の信頼できる者に、自らの居場所を明かしていた。村を訪れたオルドウィンから、私はジハーグ暗殺の経緯を聞いた。あなたの政敵は誅され、宮廷は安全になった、と。
私はこのとき、イェキュラ陛下やその周囲が、致命的な誤りを犯していることに気づいた。ジハーグは死んでなどいない。それを知らないまま警戒を解くのは、部屋にいる毒蛇を放置したまま眠るようなものだ。だからこそ、私はマカジャハットへ戻ることを決めた。誰かが宮廷を揺り起こさなければならない。そして、領内から毒蛇を除かなければならない。
砦にいるジハーグが発見されたのは、まったくの偶然だ。吟遊詩人のファルケスがオルドウィンに伝え、オルドウィンが私に伝えた。私は自らの直感が正しかったことを悟った。改めて女王陛下に警告し、いまは対策を練っているところだ。わざわざ君たちを呼びつけたのは、事態の重大さを理解してもらい、身の安全を図ってもらうためなんだ」
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