第46話 修学旅行1日目−3

「さて上井くん、なんでこの電車にしたの?」


 玖波駅を広島へ向かって出発した列車内で、笹木はそう切り出した。

 なんで?もなにも、一つ前の列車に乗ろうとしているお客さんの中に、苦手な女子を見掛けたからでしかない…のだが、俺の記憶では伊野沙織にフラレたことは、笹木主将には言いかけて止めた、で留まっている。ただ神戸を含めて、吹奏楽部内に2人失恋相手がいる、ということは伝えていた。


 …果たしてどう答えると、スムーズにこの後を過ごせるんだ?


「…ひ、一つ前の列車に、のっ、乗り遅れたけぇ…」


「アハハハッ!な~んでそんなすぐバレる嘘を言うん?上井くんは顔にすぐ出るし、スムーズに喋れなくなるんじゃもん」


 大笑いされてしまった。ダメだ、通じなかった…。


「な、なんで嘘って分かるん?」


 なんだか悔しくなって聞いてしまった。


「まあ上井くんの態度でモロバレなのもあるけどさ、同じ敷地内の社宅に住んどるのに、アタシが駅に向かってる時、上井くんの背中は全然見えんかったよ?」


「そんなの、時間差があるじゃろ」


「でもアタシが玖波駅に着いた時、上井くんってばなんか難しそうな本読んで、寛いでたじゃん。アレは前の列車に間に合わなかった様子じゃなかったなぁ。結構上井くんは時間には厳しいじゃろ?」


「え?そうかなぁ…」


「だって夏の合宿でアタシとの話し合いの時間に遅れては、ゴメン!何分遅れた!って謝ってくれとったじゃろ。何分まで、普通は言わんって」


「いや、遅刻しとるんじゃけぇ、時間に厳しくはない…」


「まあええじゃん?アタシがそう感じとる、ってことじゃけぇね。で、なんでこの列車に乗ろうと予定を変えたん?」


「うっ…」


 笹木主将は聞き方を変えてきた。俺は一つ前の列車に乗る予定だったのを前提にして、何故変えたのだと聞いてきた。

 変えてなんかない…と言っても、もはや通じないだろうな。素直に白状するしかなさそうだ。


「もう白状するしかなさそうじゃね。はい、一つ前の列車に乗ろうとしとったけど、俺が去年失恋した相手がホームにいるのを見て、咄嗟に次の列車でも間に合うか確認して、この列車にしました。以上であります!…もうこれ以上はなにもないよ」


 白状し終わった後、対面に座っている笹木の表情を見ていたら、複雑な表情をしていた。なんでだ?


「あの…全部言うたけぇ、もうなにもないよ?なにもないよ?大切なことじゃけぇ、二回言うたけど」


 その瞬間、笹木主将は思わず噴き出し笑いをした。


「もう上井くんってばぁ。どう返事してあげたらいいのか考えとるのに、そんなコト言わんとってよ〜」


「いや、まあ…。白状した以上は広島駅までスムーズに行きたいじゃん。じゃけぇもうこの列車にした件については終わろうと…」


「あのさ、上井くんはもう終わった!でええかもしれんけど、アタシは消化不良よ?色々と聞きたくなっちゃうじゃん」


「えーっ、古傷を抉られんといけんの?」


「あ…。ま、まあ上井くんには辛い過去かもしれんよね。列車をズラすほどじゃけぇ…。でもやっぱり、アタシには教えてほしいな。タッグパートナーなんじゃけぇ」


「おお、部長はツライよタッグは夏休み限定かと思うとったけど、継続中だったんや⁉️」


「当たり前じゃろ。どっちかが部長職を降りるまではタッグは継続するよ?」


「そっかー。じゃあ最低限、来年の新一年生の入学式までは継続なんやね」


「なに、もしかしたら上井くんは不満なの?」


「いやいや滅相もない!ありがたいよ、俺には」


「そう?なら続けようよ。でも吹奏楽部は4月で役員改選じゃったね、そう言えば」


「うん。もう少し長くてもええとは思うんじゃけどね、新設校な割にその辺りは代々の決まりみたいじゃけぇね」


「そっかー。じゃあアタシは4月以降はタッグマッチができんのじゃね」


「そんなプロレス用語使ったら、俺が過剰反応しちゃうって」


「ハハッ、プロレス用語ね。でもアタシも偶にプロレス見るもん。猪木の団体と馬場の団体くらいの区別は付くよ。なんか今年は長州?って選手がアッチ行ったりコッチ行ったりしてるとか」


「おっ、女子でそれだけ言ってくれると、もう俺は満足じゃ〜」


 馬場と猪木は別格だが、長州の名前まで出されると意外にプロレスファンなのではないか?と思って、突っ込んで聞きたくなってしまうが、俺はグッと堪えた。


 列車は大野浦駅、宮島口駅と順々に停まり、徐々に車内にお客さんも増えてくるが、意外に大荷物を抱えた同級生も多いことに気が付いた。俺のように敢えてこの列車にしてるのか、それとも笹木のように遅刻したのか…。


 宮島口の次、廿日市駅に着くと、ホームにはかなりの同級生が待っていた。


「この列車にする同級生が意外と多いね」


「そうじゃね。ワンボックス占領もそろそろ厳しいかな…」


 ん?


 見間違いでなければ、大村がホームにいた。場所的には一番後ろの車両が停まる位置辺りだ。


 ということは、神戸千賀子もこの列車に乗っているのか?


(なんだ、この前門の虎後門の狼みたいな環境は)


 俺は嫌な汗が背中を流れるのを感じた。

 だが…


「お、ウワイモ!この列車にしたんか?」


 と、廿日市駅で乗り込んできた同級生の中から、男子の声が聞こえた。

 俺に向かって「ウワイモ」と呼び掛けるのは1人しかいない。


「山中〜、イモは余計じゃっつーの!」


「そうか?わりぃ、わりぃ。で、向かい側には久しぶりじゃねの笹木さんか?」


「久しぶりじゃね、山中くん」


「何々、俺の為に席をとっといてくれたんか?ありがたく座らせてもらうぞ」


 山中はそう言うと、荷物を網棚に上げ、俺の横に座った。


「ったく、どこまで図々しいんじゃ」


「まあええじゃろ。どうせ広島駅まで行くんなら、喋れる知り合いが多い方が楽しかろう?」


「まあ、そうね」


 笹木は苦笑いしていた。


「でも山中、なんでこの列車にしたんや?コレだと広島駅ギリギリじゃろ」


「それは先にこの席を確保してくれとった2人にも聞きたいがのぉ」


 思わず俺は笹木と目を合わせた。


(とりあえず黙っておこう)


 で、意思疎通は出来たと思う。


「俺らは玖波駅乗り遅れタッグチーム。本当は一つ前の列車に乗りたかったけど、間に合わんかったんよ。ね、笹木さん」


「そうそう!じゃけぇ、なんなら広島駅まで一緒に、ってなって」


「ふーん、そうなんか。やっぱり玖波じゃとちょっと俺ら廿日市組より、列車の時間が早いからか?」


「それもあるね、うん、それもある」


 笹木が答えてくれたが、なんとなく後ろめたいのか、薄っすら額に汗を掻いているのが見えた。


「あっ、それより山中くんはどうなん?なんとなく、敢えてこの列車にしたような感じじゃけど」


「俺?俺はまあ、2人には隠す必要もないかな、太田と話しして、多分沢山の西高2年生が乗るじゃろう1つ前の列車を避けて、ギリギリでも間に合うコッチの列車にしたんよ」


「ああ、太田さんか〜。無事に続いとって何よりじゃ」


「まあ、そこはウワイモに感謝するよ」


「感謝する時までイモを付けるな、っつーの」


「俺がウワイ、で止めたら、逆に不自然じゃろ?やっぱりお前を呼ぶ時は最後に『モ』を付けんとリズムが狂う」


「不自然でもなんでもないって。むしろ本名なんじゃけぇ、リズムなんか無視して正解の方を言ってくれや」


 ふと笹木を見たら、横を向いて笑いを堪えているのがアリアリと分かった。俺と山中のやり取りは、真面目なつもりで話していても漫才みたいに聞こえるのだろう。夏の合宿でも福崎先生に漫才は止めて早く食事にしてくれと言われたことがあったし。


「まあまあ。そろそろ五日市に着くけぇ、も一つ空いとる…笹木さんの横に、太田が座ってもええか?」


「あ、アタシはだ、だい、大丈夫」


 笹木は笑いを堪えながら必死に答えていた。


「ありがとう、笹木さん。おぉそれと廿日市駅に、大村がおった」


 山中はさりげなくそう告げた。やっぱりか、俺が一瞬見て大村?と思ったのは間違いではなかったんだ。


「大村くん?へぇ、ということは神戸のチカちゃんと一緒にするはずじゃけぇ、後ろの車両に2人が乗っとるんかな?」


「笹木さんも結構あの2人のことは知っとるんやね」


「知っとるも何も、去年は同じクラスじゃったけぇね」


「あ、そうじゃったっけ。じゃあ上井と神戸さんの色々なこと…」


「そりゃあもう。もっと言えば、中3の時も同じクラスじゃったけぇね。知り尽くしとるよ」


「あの、山中?今はなんでイモ呼ばわりせんかったん?」


「別に深い意味はないよ。デリケートな話の時はイモは付けん」


「とかいう言い方が、なんか…」


「まあイモは黙っとれ。そろそろ五日市じゃ。太田が乗ってくる…」


 あっという間に山中の独壇場と化した所へ、太田が乗ってきた。


「おはよー、山中くん。あ、上井くんも一緒なんじゃね?そして…多分はじめましてじゃないよね?」


 太田の荷物を山中がさり気なく網棚に上げ、太田は笹木の横の席に座ろうとしながら、話し掛けた。列車は既に動き出している。山中はスッとあんなことが出来るのが、凄いよな…。


「うん、顔はお互いによぉ分かるよね?きっと」


「あっ、バレー部の部長さんじゃあ!」


「当たり〜」


「夏休みの合宿で、上井くんとよく話しをしよるんを見掛けとったんよ。同じ女じゃけど、カッコいいなぁ、バレー部、って思っとったよ」


「いやぁ、お恥ずかしい…。上井くんには迷惑ばっかり掛けてね」


「へ?俺に?いや、俺こそ迷惑掛けとるじゃろ」


「またまたぁ。こんな時は素直に受け取りんさいや」


「いや、その…。そんなことには不慣れなもんで」


 俺が顔を赤くしていたら。


「上井くんって、すぐ顔に出るよね」

「上井くんって、すぐ顔に出るよね」


 という女子の二重奏が奏でられた。

 それを機に4人で顔を見合わせ爆笑していたら、周りからなんやアレは、という視線を感じるほどだった。


(あ〜、なんだろこの心地良さ。最近味わってないよな、こんな気持ち)


 最近はイライラすることばかりだった。

 体育祭が終わったら11月の吹奏楽まつりに向けて気持ちを切り替えないといえないのに、すっかり2年生は修学旅行モードになってしまい、それに釣られて1年生も遅緩モードになり、毎日の部活はイライラしながら進めていたのが大きい。ましてや俺自身は修学旅行に積極的ではなかったのも、拍車を掛ける一因だったかもしれない。


 でも顔こそ知っているものの、クラスは俺を含めたこの4人は、全員違うクラスだ。

 なのにあっという間に共に笑い合い、楽しい雰囲気になれている。


 この列車にして良かったと、心から思った。


 そうして話して笑っている内に、広島駅にはあっという間に着いたような感じがした。


「えっ、もう広島着いたん?」


 誰ともなくそんなセリフが出るほど、楽しい出発前のひと時を過ごせた。俺のことをイモ呼ばわりしているが、山中には感謝しかない。

 大村夫妻が後ろの車両に乗っていることなんてどうでもよくなっていた。


 列車から降りると、大荷物を抱えた結構沢山の西高制服姿を見た。


「結構この列車にしたヤツラも多いんじゃのぉ」


 山中がそう言った。


「まあ。間に合うしね。ギリギリじゃけど」


 これは太田のセリフだ。


「ところでみんなは明日、どのコースなん?アタシの1組は担任の先生が僧侶じゃけぇ、善光寺になってしもうたんよ」


 笹木が歩きながら切り出した。


「俺の3組は、清里」(山中)


「わー、良いなぁ」(笹木)


「アタシの5組は、1組と同じよ。善光寺」(太田)


「え、5組も善光寺なん?わぁ、もう善光寺なんて1組だけじゃ〜って思いよったけぇ、嬉しい!」(笹木)


「誰も興味ないかもしれんけど俺の7組は軽井沢」(上井)


「なに言うとるんや、自虐すんなや」(山中)


「でも4人偶々一緒になって、見事に3コースに分かれるってのも凄いよね!」(笹木)


「確かに。これでさ、ウワイモと笹木さんがカップルになれば、ええ4人組になりそうじゃけど、ウワイモ、笹木さんは恋愛対象に入るか?」(山中)


「はいーっ?」(上井、笹木)


<次回へ続く>

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