第44話 修学旅行1日目ー1
昭和62年10月4日、遂に修学旅行本番の日が来てしまった。
「行って来まーす」
「純一、なんかあまり楽しそうじゃないね。悩み事でもある?」
玄関を出ようとしたら母がそう声を掛けてきた。母親の目にまで楽しそうに見えないとは、よっぽど俺の顔に修学旅行に乗り気じゃない相が出ているんだろうな。
「いや、別に悩みはないけど?」
「そう?まあアンタがそう言うなら何も言わないけど。とりあえず気を付けて行ってらっしゃいね」
「分かったよ。じゃ、行って来ます」
とりあえず自宅から玖波駅へと、重い足取りだが一歩を踏み出した。
高校でも吹奏楽部の部長になり、春から今までで、部活での悩み事は山程発生してきた。
だがそれでも親には悟られたくなくて、自宅ではなるべく親と接触しないようにしたり、以前にも増して学校での出来事等を話さないようになってしまっているのもある。だから母が俺に心配そうに声を掛けるなんてことはなかった。
なのに修学旅行に出掛けようという時に心配されるなんて、なんなんだ。
そう言えば神戸家は三姉弟なのとお母さんがネアカなのもあってか、学校での出来事とかはその日の内に家族で話しているって言ってたなぁ。神戸千賀子が俺をフッたことを、お母さんから高校の入学式で謝られるなんていう珍現象まであったし。
今でも神戸家はそうなんだろうか。だとしたら大村との付き合いとか、あの明るいお母さんにどう伝えてるんだろう…。
等と、修学旅行とは全く無縁なことを考えながら玖波駅に着いたら、何人か同級生と思しき男女の面々が広島方面ホームにいるのが見えた。
どデカい荷物と制服ですぐ分かったが、その面々の中に伊野沙織がいるのが見えた。俺の知らない女子と楽しそうに話をしている。多分同じクラスの女子だろうな。
(わわ、伊野さんがおる…。ん~~次の列車にしようかな…)
修学旅行の集合場所は、広島駅の新幹線口改札付近になっていた。時間は9時。普段なら通勤通学ラッシュの時間にもろ被りだが、今日は日曜日なので玖波駅もいつもの朝のような混雑はしていなかった。
(1本遅らせて次の列車にすると…広島駅9時ギリギリか。ま、大丈夫じゃろ)
名古屋まで乗る新幹線は、集合時刻の直後ではなく、約30分後のひかり号だ。万一ちょっと遅れても大丈夫だろう。俺は列車を1本遅らせることにして、待合室の椅子に座り、誰かを待つようなフリをした。
(推理小説持ってきといて良かった〜)
次の広島行は15分後だ。どうせ3泊する各旅館で、俺は夜のイベント…告白合戦…なんかとは、1年生の時の江田島合宿と同じく無縁だと思って、寝る前に読もうと推理小説を2冊持参していた。西村京太郎の新刊が出たばかりだったので、丁度良かった。
(あ、このトリックは予想がしやすいな)
等と思いながら読み始めたら、俺が乗るのを見送った広島方面の列車が到着した。出発後は当たり前だが広島方面のホームは誰もいなくなった。伊野沙織も多分同じクラスの友達女子と、乗っていっただろう。だが…
(…いつまで伊野さんは俺を無視し続けるんじゃろうか)
去年のコンクール後に告白して玉砕してから、俺は伊野沙織とは一言も話していない。話していないだけではなく目も合わない。
1年以上にもなる。
俺にとっては中3の三学期に大怪我を負わされた相手である神戸千賀子ですら、フラレてから1年後には末永先生の半強硬手段のお陰でもあるが少しだけ会話したというのに。
(村山のヤツ、何が伊野さんを会計にしたら俺とまた話せるようになる、だよ。アイツ自体、俺と距離作ってるし)
西村京太郎の推理小説を手に、いつしか伊野沙織と関係修復な現状に1人で勝手にイライラし始めてしまった。
そこへ…
「あれ?なんで上井くん、ノンビリと座っとるんね?」
と、息をゼイゼイ言わせながら物凄く急いで駅にやって来た風の女子が声を掛けてきた。
「ああ笹木さん。おはよ〜」
部長はツライよ同盟の相方、女子バレーボール部の笹木恵美だった。
「ふぅ…。アタシは遅刻したと思って走ってきたのに。ハァ、ハァ…」
「大丈夫だよ。次の列車でも間に合うけぇね」
「そうなん?でも部活の子やクラスの子は、もう行っちゃった数分前の列車で行くって、みんな言いよったんよね。じゃけぇアタシも、みんなが乗るんならそれに乗るかな…と思うとったんじゃけど、見事に寝過ごして」
「笹木さんにしちゃ、珍しい」
「ね、アタシだってそう思うもん」
そう言ってお互い顔を見合わせて、笑ってしまった。
一息ついてから…
「ここにおるのもなんじゃし、ホームへ入らん?上井くん」
と言われたので、
「そやね。入ろうか」
広島駅までは高校から切符代が出るわけじゃないので、自腹だ。だが宮島口までは定期があるので、いつも広島市内へ出る時は、広島駅の改札で清算していた。今日も玖波駅では定期を見せてホームへと入った。
しかし…
「笹木さん、荷物多すぎん?」
男女の違いはあるのかもしれないが、俺の荷物に比べて2倍以上はあるんじゃないか?
「まあ、女子なのもあるけど、バレー部の荷物もあるけぇね」
「へ?なんでバレー部の荷物があるんね。まさか宿泊先で練習する…わけじゃないよね?」
「そのまさか…なんよねぇ」
「そんなの修学旅行中じゃけぇ、部長権限で止めりゃあえかったんに」
「んー、本音はアタシもそうしたかったけどね。でも顧問の命令じゃけぇ、仕方なくって感じかな」
「顧問の命令なんて、無視しちゃえばええのに」
「無視できんのよね。6組の副担じゃけぇ」
「えっ、そうじゃったん?知らんかった…。体育教官だってことは知っとったけど」
「他の部活の顧問が誰だなんて、普通興味ないっしょ。まあ吹奏楽部の顧問が音楽の先生ってのは分かっちゃうし、書道部の顧問も書道の先生ってのも推測は付くけどね」
「確かに」
「じゃけぇ、夜のフリータイムも練習せんといけんのよね。なんとか軽めにするように努力する、しかアタシは出来ないってわけ」
「じゃあ近藤さんも他の部員さんも、同じように道具を持って参加するんじゃね」
「そうそう。一時は上井くんとくっ付けようと考えたタエちゃんもね」
「ハハ…」
今年の夏休みの吹奏楽部の合宿日程が、女子バレー部とピッタリ重なることから、毎晩部長会議しよう、って話になり、更には何故か近藤妙子と俺をカップルにする!まで、笹木提案が飛び出していたのも懐かしい話だ。
「ところで上井くん?」
「ん?」
「なんでこんな広島駅ギリギリの列車にしたん?」
「…いや、特に何も…」
「何かあったんじゃろ」
なんで女子はこんなに勘が鋭いのだろう。俺の返事の仕方が悪かったのか?
「…んーーっと、あのー」
「あ、電車が来たけぇ、一旦打ち切りね。車内で再開ね」
どうも主導権を握られっぱなしだ。
伊野沙織が原因と言っても、笹木に1年前の失恋は話したかどうか、俺は全く記憶がない。
もしかしたら最初から説明しなくちゃダメなのか?
…今頃になって、予定通りの列車に、伊野沙織など気にせず乗れば良かったと後悔してしまった。
「あ、上井くん、空いとる、空いとる!ボックス占領出来るよ」
ふぅ、では尋問を受けるとするか…
<次回へ続く>
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